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4「解答『迷い鳥』の正体」

ここより、解答編となります。

 大嶺翼の挑発に、蒼は黙り込んで、頭の中で思考を巡らせ始める。目の前に座る少女は、興味深げな視線をこちらに投げかけてきている。

 この東屋の下で起きた数分の出来事が、蒼には夢か幻のように感じた。た今目の前にいる、少女と化した大嶺翼がブカブカになったジャージを着ているこの光景が、蒼を現実に引き戻しているのだ。

 余らせた袖を持て余して、ふらふらと揺らしている大嶺翼からは、アンバランスなあどけなさを感じる。先輩なのに、勝手に父親のスーツを着た幼稚園児みたいだ。

 だが、彼女の瞳からは、とてつもない生命力のようなものを感じる。あの男性体のの秘めたエネルギーを凝縮したものが、あの黒い瞳から漏れ出しているような。長いまつげとくっきりとした眉毛、健康的な肌と合わせて、女性だというのに、おとぎ話の勇者のような風格を感じる。蒼の脳味噌の中で『美人』の定義が少しだけ書き換わった。

 ぶかぶかのジャージで分かりにくいが、背丈も女性の平均よりも少し大きいだろう。後、あのジャージを着ていても隠し通せないくらいには胸も……つまり、スタイルがいいのだろう。蒼はつい彼女の首の下に行ってしまう、自分の視線を無理やりかつさりげなく上に戻した。

「新田蒼君、やっぱり、だね!」

「な、なんです、やっぱりって?」

 突然、彼女に声をかけられた蒼は声を上ずらせた。

「だからさっき言った事さ」

 大嶺翼はおかしそうに笑う。

「男の脳味噌だと、集中力が落ちるだろう? 私みたいな女の子のことばっかり考えちゃってさ!」

「い、いや、考えてましたよ! 『迷い鳥』のこと」

「……私の胸」

「見てないです! 今考えてるんで話しかけないでください!」

 顔を真っ赤にして否定した後、蒼はようやく『迷い鳥』のことを考え始める。

 隠れているのか? だとしても、500人以上の男子生徒が森の中を30分以上に探して見つからないわけがない。

 そもそも『迷い鳥』は一体何者なんだ? 女子校の五時間目の終わり頃に突如として山の中に現れ、ネクタイを落とし、今忽然と姿を消している。そんなことが、本当に可能なのか……?

 だめだ、考えれば考えるほど頭がぐるぐるする……昼休みの時に授業のことで頭を悩ませていた時と同じ感じだ。でも、男は馬鹿だって思われたくない……もっと考えるんだ……頭の中から湯気が出るほどに……。

 シューーーー!

 そうそう、こんな感じで……って!

「うわッ!!」

 蒼は叫び声をあげた。

 突如として彼の体が白煙に包み込まれたのだ。

「先輩!? なんで急に『性的興奮』を……」

 思わず叫んだが、大嶺翼は少女の姿のままだった。

「私じゃない——変身しているのは、君だ。新田蒼君」

 すべてを見通すような悠然とした笑みで、彼女は蒼を眺めていた——新田蒼の『変身』を。

「トリガーは『頭を極限まで悩ますこと』といったところかな……その様子じゃ、自覚もなかったようだね」

 ボフゥン!!

 はじけるような音がして、煙が晴れる。

「これは……この声は……アッ」

 蒼は喉を抑えた。自分の声が、普段より頭に響くのだ。あたりを見回すと、周りの景色が一回り大きくなっている。おまけに、なんだか胸のあたりが苦しい。

「なぁっ!!」

 視線を下に向けた蒼はバッと顔を赤くして、自分の胸を押さえた。ワイシャツの下に、はち切れんばかりの豊かな膨らみが、掌の下でふわふわと揺れている。

「俺……おれぇ……。

 女の子になってる----!!!」

 張りのあるハスキーボイスが、山の中にこだました。


「結構かわいいな なるほどラッシーの興奮度8は伊達じゃない」

 大嶺翼は、スマホのインカメで、蒼に自分の姿を見せてやる。

 スマホの画面に、かわいそうな新田蒼の全身姿が映った。もともと茶色がかっていた髪の毛はより明るくなっていて、涙目の瞳もこれまた茶色い。少しだけニキビがあった肌は、きめ細やかな柔肌になって、頬が赤く色づいている。背の高さは少しだけ縮んで、そして全体的にふっくらとしている。

「そんな……嘘だ。信じないぞ、俺がTS症候群だなんて」

 蒼の言葉に涙声が混じりはじめた。

「認めないぞ! 俺が『迷い鳥』だなんて、こんなの間違い……」

 蒼が言葉を言い切るか言い切らないかの瞬間、

 ピュ―――ボン!!

「ひぃっ」

 蒼の足元に何かが炸裂した。テンテン、と弾むそれは、さっき森で見かけたバレーボールだ。

「おやおや。バレーボール部のサーブだな。もうこちらの場所を特定するとは、奴ら年々腕を上げてるらしい」

 大嶺は座ったままストレッチを始めた。

「ごめん、先輩」

 突然、蒼は、大嶺翼の手を握った。そして上に引き上げ、彼女をスッと立たせた。

「逃げてください、先輩。あいつらが探してるのは、俺だ」

 蒼は大嶺翼の瞳をまっすぐに見つめた。

「正直、まだ俺が『迷い鳥』だったなんて信じたくないけど、でも先輩は、俺のせいで男に変身して、探し回って、ここに来る羽目になったんですよね」

 本当のことを言えば、TS症候群になったことだって、認めたくないのだ。でも、先輩を『迷い鳥』の騒ぎの巻き込むのは、もっといけないことに思えた。

「大丈夫ですよ! 俺、男子校の奴らが、本当はいい奴らなの知ってますから。同じ男ですし。ちょっとバカで、不器用で、もの知らずかもしれないですけど、危険な奴らじゃない気がするんです。

 まぁ、それに、俺がTS体質だってバレたところで、転校すりゃいいだけですから。きっと、俺にはこの学校、身の丈に合わなかったんですよ」

 蒼はにかっと笑って見せた。はずみで、目尻からツイと涙が溢れたが、袖でゴシゴシと拭いた。


 大嶺翼は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 蒼は『TS症候群』であるという事実に打ちのめされているのに、気丈に振る舞って見せている。少女のチャーミングな口元で歯を見せる笑みは、少年のような健気さを感じさせた。だが、やや垂れ目の目尻に紅が差し、茶色の瞳は涙を讃えて潤んでいて、退廃的な雰囲気を感じる。上気した頬を桃のように赤く色づかせた彼は、翼を上目遣いにまっすぐ見つめていた。

 翼は思わず視線を下に逸らした。ネクタイが外されているせいで、大きくはだけられたワイシャツの下には、豊かな二つの果実の作る谷間の始まりが顔を覗かせている。

(ああ……これは)

 翼は思わず、天を仰いだ。


「先輩……大丈夫ですか?」

 蒼は突然、ぼんやりと天を見つめ始めた翼に声をかけた。

「ううん。大丈夫……」

 大嶺翼は首を振って、蒼の肩を両手で掴んだ。

「蒼くん。私は、君が転校してしまうのは寂しいよ。だから二人でこの難局を乗り越えようじゃないか」

「どうやって……

 !」

 蒼の言葉は遮られた。

 大嶺翼が、ぎゅっと蒼を抱きしめたのだ。

「せん……ぱい……」

 蒼は思わず声が掠れてしまう。彼の体は、火のように熱かった。翼の首筋が、蒼の頬に触れた。ひんやりとした印象の彼女の肌は、意外にも暖かで柔らかい熱を持っていた。二人の胸と胸が重なり、きっと蒼心臓がバクバクしているのも、翼にも丸わかりだろう。青は恥ずかしさで頭がおかしくなりそうになり、それに心地よさまで感じた。

「抱きしめ返して、早く」

 蒼の気持ちに気づかないのか、翼の囁き声は容赦がない。

 操り人形のように、蒼は翼の小さい腰に手を回した。二人の体はさらにギュッと密着し、一つになる。もう『迷い鳥』を探す男子校の生徒なんてどうでも良かった。蒼の頭は腕の中にある先輩の感触を覚えるので精一杯だ。

 翼の体は、やはりどこまでも柔らかい……。

 いや、ところどころゴツゴツしていて……。

 いや、全部ゴツゴツで岩の方に逞しく……はぁ!?

「おい……おいおいオイオイオォォォォォイ!!」

 全てを察した蒼が、叫び声を上げた。だがすでに、大嶺翼の体からはもうもうと白煙が上がっていた!

「ばかばかばか! このやろう、このやろう!! 俺の体で『性的興奮』しやがったな! 俺の体を燃料にしやがったな!!」

「ごめんてば、でも、これで万事解決だろう?」

 野太い声。煙が晴れ、大嶺翼は鋼の体、巨人の体躯の男性体へと変身した。

「安心したまえ。必ず無事に、保健室まで運んであげよう」

「できるかぁ! おろせおろせおろせぇ!!」

 蒼は足をバタバタとさせたが、大嶺翼はびくともしない。軽々と蒼の体を担いでいる。

「大丈夫。私女だよ? 安心安心」

「『性的興奮』して男になったんだろうが! 早く下ろして女に戻れッ」

「無理だね。君も男ならさ、一度エッチな気分になった後、すぐにそのスイッチオフにできる?」

「はあっ……!?」

「それに、私と君、か弱い少女二人が、男子500人の追っ手を振りまいて校舎に戻るには、この方法しかないとおもうんだけど」

「ぐッ……」

 蒼が論破されたその瞬間。

 ワーーっ!!!

 突如周囲から響く掛け声。森から数十人の男子が飛び出してきたのだ。

「しまった! 『迷い鳥』が大嶺翼に寝取られ……じゃない! 捕まったぞ!!」

「命を捨ててでも助けろ!!」

「この肉達磨野郎! 女の子をはなせぇ!!!」

 戦闘態勢になった男子たちが、次々とこちらに近づいてくる。大嶺翼の肩の上で、蒼は歯を食いしばって、とうとう彼女……いや、彼に懇願した。

「くっそぉ! 助けろ、このバカ変態先輩が!!」

「まかせろッ、可愛い小鳥ちゃん」

 ビュン!!

 とてつもない加速度。まるでミサイルかロケットかのように大嶺は東屋から飛び出した。片手が蒼で塞がっているというのに、片腕と足技の一閃で、男子どもを蹴散らす。

「目をつぶって。森を突っ切るぞ、葉っぱや枝が口に入らないようにね!」

 野獣と化した大嶺翼は、全速力で森に飛び込んだ。


 思い返してみれば、ヒントはいくつかあった。

 例えば『迷い鳥』騒動が勃発し、校庭に皆が集まった時だ。蒼は、空手部の主将に『態度のでかい奴』と言われた。正直、そんなことを言われたのは初めてだ。あの時に失礼なふるまいをした覚えはない。

 もっとはっきりしているのは、大嶺翼に初めて会った時だ。翼はあの時『何年生?』と問いかけてきた。おかしな話だ。ネクタイの色を見れば学年がわかると、朝吉岡に担がれている最中に、同じようにマッチョ男に担がれていた長髪イケメンが教えてくれた。

 蒼は、自分の胸に視線をやる。たおやかに膨らんだ胸の上に、ネクタイはない。朝来たときはつけていた。どこで失くして、何時からつけていなかったのか。

 昼休みの食後、東屋で、蒼は居眠りをする前にネクタイを外していた。そして、蒼は授業についていけないことで、悩んでいた。そのままうたた寝してしまって、十五分後に起きた。寝ていたので、その間の記憶はない。

 TS症候群で、性別が変わるトリガーは人それぞれだ。蒼の場合は『頭を悩ます』こと。寝ている最中、彼は一瞬だけ女に変身し、すぐに男に戻ったのだろう。アラームに叩き起こされて、慌てて学校に戻った。外したネクタイを置き忘れて。

 こうして、山の中に女の匂いの残ったネクタイが放置された。五分もたたないうちに、ラッシーがそれを見つけ『迷い鳥』の発生を知らせる。

 昼休み以降、蒼はネクタイをしていないことに気づかなかったが、周りの反応は確実に変わっていた。空手部の主将は『態度のでかい奴』と評したし、大嶺翼は初めて見た新田の学年がわからなかった。


 プシュー……

 蒼を担いだ大嶺翼が男子校舎の保健室にたどり着いた瞬間、蒼が男に変身した。

「おっと!」

 巨人・大嶺翼は保健室の床に蒼を下ろす。同時に彼女も少女の姿に戻った。

「謎は解けたかい?」

 可憐な笑みを浮かべて、彼女は保健室のベッドに座った。普段の蒼ならドキッとしたかもしれないが、彼はため息をついた。

「解けましたよ……」

 椅子に座った蒼は顔を真っ赤にして手で覆った。

「まさか俺が『迷い鳥』だったなんて——!」

 大嶺翼は笑いを堪えている。

「そう落ち込まないで蒼君。TSを初めて発症した時は、誰もが騒ぎを起こすもんだよ」

 ニヤニヤ笑いながら、彼女はベッドに身を横たえた。

「少し寝るよ。どうも男の姿は疲れるからな。君はどうだい?」

「まだ動けます」

 蒼は保健室の扉に顔を向けた。何やら廊下が騒がしい。

「先輩は、寝ててください。あとは俺が対応しますから」

「わかった、バイバーイ」

 本当に疲れていたのだろう。大嶺翼は手を振りながらカーテンをシャッと閉めた。

 椅子から立ち上がり、蒼は保健室の扉を開けた。扉から顔を覗かせると、わらわらと男子生徒たちが廊下の向こうから走ってきた。

「お、おい、そこのお前!」

 先陣を切る運動部員が保健室から顔を出した蒼に叫んだ。

「大嶺翼が『迷い鳥』を担いでこっちに来なかったか! 『迷い鳥』に大事はないかッ。大嶺翼はどこに行ったッ。俺たちの脳みそは無事なのかぁッ……!」

「ご安心ください。皆さん」

 蒼は、駆けつけてきた男子生徒たちに答えた。

「『迷い鳥』は無事、教員陣に引き渡されたそうです。大嶺翼は手負いで、今保健室のベッドで活動を停止してます。起こさないほうがいいでしょう」

「そ……それは、よかった。本当に良かった」

 駆けつけてきた男子生徒たちは、皆ほっとした表情を浮かべた。

「……ところで、お前、ネクタイなんか外して、面倒な先輩に見つかったら怒られるぞ。何年生だ?」

 先陣を切った男子生徒に嗜められ、蒼はピンと背筋を伸ばして答える。

「本日より、転校しました。高校一年の新田蒼です!

 ネクタイは諸事情で今手元にないですが、今後ともよろしくお願いします!」

 

 


 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

全話でもお話しした通り、この小説は本格を目指しております。 トリックの抜け、別解等ございましたら、どうかご指摘いただけると幸いです。


次回更新は未定ですが、月末までにはアップしたいと思ってます。

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