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2「『迷い鳥』大捜査線」

教室から飛び出した生徒たちがまず向かったのは、校庭だった。

「ハイキングコースに行くんじゃないのか」

 蒼がつぶやくと、

「まずは情報共有しないと。三々五々に森に入って、けが人が出たりしたら大変でしょ」

 と吉岡が真っ当なことを言う。

「部活ごとに列を作ってる。新田はオレと一緒に来てくれ。空手部の列に並ぼう」

 ツッコミたいところは山ほどあったが、とりあえずは吉岡に従っておく。

 すでに、五百人を超える生徒たちが朝礼台の前に列を作っている。先生もいないというのに、全校集会並みの規律の良さだ。

 そのうちの一つの列に蒼は連れて行かれた。黒帯の道着の男を先頭にした二十人ほどの列だ。黒帯の男は、遅れてやってきた二人を見ると険しい顔になった。

「遅いぞ、吉岡……そいつは誰だ」

「転校生の新田です、主将。前の学校は共学だったと」

「ほう……」

 空手部の主将なのだろう、男は厳しい表情のまま目をきらりと光らせた。

「随分と態度のでかい奴のようだが……いいだろう。列の一番後ろに並べ」

「はっ! ……並ぶよ、新田。集会が始まっちゃう」

 言われるままに、蒼は吉岡と一緒に空手部の列に並んだ。

 ちょうどその時「ピー、ガー」スピーカーの割れる音が響き渡った。びくりとして前方を見やると、朝礼台の上に一人の男が立っている。筋骨隆々の大男で、スピーカーを手に堂々と立つ様は、まさに仁王像のようだ。

「山ノ上中高生徒の諸君。ラグビー部主将、運動部会会長の藤堂衛兵である」

 大男の声が校庭中に響き渡る。

「今回発生した事案について、情報共有をさせていただく。早速だが、生物部より説明をがある。静粛に聞くように」

 藤堂の言葉を受けて、朝礼台の下で控えていた生徒の一人が上に上がった。両腕で白い犬を抱きかかえている。蒼は眉を顰めた。イヌの様子がおかしい。しきりに腰をカクカクと動かしている。

「生物部の山村です。12:50ごろ、ラッシーが遠吠えを上げました。発見したのはネクタイ。興奮度8です!」

 おおっ! と、生徒たちがどよめいた。

「……吉岡ぁ、解説を頼む」

「ラッシーは、生物部の飼っているイヌだよ」

 もはや考えることを放棄した蒼に吉野が説明をする。

「ハイキングコースを縄張りにしていて、森に遭難した人を見つけたり、その痕跡を見つけたら、遠吠えで教えてくれるんだ」

「賢い犬だな。まさに名犬ラッシーだ」

「でしょ? ちなみに遭難者が若くてかわいい女の人であればあるほど興奮する。興奮度7はめちゃ高い。ハシカンで9++だからな」

「残念な犬だな。本家ラッシーに謝ったほうがいい」

 あきれる蒼。対照的に、周囲の生徒のどよめきはなかなか収まらず、とうとう藤堂が怒鳴り声をあげた。

「勘違いするな諸君! 我々の目的はあくまでも『迷い鳥』の保護。保護対象が美人か否かは二の次だろうが!  

 次っ、電子工作部・および鉄道研究部より、学校側の動静について報告」

 生物部の山村に代わって、今度は二人の生徒が朝礼台に上った。

「電子工作部の宇部です。鉄研の人員をお借りしつつ、学校側の無線を傍受しております」

 二人のうちの片割れが、もじゃもじゃ頭を掻き上げながら報告をする。

「現在まで、ふもとの山ノ上高校女子高で、行方不明になった生徒がいるとの情報はありません。鉄研と協力をしつつ、無線傍受を続けます。情報がわかり次第、全体ラインで報告します。ドローンの空撮については、鉄研部部長の方からお願いします」

「代わって報告いたします。鉄道研究部 部長の津田沼です」

 もう一人の男が報告をする。

「鉄研傘下の航空研究会の開発したドローンで、上空から『迷い鳥』を捜索しています。なお、森の木々の影響で視界が悪く、上空からの発見は困難と予測されます。一刻も早い『迷い鳥』の保護のため、現場への立ち入りを強く推奨いたします」

 二人の報告を受け、藤堂は強く頷いた。

「各々方、報告感謝する。『迷い鳥』はわが校の生徒でない可能性もある、捜索の際は先入観を捨てること。目を皿にして徹底的に探せ!

 最後に、山岳部からの注意事項だ!」

 報告した二人に変わって、ラッシュガードに身を包み、水筒を片手に持つスポーツグラサンをかけた男が朝礼台に立った。

「山岳部の植田です。先日の雨で山道はぬかるんでいます。全体ラインにハザードマップをPDFで送信しました。また、保健委員の協力のもと、傷病者搬送と簡易担架の作り方のしおりも同封してます。各々参照し、必ず無事に捜索しましょう!」

「報告ありがとう、植田部長。

 最後に、俺からの言葉だ。くれぐれも、『迷い鳥』にケガを負わせるな! てめぇらは男だ! ゴリラだ! 一人前のゴリラとして、命に代えてでも紳士にふるまうことを諸君に厳命する!! 

 以上だ。各々の部長に従って、作戦を開始しろ!」


「ふっ、流石ラグビー部主将。俺の言おうとしたことすべて言いやがって」

 列の先頭に立っていた、空手部主将の黒帯男は不敵な笑みを浮かべ、後ろに並ぶ部員たちに向き直った。

「俺から追加して言うことは特にない。空手道に恥じない動きで、いち早く『迷い鳥』を救ってこい……あ、あと、大嶺には気をつけろ。接敵したら、複数で対処。最悪逃げを打っていい。頭の片隅に入れておけ。

 よっしゃ、散れお前ら、散れ散れ! とっとと女の子救ってこい!」

 「「押忍!!」」

 威勢のいい返事とともに、空手部員達は三々五々に駆け出した。

「新田、一緒に行こう」

「いやぁ、俺はいいかな……」

 蒼は引き攣った笑みを浮かべて辞退しようとしたが、

「そこを何とか。オレ女の子との喋り方わかんないんだよぉ。多分共学出身のお前が一番そういうの上手いからさ、頼むよ」

 周囲を見渡すと、もう生徒はほぼいなくなっている。先生たちは何をしているんだと辺りを見回すが、校舎の中で何やら慌ただしく廊下を走っているのが見えただけだった。

 これだけの人数が、森を捜索したら、多分すぐに迷子の女の子は見つかるだろう。

 蒼は想像した。森の中で不安げに迷子になる女子生徒。彼女を目指して森の中をかける野郎ども。とうとう見つかり……いや、見つかってしまい、複数の汗だくの、荒い息をしている野郎どもに囲まれた女子生徒……そこに颯爽と現れる蒼。瞳に涙を浮かべた女子生徒の手を取り二人で森を駆け抜けて……。

「ば、馬鹿野郎!!」

 そこまで夢想してしまった蒼は、自分で自分の頭を叩いた。俺もあいつらと同じ思考回路になってどうする。

「ど、どうしたの新田。急に自分の頭を叩いて」

「な、何でもねぇ」

 蒼は一つ息をついた。だがまぁ、『迷い鳥』は蒼自身が見つけてあげたほうが、他の誰かよりも一番安全な気がする。

「行こう、吉岡。とっととこの騒ぎを終わらせる」

「ああ!」

 集団に置いて行かれる格好になったが、二人は森へと駆け出した。

 

 同時刻——校舎内

 山ノ上高校の教職員たちは、すでに事態を把握し、動きを見せていた。職員室に全員を集め、その中から体育会系の教師三人を、保健室へと向かわせた。

 三人の教師が、保健室に飛び込んだ。一番奥のベッドにカーテンが引かれている。彼らはその前に立ち、声をかけた。

「大嶺。『迷い鳥』が出た。どんな子か、あるいはうちの女子生徒なのかも不明だが、力を借りたい。いま『燃料』をそっちに投げ込む」

 三人の教師のうちの一人が、数冊の雑誌を手に抱えていた。ただの雑誌ではない。極度に露出した水着姿のグラビアアイドルが表紙の雑誌だ。

 おもむろに、その教師は、抱えていた雑誌を閉ざされたカーテンの向こうに投げ込んだのだ。

 ぴらり、ぴらり。カーテンの向こうから紙面を捲る音。やがて

 ギシィッ!!

 ベッドがひどく歪んで軋む音がした。

「——承知しました」

 野太い声の返事とともに、カーテンがゆっくりと開かれた。

 体育会系の教師たちはごくりと喉を鳴らした。


 

 蒼と吉岡は、校舎の裏に広がる森を駆けていた。蒼は荒い息ををしているのに対して、吉岡は時折彼を気遣うように後ろを振り返りながら森を進んで行く。

「よ、吉岡、先に、行ってもいいんだ、ぞ」

「気にしないで。先に行くことが重要じゃないから」

 吉岡は笑ってみせる。

「サッカー、アメフト、柔道、ワンゲルのサルトレック部隊——先に進むことを競うと、強力なライバルが多すぎるからね。オレたちは奴らが見逃した場所をしらみ潰しに探していくんだ」

「あ、ありがと……うわぁ!」

 ポーン!

 蒼の叫び声と同時に軽やかなボールの跳ねる音。バレーボールだ。空から突然、バレーボールが飛んできて、彼の足元に着弾したのだ。

「な、何でこんなところに!?」

「気をつけて、山ノ上高校が誇る最強のピンチサーバー・泰川湘(たいせんしょう)快希(かいき)が捜索をしてるんだ」

 吉岡がそう教えてくれるが、蒼には訳が分からない。

「バレーボールで捜索できるかぁ!」

「ところがどっこい。奴は守備の弱点をつくタイプのサーバーでね」

 吉岡が解説する。

「極限の集中状態になった快希は、『コート内で最も弱い選手の足元に必ず着弾する』サーブを放つことができる。たとえ視界が塞がれていても」

「じゃあなんだ、この山の中で一番弱いのが俺だって言いたいのか……うわぁ!!」

 噛みつこうとした蒼の足元に、またボールが着弾する。

 吉岡はボールの飛んできた方に向かって叫んだ。

「おーい、バレー部ぅ!! こっち方面に女の子はいないぞぉ。全部オレたちの方に吸われていってる!」

「そーかー。悪いなぁー。教えてくれてありがとなー」

 森の向こうからそう返事が届くと、ボールはぱったり飛んでこなくなった。

「気を落とさないで、ボールが全部お前の方に飛んできたってことは、この辺りに女子はいないってことだ」

「……その女子より俺が弱いって可能性は」

「不貞腐れないでよ。これから体を鍛えればいいじゃん。ほら、先に進むよ」

「……ああ、そうだな」

 蒼はやっと顔を上げ、吉岡の後をついていく。

 しばらくして、蒼は変なものを見つけて足を止めた。森の木々の上から紙が糸にくっついて垂れ下がっている。一本だけではない。目につくだけでも十数本。紙に印刷されているのは、いろいろな男性の似顔絵だ。手越祐也、平野紫曜、五条悟……

「これって剣持刀也だっけ?」

 蒼が紙に手をかけたその瞬間、

「新田、それに触っちゃダメだ!」

 吉岡が叫んだがもう遅かった。

 ボフン!!

 どこからともなく、大量の柔らかい物体が飛んできて、蒼の体を押し潰してきた。

「うわぁ!」

 あっという間に、飛んできたものに身を包まれて、蒼は動けなくなってしまった。だが全然痛くない。よく見ると、飛んできたのは布団やら毛布やらクッションだ。

「でらあぃ、完璧なアワセだぜぇ!」

「デュフフフフ……計画どおり。世はまさに大Vtuber時代!」

 どこからともなく興奮した様子の二人の生徒がやってきた。

「何考えてんだお前らぁ!」

 蒼が毛布を弾き飛ばして立ち上がる。二人の生徒はポカンとした。

「残念だったな。釣り同好会にサブカル研究会。そいつは『迷い鳥』じゃない。転校生の新田だ」

 吉岡が蒼の下に駆け寄って、蒼が立ち上がるのに手を貸した。

「いったい、何なんだこれは……」

 蒼が立ち上がると、二人の生徒は得意げな笑みを浮かべた。

「『迷い鳥』用の仕掛けでい。紐を引っ張ったら、たくさんのもふもふクッションで対象を保護する仕組みだぜ。で、餌の提供が……」

「この私、サブカル研究会。女子生徒の好みのイケメンを予測し、彼女たちが思わず手に取ってしまうようなイラストを描かせていただきました」

 二人の態度に蒼は思わず叫んだ。

「こんな仕掛けに引っかかる奴があるかぁ!」

 生徒二人は顔を見合わせた。

「いるぜ、目の前に」

「刺さってるぜ……特大のブーメランがなぁ」

「とりあえず、謝ってくれないかな?」

 吉岡が口を挟む。

「無関係の奴巻き込んだんだから」

「それはそう」

「許してクレメンス」

 生徒二人は蒼に素直に頭を下げた。

 その時だった。

 バキィン! バキィン! パァン! ドカァン!

 近くで恐ろしい爆音。

「い、いったい何があったんだ!?」

 蒼が声を上げると、釣り研とサブカル研の二人が頭を抱えていた。

「そんな! 向こうに設置した、せっかくオイラたちの仕掛けが」

「今の音……もうダメみたいですね。全部ぶっ壊された」

 一方、吉岡は体全体に緊張を走らせ、戦闘体制になっていた。

「畜生。とうとうお出ましになったのか……?」

 そしてゆっくりと音のした方に向かっていく。蒼も慌てて彼についていった。

 現場では凄惨な光景が広がっていた。

 周囲は木々が引き倒されていて、そこだけ即席の広場のようになっていた。地面には何人もの運動部員がその場で伏せていた。皆荒い息をして立てなくなっているか、伸されている。ボコボコにされているのは人だけではなく、弾けて原型を止めていないバレーボールや、折れた竹刀、薪のようになってしまった薙刀もある。

「これは……一体」

「……上だ、新田」

 吉岡は空に視線をやりながら、忌々しげにつぶやいた。ハッと息をのむ蒼。

 はるか上、大木の太枝に、ナニカがしゃがんでいて、こちらの様子を伺っている。いや、それはナニカではなく、間違いなく人間なのだが……

「身長2m35。体重150kg。握力135、100m走11.3秒」

 吉岡が滔々と語る。

「山ノ上高校、最強の男にして、暴力装置、教員陣の切り札——大嶺翼。過去六度の『迷い鳥』捜索は奴によってことごとく妨害され、うち三度は捜索隊の壊滅で打ち切りになった。空手部の部訓の中で、唯一逃げても良いとされる、我々の天敵だ」

 ミシミシ……バキィ!

 太枝が折れた。はるか上空より、上に乗っていた男が落下する。彼は難なく地面に着地した。あの巨体が地面に降りたというのに、不気味なほどに音が小さい。

 巨人・大嶺翼は悠然と周囲を見回していた。こちらに敵意はないのか?

 吉岡が静かにポケットからスマホを取り出し、耳に当てる。

「ワンコールで出てくださいね、主将」

 だが、その瞬間。

 ビシィッ! と何かが爆ぜる音。蒼はギョッとした。吉岡が耳に当てていたはずのスマホが、彼の手から消えている。

 カラカラ……。足元から音がして目をやると、それは半分砕けたスマホだった。

「そーいや、座った状態からの一塁けん制が130km越えるんだったよね、お前」

 吉岡が引き攣った笑みを浮かべた。蒼はやっと状況を理解する。あの化け物は、石か何かを投げて吉岡のスマホをぶっ壊したのだ。

「吉岡、逃げ……」

「いーや、逃げない!」

 蒼の言葉を遮り、吉岡は一歩踏み出した。

「冗談じゃないね。オレは強くなるために空手部に入ったんだ。敵前逃亡なんて、部訓が許してもオレが許せない!

 勝負だ、大嶺 セェエエエ!!」

 気合いと共に飛び掛かる吉岡。だが、大嶺は一歩も動かず、無造作に腕を一閃。

「うわぁっ——」

 吉岡は宙に跳ね飛ばされ、

 ペチペチペチ——

 空中で木からぶら下がっている(イラスト)の何枚かに当たり、

 どさどさどさ——

 周囲から飛んできたクッションの山の下敷きになった。

「吉岡!!」

 蒼が慌てて彼に駆け寄り、布団の山を崩しにかかる。複数の仕掛けに同時にかかったのが災いしたのか、蒼の時とは違い、クッション類が複雑に積み重なってしまってなかなかどかせない。それでも何とか吉岡が顔を出せるようになるまで掻き出せた。

「大丈夫か、吉岡!」

「ぷはッ――馬鹿野郎、オレのことはいい。大嶺から逃げて!」

 吉岡に叫ばれ、ハッとなって振り向いた。だが、それは杞憂だった。大嶺はこちらに背中を向けて、どこかへ走り出していた。

「……俺は相手にされないみたいだ。もういない」

「そうか……」

 吉岡はほっとしたような表情になった。

「オレも怪我してないみたい。頼む新田、大嶺が出てきたことを、みんなに伝えて。可能なら、奴のことを尾行して」

「空手部以外にも情報流していいのか?」

「大嶺が出てきた以上、もはや部同士の対立なんて成立しないよ!」

「わかった、行ってくる。そっちも気をつけろよ!」

 吉岡の別れを告げ、蒼は大嶺の消えた方角に向かって駆け出した。

 大嶺の尾行は簡単だった。奴の通り去った後、森の草木は破壊され、ちょっとした道になっているのだ。その通りに進めば、奴のもとにたどり着けるだろう。蒼は注意深く、即席の獣道を進む。途中で、地面にきれいな雑誌が落ちているのを見つけた。きっとこれも破壊されたトラップなのだろう……。

「いや、違くね?」

 蒼は足を止めた。釣り研とサブ研の餌用イラストとくらべて、その雑誌はなんだか毛色が違う。

 何の気なしに手に取って、

「おわぁ!」

 蒼は顔を赤らめて、手に取ったそれを落としそうになった。慌てて周囲を見回し、もう一度、恐る恐る、しかしじっくりと、それを観察する。

 それはヌード写真集だった。多分まだ蒼の年齢的にまだ見ちゃいけない奴だろう。

「ど、どこのバカがこんなもの持ち込んだんだか!」

 誰に聞かれているわけでもないが、念のため大声で蒼はそうよばっておいた。そして、ぱらぱらとめくったページの中で一番かわいい娘のをしっかり目に焼き付け、丁寧に地面に戻した。そして、尾行を再開した。

 尾行はすぐに終了した。大嶺の切り開いた獣道を進んですぐに、急に視界が開けたのだ。

「あっ……ここは」

 蒼は思わず足を止める。目の前に広がる一面の芝生、広がる青い空。そこは、昼休みの時蒼が訪れた?あの広場だったのだ。森を突っ切って進むうちに、とうとうここまで降りてきたのだろう。

 そして、大嶺もそこにいた。蒼が昼ご飯を食べていた東屋の下で、その巨大な肉体が在った。

 蒼は逃げも隠れもしなかった。それどころか、ゆっくりと森の中から広場へと足を進め、東屋へと近づいた。

 屈強な運動部員をなぎ倒し、吉岡を吹っ飛ばした化け物、大嶺翼――だが彼は今、東屋の下で、震え、うめき、うずくまっていたのだ。

「だ、大丈夫か? 怪我をしてるのか」

 蒼は恐る恐る、巨人に声をかける。学校指定のジャージをパツパツにする鋼の肉体に、どこか怪我をした様子はないが……

「う、ぐおおおお……え、え」

 野太い声で、大嶺がうなる。

「お、落ち着け。どこか怪我したんだな。無理せず、ゆっくりでいいから教えてくれ」

 慰めるような声音で蒼が問いかける。

 大嶺は、息も絶え絶えに、最期の言葉を振り絞った。

「え、え、エロ……」

「え? 『え』がなんだって?」

「エ、エ……エロパワーが切れて、力が出ない……」

「あ、ごめん聞き違えたかも、もういっぺん……」

 蒼が聞き返そうとした、その瞬間だった!

 バシュ――!!!

 空気が抜けるような音とともに、大嶺の体からもうもうと煙が立ち込める!

「うわ、うわわわわ!!」

 蒼は思わず腰を抜かした。

「な、なんだこれ!」

 煙のせいで、一瞬蒼の視界はホワイトアウトした。だが、そこに一陣の風が吹き、煙を彼方へと運び去る。そして、煙に包まれた大嶺の体があらわになると……。

「……なんなんだよ。どうなってんだよお前……?」

 蒼は言葉を失った。

 地面に尻餅をついた彼の前に、煙の影から姿を現したのは、森を破破壊するほどのパワーを秘めた鋼の肉体ではなかった。

 ぶかぶかのジャージに身を包み、その上からわかるほど胸は膨らんでいる。さらりと艶めく長い髪。少し甘い香り。すらりと長い首——。

 彼の前に姿を現したのは、誰もが振り返る、みまごうことなき、清楚で可憐な美少女であった。

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