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出張から戻ると、俺は再び役員会議室に呼ばれた。部屋に入ると、蒼を除いた以前と同じメンバーが揃っていた。皆の視線が一斉に俺に向けられる。その視線には明らかな非難の色が浮かんでいるのは、気のせいではないだろう……。
「蓮、お前は何をやっているんだ」
父の声が響く。彼の表情には明らかな苛立ちが見て取れた。
「いや、何って……」
俺は言葉を探しながら答えたが、父の顔には呆れの色が濃くなっていく。
「我々のプロジェクトを何だと思っている?」
「いや、だから! ああいうお膳立ては不要というか……何か違うだろ!?」
俺は必死に弁解しようとするが、父の言葉に同調するように、周囲の視線は冷ややかなものへと変わっていった。
父の秘書は俺の前にタブレットを差し出して言った。
「蓮様、こちらをご覧ください」
彼の声は冷静だが、その内容は衝撃的だった。
「何だこれ? 『HANA熱愛!? 恋人は影崎グループ御曹司』!?」
タブレットの画面には、華と影崎悠の熱愛報道が大々的に映し出されていた。
「デジタルメディアとSNSで拡散されました。影崎の仕業です。法的手段を通じて即座に削除要請を行いましたが、影響は既に広がりつつあります」
影崎は一体何を考えているんだ? こんなことをして華を手に入れられるとでも思っているのか?
「若、より積極的な行動が必要です。影崎の動きに対抗するためにも、あなたの真剣な決意を示すときが来ています」
霧月家当主は重々しく言いながら、タブレットの別のページを開いた。
「次にそちらをご覧ください」
タブレットの画面には、新たな提案が映し出されていた。
「『星空の下、告白大作戦』提案書……?」
そこには、提案者名、企画の目的、実施方法、想定される結果が細かく記されていた。まるで企業戦略のプレゼン資料のように……。
画面を見つめながら、半ば呆れた気持ちでため息をついた。こんな大掛かりな計画じゃなくて、俺はもっとシンプルに華に気持ちを伝えたいんだ……。
「この、『R&Hラブストライクチーム』って何だ……?」
「我々のチーム名です!」
俺の言葉に、重役の一人が揚々と答えた。彼が名付けたのだろうか。そのネーミングセンスはどうなのだろう……。熱意だけは伝わってくるんだが……。
「若、これが次の一手です。共にこの計画に臨みましょう」
風谷家当主はにこやかに、しかしその目には強い決意が宿っていた。彼の言葉には、俺に対する期待と圧力が込められている。
翔は、やはり下を向いて肩を震わせて笑いを堪えている。
「仕事しろって……」
輝は小さくつぶやいた。
「いや、本当にみんなの応援はありがたいよ? でも、この件については自分で華に伝えたいんだ。俺に任せて……」
俺の言葉は途中でかき消された。
「皆の者、いざ行かん!」
「曳! 曳!」
「「「「「応!!」」」」」
俺の意思は完全に無視された……。
父の秘書はさらに続けた。
「もし! 仮に! 万が一! 失敗に終わった場合は次をご覧ください」
タブレットの次のページには、第三弾『ドキッ☆満員電車のヒーロー大作戦』、第四弾『ニャンともロマンチック! 雨の捨て猫大作戦』と書かれていた。
いや、ボツだろ……。
「仕事しろよ……」
俺は輝と同じセリフをつぶやいた。
「蓮、急いだ方が良いぞ? 蒼の話じゃ、華の見合いの日程調整が進んでいるらしい」
「は!?」
輝の言葉に驚き、俺は目を見開いた。
「華は乗り気じゃないから、いろいろと無理難題を出して断ってるみたいだけどな?」
「無理難題……?」
翔が笑いながらそう言った。その条件に合う男が華の好みのタイプなのか……?
「そう、例えば華より高身長で、華より高学歴。華と同年代であり、雪原家以上の家格。そして何より華以上に強いことだってさ」
「そんな奴、滅多にいないだろ?」
「いることはいるんだけどな?」
翔と輝の言葉に、俺は苦笑しながらも少し安心していた。雪原家当主が選出した八名の御曹司の中に、華の出す条件に当てはまる男はいない。
「蓮、聞いているのか?」
父の声が再び響き、意識を引き戻してそちらへ顔を向けた。
「……ああ、聞いてる」
父は深く息を吸い込み、厳粛な表情で言葉を続けた。
「それでは皆の者、今一度!!」
「曳!! 曳!!」
「「「「「応!!!!」」」」」
俺は再び決意を固め、心の中でつぶやいた。
エイエイオー。