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 華視点




 ピピッ!


 カードリーダーに社員証をかざして、オフィスのゲートを通り抜ける。秋の日は短く、外は薄暗くなり始めていた。


「うわっ……! また来た」


 天宮不動産本社ビルのエントランスを出たところで、そいつは現れた。古来から天宮の敵対関係にある影崎家の嫡男。影崎悠。


 何度追い払っても、どこからともなく現れる。G並みのしぶとさだ。


 暇なのか?


「華さん、今日もお美しい……! どうですか。食事を一緒に……」


 影崎悠は大きなダリアの花束を差し出してそう言った。


 敢えてダリアを選んだのだろうか。ダリアの花言葉の一つは「裏切り」だ。私を試しているのか? 雪原が天宮を裏切ることなど、絶対にないというのに。


「要らない」


 私はそれだけ告げて歩き出した。影崎悠に対する嫌悪感が込み上げ、思わず眉を寄せてしまう。


 彼のしつこさにうんざりしながら、苛立ちを抑え、足を止めることなく進む。


「待ってください、華さん。僕は本気です!」


 私を引き止めようと、影崎悠は叫んだ。周囲の好奇の視線が集まる。


 私は足を止め、影崎悠を睨みつけながら低い声を出した。


「あんた、よく私の前に顔を出せたな」


 この男の父親は先日のパーティーで、私もこの男に好意を持っていると言った。


 そんなわけあるか!! そのことを思い返すたびに、怒りが込み上げてくる。


 あのとき、蓮の静止を振り切って本当に斬ってやればよかった。せめて一発殴っておくべきだった。この男の無神経さにそう思わずにはいられない。


 握った拳に力が入ったそのとき、占い師のような恰好をした女性が現れ、影崎悠に話しかけた。


「そこのあなた、お待ちなさい。あなたの未来には危険が迫っている……! 水難の相が出ています。このまま進めば、大いなる災厄が訪れるでしょう!」

「な……!? 水難……?」


 影崎悠が足止めに遭っているうちに、私は歩き出した。しかし、数歩進んだところで、占い師を振り切った影崎悠が再び叫んだ。


「華さん、お願いです! 話を聞いてください!!」


 影崎悠は必死に走り寄り、私の腕を掴もうとした。しかし、私はすばやくその手を躱して振り返った。すると今度は、白い法衣を纏った集団が彼を取り囲んだ。


「アナタハーカミヲーシンジーマスカー?」

「この聖なる教えに導かれましょう。あなたの心を浄化すれば、神は必ず微笑みかけてくれるでしょう」

「は……? 神……?」


 宗教勧誘に巻き込まれ、再び足止めを受けている彼を無視して進むと、前方から聞きなれた声が聞こえた。



「華」



 私の名を呼ぶその声に顔を向けると、蓮が急ぎ足でこちらに向かってきた。


 端正な顔立ちとスラっとした長身を持つ、私の幼馴染でもある、私たちの主君。


「蓮」


 彼の名を呼ぶと、蓮は私の横に並び、その長い腕をわたしの腰に回した。


 ん? いつもはこんなことしないのに。


「おい、華は天宮一門の姫だ。金輪際近づくな」


 蓮がそう言うと、影崎悠は蓮を睨みつけた。護衛である私が前に出ようとすると、蓮は腰に回した手に力を込め、それを止めた。


「くそっ、家臣に手を出すとは……!」


 影崎悠は忌々しげにつぶやくと、再びダリアの花束を差し出した。


「華さん、僕は諦めません!」


 しつこい……。


 わたしが口を開きかけた瞬間、蓮が鋭い声で遮った。


「もう一度言う。華は決してお前のものにはならない。二度と近づくな」


 影崎悠は悔しそうに顔を歪め、身体を震わせながら苦しげな声を絞り出した。


「華さん、僕たちはまるでロミオとジュリエットだ……」

「「はぁ?」」


 その言葉に、私と蓮は思わず声を揃えた。蓮に視線を向けると、「相手にするな」と目で合図を送っている。私が軽く頷くと、蓮は路肩に停めた車へと私をエスコートした。


 私たちが歩き出すと、影崎悠はしつこく後を追おうとする。しかし、彼の行く手を阻むように、突然現れた人々が次々と彼に近づいた。


「ちょっといいですか~。街頭インタビューです~。あなたの人生最大の失敗を教えてください~」

「困っている子供たちに募金をお願いします」

「お兄ちゃん……道がわからないの……」

「カットモデル募集中なんですが、いかがですか?」


 マイクを持ったインタビュアーとカメラマン、募金箱を持った学生、小学生くらいの男の子、ビラを持った美容師が立て続けに影崎悠に声をかける。


「くそっ! 次から次へと何なんだ……!」


 影崎悠がそれらを振り払い、なおも私たちへ近づこうとしたその瞬間、バイクが通りがかり、水たまりの泥水が大きく跳ね上がった。


 ザバーッ!!


 容赦なく影崎悠に降りかかる泥水。


 影崎悠の髪やスーツに染み込んだ泥水がポタポタと滴り、彼は呆然と立ち尽くした。


「…………着替えれば?」


 私はそう言って蓮の車に乗り込んだ。



「華、何か気になるのか?」


 運転席に乗り込んだ蓮が、ちらりと私を見て尋ねた。


「いや……さっきの占い師やインタビュアー、何となく見覚えがある気がするんだけど……気のせいかな。それより蓮こそどうかしたの?」


 普段とは様子の違う蓮に違和感を覚え、私は蓮の顔を覗き込んで問い返した。


「え!? ああ、うん。華、お前…………いや、何でもない……」


 彼は、ためらいがちに口を開こうとするが、一瞬の間を置くと、言いかけた言葉を飲み込んでしまった。


 彼の顔に浮かんだその複雑な表情が、妙に引っかかる。


「影崎、しょっちゅう来るのか?」


 彼は深く息を吐き、低い声で尋ねた。私は少し考え、蓮の表情を窺いながら答えた。


「まあね。鬱陶しいけど、適当にあしらえばそのうち消えるでしょ」

「そうじゃなくて……」

「そうじゃなくて?」


 ハンドルに置いた手にわずかに力が入ったのがわかる。車内にわずかな緊張が漂う。


 蓮の顔をじっと見つめていると、彼は黙ったまま視線を返し、唇をわずかに動かした。そして、一瞬の逡巡のあと、目を伏せるようにして静かに言った。


「……飲みに行くか」

「うん」


 私は蓮の提案に頷いた。彼の心の中にある葛藤を感じながらも、今はそれを問い詰めることはできなかった。






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