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数日後、俺が出社すると、天宮ホールディングス本社ビルの最上階にある役員会議室に呼ばれた。
会議室は、高級感あふれる内装と、窓から見える都市のパノラマビューで知られている。
役員会議室には、社長である父と、天宮一門の家臣団が集まっていた
霧月家当主、風谷家当主、輝、翔、それぞれの家に仕える家臣、天宮ホールディングスの重役である彼らは、既に会議室の長いテーブルについており、俺の到着を待っていた。
「遅くなり申し訳ありません。……蒼、大学は?」
「拉致……いえ、今日は休講です……」
その場には華の弟である蒼も揃っていた。蒼に声を掛けると、彼は華に似た美しい顔で苦笑した。
蒼の容姿は、華に似た美しさを受け継ぎながらも、独自の魅力を放っている。華の洗練された美しさに男性的な力強さが加わり、端正でありながらも柔和な印象を与える。
華同様高身長で、手足の長さは彼のスタイリッシュな外見を一層引き立てている。
父が真剣な顔をして言った。
「揃ったな。ではこれより、第一回恋愛防衛戦会議を始める」
ん? 聞き間違いだろうか……。レンアイ……??
「仕事しろよ……」
俺が首を傾げていると、輝がボソッとつぶやいた。
「これは天宮家の存続にかかわる最重要案件だ。早急に対応せねばならない!!」
「すまんな。うちの息子がヘタレで……」
霧月家当主は息子に対して厳しく言い放ち、その言葉に俺の父も続いた。
息子がヘタレで……?
「え? もしかして、俺が華を好きな事を知って……」
俺が驚いて輝と翔を見ると、二人はサッと窓の外に目を向けた。
「若、皆知っています。知らないのは豊と華ちゃんだけです」
「蓮に言い寄る女、いないだろ?」
風谷家当主と翔の言葉に、俺はテーブルに両手をついて頭を抱えた。そして、母が俺を睨んでいた理由が理解できた。
この場に雪原家当主がいないのはそのためか。
「お前がもたもたしているから、影崎如きに付け狙われるんだ!!」
「うっ……」
俺だってただ指を咥えて見ていたわけではない。父の言葉に心の中で反論する。
「影崎の息子も大概しつこいよな。そういう性癖か?」
呆れたようにそう言う輝の言葉に、俺は眉を寄せた。
「華は以前から影崎に言い寄られていたのか……?」
「はい」
俺の問いに、蒼が冷静な声で答えた。
「約半年前、影崎悠は突然姉さんの前に現れプロポーズしました。当然姉さんは拒否しましたが、それ以降、影崎悠は姉さんに付き纏っています。先日の行動に至ったのは、姉さんに全く相手にされない状況が不満だったのでしょう」
くそっ、気づかなかった……!!
「何故、華はそれを言わない……?」
「俺たちは家臣だからな」
「華が何か言ったら、お前は華を守ろうとするだろ?」
「当然だ!」
俺は即答した。だが、輝と翔の言う通り、それは華が望まないことなのだと理解している。天宮家の家臣であることを誇りにしている華は、守られる立場になることを決してよしとしないのだ。
「蓮、今がそのときではないのか」
父は俺に顔を向け、諭すように言った。
確かにこれは好機かもしれない。タイミングを誤れば、華は出家か、最悪の場合は天宮の末席に嫁いでしまう。
「蓮、お前の敵は影崎だけではない。それを見ろ」
父の秘書に渡された資料には、日本を代表する各企業の御曹司たちの名前が連なっていた。
その数、八名。
「これは、華への求婚者か?」
父に顔を向けてそう言うと、父は苦笑しながら答えた。
俺は今、どんな顔をしているんだろうか。
「実際はもっと多いぞ? 豊が絞ってそれだけになったんだ」
渡された資料をクシャッと握り潰し、俺は決心した。
華への求婚者が何人いようと関係ない。他の男に華は渡さない。絶対に……!
「若、豊は我々が何とかしましょう。その間にやることはお分かりですね? もう子供ではないのですから」
霧月家当主は、真剣な表情を浮かべてそう言った。
「ああ。わかっている」
俺がそう答えると、天宮一門の家臣団は一斉に立ち上がった。
「若、まずは華様と影崎の接触を阻止しつつ、湯けむり大作戦を決行します!!」
家臣団の一人がそう宣言すると、彼らは拳を突き上げた。
「皆の者、いざ行かん!」
「曳! 曳!」
「「「「「応!!」」」」」
輝と翔は下を向いて肩を震わせ、笑いをこらえていた……。