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ホテルAMAMIYAの会場は、秋祭りの後の慶祝の宴で賑わっていた。華やかな照明と美しい装飾が施され、高級なシャンパンが注がれたクリスタルのグラスがキラキラと輝いていた。
美味しそうな料理が並べられ、会場全体が豪華な雰囲気に包まれている。
地元の名士や、天宮の関係者が集まる中、華はその場にふさわしい優雅さで立っていた。
昼の流鏑馬の衣裳は華の凛とした美しさを際立たせるが、夜の宴会では、彼女は別の魅力を放っていた。
深紅のタイトなドレスに身を包み、長い黒髪は繊細なアップスタイルにまとめられている。身体のラインを拾うそのドレス姿が、俺の心をかき乱す。
華の姿は、まるで月明かりの下で輝く夜の女神のようだった。
心を落ち着けて、俺は華の隣に静かに立った。
俺はシンプルだが洗練された深い墨色のスーツを身に纏い、その上には天宮家の家紋が刻まれたシルクのハンカチーフを添えている。スーツの裏地には、天宮家の象徴である銀の兜が静かに輝いていた。
天宮家の嫡男としての風格を保ちつつ、華の隣に立っていても見劣りしないよう自らの存在感を確かなものにしていた。
会場の至る所から、男たちの華へ向けられる熱い視線が感じられる。彼らの視線はあからさまに彼女の美しさに釘付けになっている。
輝と翔が会場に姿を現し、俺たちの方へ歩いてきた。輝はエレガントな黒のタキシードに身を包み、シルバーのカフリンクスが彼の洗練された雰囲気を際立たせている。
翔はモダンなチャコールグレーのスーツを選び、そのトレンディながらも上品なスタイルが彼の魅力を引き立てている。二人とも、この宴にふさわしい装いだ。
輝と翔もまた、会場のあちらこちらから女性たちの視線を集めている。
「華、派手だな」
「綺麗でしょう? 次のコレクションのメインなんだって」
「まあ、似合ってるな」
「ああ…………」
俺たちが話していると、ざわついていた会場が突然静まり返った。
俺の父親であり、天宮家当主の天宮仁が現れた。父は天宮ホールディングスの社長だ。
その後に雪原家、霧月家、風谷家、それぞれの当主が続く。
華の父親である、雪原豊。彼は天宮不動産の社長。
輝の父親である、霧月誠。彼は天宮アパレルの社長。
翔の父親である、風谷実。彼は天宮ホテルズの社長。
それぞれの会社は天宮ホールディングスの一部として独自の事業を展開し、地域社会に対して貢献している。
俺たち四人はそれぞれの父親が経営する事業に携わっていて、父親たちの厳しい指導のもと、華以外は後継者としての事業を引き継ぐ準備を進めている。
華には三つ下に弟の蒼がいて、雪原家当主の座は彼が継ぐ予定だ。
スタッフに案内され、俺たちも会場のメインステージに設置された壇上へ上がった。
「皆様、今宵はこの素晴らしい祭りにお集まりいただき、心から感謝申し上げます。この祭りが地域の絆を深め、皆様の笑顔で溢れる場となったこと、大変嬉しく思います。祭りの成功を祝うこの喜びを胸に、新たな一年を迎える所存です。今後も共に、この地域の未来を築いていきましょう」
父の言葉が響き渡った後、会場からは大きな拍手が起こり、華やかなパーティーが始まった。
参加者たちは、楽しげに話をしていて、その笑顔と笑い声が会場全体に幸せな雰囲気を醸し出していた。
「蓮くん、次期当主としての君の成長は、本当に素晴らしい。天宮家は安泰だね」
「そう言っていただけると、とても嬉しいです。皆様のご協力があってこそ、私たちはここまで来ることができました。」
地元の有力者である初老の男性にそう言われ、俺は感謝の言葉を返した。
「華さん、相変わらず美しくていらっしゃるわ。モデルのお仕事は霧月家の奥様の希望だと聞きましたが、その美しさを活かすのに最適だわ。普段のお父様のもとでの働きぶりも評判なのよ?」
「ありがとうございます。父の下で働くことは、私にとって貴重な経験の源泉です。そして、モデル業は自分自身を表現する新たな方法で、とても楽しんでいます」
華は、ここでもご婦人方に人気だ。
輝と翔は一緒に立っていて、他の地元の名士たちと話していた。
「輝くん、今日の流鏑馬は本当に見事だったよ。君の技術は超一流だ」
「ありがとうございます。自らに驕らず、毎回新たな気持ちで取り組んでおります」
「翔くん、新規事業について検討されているとか。大変興味深いね」
「そうですね、新しい挑戦はいつでも楽しいものです」
輝と翔は笑顔で答えている。
そのとき、会場の雰囲気が一変した。突如として、思わぬ人物が登場したのだ。
威圧感を漂わせる恰幅のいい男性と、どこか余裕を見せる細身の青年。
それは、かつて天宮家を裏切った家老の末裔、影崎家の現当主である影崎力とその息子、影崎悠だった。
天宮陣営の集まるこの場に影崎家の者が現れ、会場内には張り詰めた緊張が走った。三家当主とその子供たちは、即座に臨戦態勢を取った。
父の周りに三家当主が並び、俺の前には輝、右には翔が並んだ。そして、俺の左に華が並んだとき、影崎悠の目が華に留まった。その目には華に対する恋情と欲情が明らかに見て取れた。
影崎悠は華を見つめると、口元に満足そうな笑みを浮かべた。そのニヤリとした表情は俺の心を怒りで満たした。
心の中は怒りが渦巻いていたが、それを表に出すことはなく、俺は冷静を努めた。
雪原家当主は一歩前に出ると、静かに口を開いた。
「会場をお間違えか? ここは天宮が経営するホテルだが?」
影崎家当主は嘲笑するような笑みを浮かべて言った。
「いいえ、間違えてはおりませんよ。実は、我が息子の悠が華様に深い感情を抱いているという事実を皆様にお伝えするために参りました。我々影崎家としては、天宮家との絆を深める絶好の機会と考えております。もちろん、天宮家の皆様のご意向が第一ですが、華様も我が息子に好意を持っているようですし、二人の縁談を進めさせていただければと存じます」
何だと……!?
「ふざ……「ふざけるな!!!!」
俺の声を華の声がかき消した。
「聞き捨てならぬ!! 我が身、天宮に仕えし雪原華なり。我が雪原、天宮への忠義、決して揺るがず。我を愚弄するとは何事か!! この不敬、断じて許し難し!!」
怒りに身体を震わせ、華はそう言った。手には装飾として飾られていた真剣が握られている。
誰だ、渡した奴!!
「華、待てっ……!」
俺は慌てて華の背後に回り、抑えた。
まずい……! このままでは現代の法律に触れてしまう!! いや、天宮なら秘密裏に処理することも可能か……!?
しかし、華以上に殺気立っている者がいた。家臣三家当主の妻と、俺の母だ。
「影崎如きが天宮一門の姫を娶ると言ったか……?」
「我が娘を……なんという屈辱……!」
「叩き斬ってくれる!! そこに直れ!!」
「奥方様、これを!!」
俺の母である天宮家当主の妻は渡された凪刀を構えた。
その凪刀、どこにあった!?
「輝、母さんを頼む」
「御意」
会場は騒然となり、天宮一門の家臣団は怒りを露わにしている。特に雪原家の家臣の怒りは凄まじい。
俺は今にも斬りかかろうとする華を抑えながら、輝に母を任せ、周囲に目を配った。
「今日はここまでとさせていただきます。次の機会に、我々の話を深めることを期待しています」
影崎家当主とその息子は、自分たちにとって有利でない状況を理解したようで、一言を残して去っていった。
それが初めから明らかだったのに、影崎は一体何を考えていたんだ?
「塩を撒きなさい!!」
母の怒号が飛ぶ。そして何故か俺を睨んでいる。
「つまらない出来事だったな」
パーティーは一時的に混乱したが、父の一言で事態は収束したように見えた。だが、俺の心はまだ平静を取り戻せていなかった。
家臣の家臣を陪臣と言いますが、この物語では「三家に仕える家臣」と表現しています。
また、天宮家の直臣である雪原家、霧月家、風谷家、そしてそれぞれの家に仕える陪臣を含め、天宮一門の家臣団としています。