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 風が、神社の木々を優しく揺らしていた。秋の日差しはまだ温かく、その光が境内に散らばる落ち葉を金色に染め上げ、神聖な空気が静かに流れる。



 (はな)の姿が目に入る。彼女は、腰までの長い黒髪をポニーテールにして馬に跨っている。手には細身でしなやかな弓と、羽根の色が鮮やかな矢を握りしめている。


 彼女の装束はこの地域では伝統的な流鏑馬(やぶさめ)の衣装で、赤と白の配色が彼女の美しさを一層引き立てていた。


 一の射手(いて)は華だ。合図があり、華が馬を走らせた。

 しっかりと両脚で馬を制御し、流れるような動作で矢を放つ。その姿は、まるで古の武士のように凛としていて美しい。


 彼女の集中した眼差しは、的を射抜く意志を感じさせる。彼女の矢は風を切り、一直線に的の中心を貫いた。


「華、頑張れ」と心の中で応援しながら、俺は彼女の流鏑馬の様子を冷静に見守る。


 彼女の矢が的に命中するたびに、観客からは拍手と歓声が沸き起こる。その都度、俺は誇らしさを感じる。



 二の射手は(ひかる)。彼は青と金色の装束を身にまとい、馬に跨る姿が堂々としていた。

 彼の矢は速く、正確で、的は外れたことがない。彼の流鏑馬は見事で、的を射抜く度に歓声が上がる。



 三の射手は(しょう)。普段は少々軽薄な彼も、流鏑馬の際には真剣そのものだ。彼の装束は緑と黄色で、彼の性格を表しているようだ。

 翔の矢もまた、見事に的の中心を射抜き、観客たちは彼の腕前を称賛する。



 そして、最後の射手は俺、天宮蓮(あまみやれん)。俺は深い紺色の装束に身を包み、馬を走らせ、誇りを胸に弓を引く。


 的に焦点を合わせ、矢を放つ。命中した瞬間、観客からは大きな歓声が巻き起こる。



 

 今日は、天宮家縁の神社で年に一度の祭りが行われている。この祭りの由来は天宮家の歴史と深く結びついている。


 かつて大名家だった天宮家は、家老の裏切りにより窮地に陥った。しかし、忠義を尽くした家臣たちは、若君とその妻を連れこの地へと落ち延びた。そして彼らがこの地で新たな生活を築いたことが、この祭りの発祥だ。


 若君夫妻は嫡男である男児と三人の女児に恵まれた。三人の姫はそれぞれ雪原(ゆきはら)家、霧月(きりつき)家、風谷(かぜたに)家を興し、代々天宮家に仕えてきた。


 そのため、雪原家長女の華、霧月家嫡男の輝、風谷家嫡男の翔、そして天宮家嫡男である俺たち天宮一門が、伝統に従い流鏑馬を行うのが習わしである。

 俺たちは全員が同い年で、十八歳からこの役を務め、今年で六年目となる。




「華様ーーーーーー!!」

「素敵ーーーーーー!!」


 馬場末で騎乗したまま待機している華は、大勢のファンから声援を浴びている。


「キャーーーーーーッ!!」


 華がニコッと笑って手を振ると、辺りには黄色い悲鳴が響いた。


 ああ、可愛い……っ!!


「よく華相手に欲情できるな。俺、腹斜筋ある女とか絶対ぇ無理だわ」

「俺も。つーか華だしな。蓮、いつまでそうしてんの?」


 翔と輝が同じように騎乗したまま、華を見つめる俺に言った。


「華の腹、見たのか……?」

「見なくてもわかるだろ」

「お前、子供の頃、魔法使いになりたいって言ってたもんな……」



 俺たち四人は生まれたときからずっと一緒に育ってきた。だが、輝と翔の華を見る目と、俺の華を見る目は違う。

 輝と翔にとって、華は姉であり妹だ。しかし、俺にとって華は異性であり、心から愛する唯一無二の女性だ。


 気づいたときにはそうだった。俺は、幼い頃からずっと華に恋をしている。


 けれど……。


「俺だって、何度も打ち明けようとしたさ。でも、そんなことをすれば、翌日には雪原の当主が白装束でやってくるだろ!?」

「「確かに……」」


 時代錯誤もいいところだが、俺たちはそういう世界を生きている。


 雪原、霧月、風谷の三家は天宮の家臣だ。そして雪原はその筆頭。家臣が主君に見初められたなどとあっては、それを誉れとはせず、自らの忠誠心を疑い、責を負うだろう。

「家臣の身でありながら主君の心を掠めるなど……!」と言って、白装束をまとい、短刀を手に畳に座る華の父親の姿が容易に想像できる。


 それに、華だって……。





「あれモデルのHANAじゃね?」

「何? 撮影?」

「おおー! 凄ぇ、美人」


 観客の、驚きと称賛の声が聞こえた。


 華はアパレルブランドAMAMIYAの専属モデルもしている。

 本名も年齢も非公表にしているが、その分問い合わせも多く、他社からのオファーも絶えない。


 閉じ込めて、誰の目にも触れさせず、俺だけの華に……したいところだが、華ならしれっと出ていって、しれっと戻ってくるだろう。




「ねぇ、夜までどうする? 暇なら稽古に付き合ってよ」


 隊列を組んで馬場本へ戻るところで、華がそう声を掛けた。


「やだよ! 俺は彼女とデートだ!」

「どの彼女だよ。夜までには戻ってこいよ。華、俺も今日はパス」


 翔がそう答えると、輝が冷静に言った。



 今夜は秋祭りの後の慶祝の宴が行われる。天宮の嫡男である俺と、家臣である三人ももちろん参加する。


 三人は俺の護衛も兼ねているため、俺たちは幼い頃からあらゆる武術を叩き込まれてきた。華は力では劣るが、その分素早さは断トツで、防御戦術に長けている。


 しかし、今日くらい稽古は休んでもいいのではないだろうか……。


「蓮?」


 華を見つめてぼーっとしていた俺を、華が上目使いで呼んだ。


 くっ……! 可愛いすぎる!!


「ああ……。わかった」



 俺はそう答え、この後は二人きりで稽古を行うことになった。しかし、そこに甘い雰囲気は一切存在しないのだった……。









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