春をうたう9つの精霊たち
第33回企画、ひだまり童話館9周年記念祭、「9の話」参加作品です。
風花がひらり地面に落ちた。
さらさらの精霊が、そろそろ目を覚ますころ。
「ふわぁ。もうそろそろだなぁ」
自分の両目をごしごしこすりながら、銀色の杖を振る。
「雪よ、解けよ。雪解け水よ、ちょろちょろと。里に行くころ、さらさらに」
つめた~い。小さなおててをさらさら小川にひたして、そう言う子らを思いうかべて、さらさらの精霊はくすくす笑った。
干してあった凍み大根がからからになった。
ぽかぽかの精霊が、だんだんに顔を出すころ。
「ふう。ウォーミングアップの時期だなぁ」
自分の体に温もりを感じながら、紅色の杖を振る。
「お日様、照らして。ぽかぽかぽかぽか、ふっくらふくふく」
眩しそうにお日様を見ながら、縁側でお茶をのむおばあさんと孫を見て、ぽかぽかの精霊はにっこり笑った。
霜でがちがちになった土が、やわらかくなった。
ちらちらの精霊が、おそるおそる起こしにかかるころ。
「やぁ、みんな。そろそろ起きる時間だよ」
自分もふらふら眠いのに、橙色の杖を振る。
「土よ、温くなあれ。中まで温くなって、ちらちら顔を出しておくれ」
猫柳のつぼみがふっくら輝いて、草も芽が目覚めはじめ、ちらちらの精霊はたのしみだなぁと笑った。
太陽の光が少し強くなった。
ぐんぐんの精霊が、兆しを確かめにくるころ。
「むむっ。今年は成長が遅いなぁ」
自分も小さいのに、花や木の成長を願って、若草色の杖を振る。
「木よ、花よ。上に上にぐんぐん伸びろ。お日様一杯取り込んで」
すると水仙の花や福寿草の花が裏庭にそっと咲いたのを小鳥たちが見つけて喜んだので、ぐんぐんの精霊はやっと笑った。
沈丁花の花が咲いた。
くんくんの精霊が、ごきげんで笑顔を振りまくころ。
「わぁ。やっぱりこのお仕事最高だわ!」
自分が好きな香りを目一杯すいこんで、薄桃色の杖を振る。
「花よ、そのつぼみをほころばせよ。くんくんしたくなる芳しき香りをそこかしこへ」
梅の花がやさしく春をこぼしたのを美しい女性がてのひらで受け取ったのをみて、くんくんの精霊はうふふと笑った。
望み葉が春の雨でしめった。
よーい、ドンの精霊が張り切って支度をするころ。
「さぁ。もう動けるだろう?起きて!」
自分の心臓のドキドキする鼓動を感じながら、藍色の杖を振る。
「我先にと、よーい、ドン!大地の上に光と風を感じて出ておいで」
蛙が眩しい光にほっほっと目を細め、風の中ぴょんと飛んだのにびっくりしたよーい、ドンの精霊は思わず笑った。
雪国の小さな子がおんもに出るゆるしをもらえた。
きらきらきらりの精霊が水の上を歩き回るころ。
「ほら。ゆらゆらゆれる川面よ。照らされて、かがよえ、歌え」
自分のまぶしさに目をギュッとしながら、金色の杖を振る。
「流れる小川がきらきらきらり。光を浴びて小川もいきてる」
水の中で透明のヴェールの内にある黒いてんてんがくるくる動くのを見て、あの子もそろそろここに遊びに来るだろうときらきらきらりの精霊はそっと笑った。
風の色が白から水色に変わった。
びゅーびゅーの精霊が元気いっぱい走りまわるころ。
「そおれ。コートもマフラーももういらないんだよ~。南風よ、ふけよふけふけ~」
自分の髪がぼさぼさになるのもかまわずに、空色の杖を振る。
「春一番がびゅーびゅーびゅー。あっちのふくろもこっちの葉っぱもみんなみんなとびまわれーー!」
子供たちが風を体全体でうけとめて「きゃー」と歓声をあげたのを見て、びゅーびゅーの精霊は満足して笑った。
春二番と春三番が吹く準備をしている。
9番目の最後の精霊がいつもならはしゃいでいるころ。
「本当にこれでいいのかしら?」
しかし、今年は違った。
冬のしもべの木枯らしが寂しそうにしていたのをたまたま見てしまった9番目の精霊は悩んで、元気になれずにいた。
暖かくなって動き出す人々(ひとびと)や植物、動物たち。
「春だ~。わぁい」
みんな春を待ち望んでいた。
じゃぁ、冬は?冬はどんな気持ちだろう?そして、私をどう思っているかしら?
9番目の精霊はおそるおそる冬に尋ねた。
「あなたは私がこの季節にいることに不満ではない?」
冬はすました声で答えた。
「冬だって春のように美しいのさ。氷や雪、ダイヤモンドダストやサンピラー。君も知っているだろう?」
9番目の精霊は頷いた。
「確かに樹氷もしぶき氷なんかもきれいだわ」
「そうだろう?透明な世界はお日様とも実は仲良しで、照らされてキラキラした姿はとても美しい」
9番目の精霊は「ほんとうに」と思い浮かべてうっとりする。
そして刺すような寒さも心が凛として好きなのを思い出した。
冬が言葉を続ける。
「それに動物や植物は力を貯めるためゆっくり眠る必要がある。その季節が冬なのだ。動くのも良いが、眠るのも気持ちが良いものさ」
9番目の精霊は、そうだとまた頷いた。
「それに冬を心待ちにしている人間も多い。スケートやスキー、雪遊び、氷遊びなんて、冬にならなきゃできないからね。雪道をぎゅっぎゅっとふみしめて歩くだけだって楽しみにしている子供がいるくらいだ」
9番目の精霊は、何だか冬の話を聞いて、胸が高鳴った。
「だから安心して、きみはきみの仕事をしな」
9番目の精霊は、その言葉を聴くや否や、透明色の杖を振る。
透明色は何色にも変わり、今は春色に変化した。
「さあさ。春が来ましたよ~。暖かで温かな春が来ましたよ~。みんなわくわくしましょう~」
9番目の精霊は、わくわくの精霊。
これから伸びやかになる植物や動物、人々(ひとびと)の気持ちをわくわくさせる。
穏やかなお日様の光を浴びて、人も花も動物も命を輝かせているのを見て、わくわくの精霊は幸せそうに笑った。
そしてわくわくの精霊は決意する。
春だけでなく夏にも秋にも、そして冬にも私はやって来ようと。
南風が吹きすさぶ中、桜の花芽がふうわりしているのをわくわくの精霊はそれこそわくわくして眺めていた。
おわり
お読みくださり、ありがとうございます!
少し語句の解説をしておきます。
〇風花……木の枝など雪が積もっている上方から、風に吹かれ飛んでくる雪。
〇凍み大根……冬の寒風に大根をさらして作る保存食。日中はぽたぽたと雫がしたたり落ち、夜は凍って、からからになったら出きあがり。
〇沈丁花……中国などが原産の香り高い花を咲かせる低木。夏のクチナシ、秋の金木犀、冬の蝋梅と共に四大香木と呼ばれています。
〇望み葉……枯葉の異名で、春をむかえる植物の栄養になることから、この名がつけられました。
〇春一番……冬から春へと変わる時、初めてふく暖かな南風のこと。二番目に吹くのを春二番、三番目に吹くのを春三番といいます。
以上です。
親御さまは、お子さまに分かりやすい言葉でぜひ教えてあげてくださいね。
何か感じるものがありましたら、ご感想などお寄せくださると嬉しいです。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!