63.フルールの結婚(フルール)
「どうしてあなたが?」
「俺がそれを望んだから」
部屋に入ってきたのはエミールだった。
いつものようにすました顔で向かい側のソファに座る。
あいかわらず美しい顔をしたエミールに会うと、逃げ出したくなる。
私もついこの間まではエミールと同じように美しかったのに。
身体はぶよぶよに太って、もう鏡も見ないけれど、顔も醜くなってしまった。
きっとエミールも私から目をそむけると思ったのに、エミールの目は前と同じだった。
何の感情もなさそうな青い目。
そう言えばエミールはいつもこんな目をしていた。
私の言うことを聞くけれど、何の熱も感じられない。
エミールにとっては、私が美しくても意味がなかったのかもしれない。
「ここにエミールが来たってことは、エミールが婚約者なの?」
「そうだ」
「あなた私には興味ないって言ってたじゃない。
王太子妃になるためにあんなに手伝っていたのに」
「あぁ、あれね。フルールが王太子妃になるなら、
ちょっとお願いして側妃の宮に居続けようと思っていたんだ」
「は?そんなことのために支持していたの?」
「そうだよ。俺が王族で無くなれば側妃の宮に住むことはできなくなる。
だけど、王太子妃の力があれば、そのくらいはどうにでもなるだろう?」
そんなことのために私を支持していたのか。
王宮に残るくらい、陛下にお願いすればいいだろうに。違うの?
「じゃあ、どうして婚約を?側妃の宮から出たくないんじゃないの?」
「それは、母上がもういいって言うから。
フルールに優しくしていたのは全部母上のためだった。
容姿が衰えたっていつも嘆いていたから、女神の加護を使えばいいって」
「……それはなんとなくわかっていたわ。
だって、エミールは一度だって女神の加護を使っていない。
自分に使うくらいなら母上にって言ってたじゃない」
「俺にとって、俺の顔なんてどうでもいい。
まぁ、母上の顔も美しくなくていいんだけど」
「はぁ?あんなに容姿にこだっているのに?」
側妃は妖精のように美しいと褒められることにこだわっていた。
だから衰えていくのを認められなくて、会うたびに女神の加護をねだられた。
……そういえば、ミレーの次に多く使ったのは側妃だった。
私やミレーが醜くなったのが女神の加護の反動なのだとしたら、側妃も大変な状態なはず。
「フルールの女神の加護の効果が無くなってしまったからだろう。
もう見た目はしわくちゃで化け物のようだ。
だけど、これでもう母上は外にでない。
側妃もやめてひきこもりたいって言ってる。
だから、フルールと婚約したんだ」
「どういうこと?」
「母親付きで結婚するなんて普通なら認められないだろう?
だけど、ここは違う。そのくらいの条件はのむだろう。
代わりに、この領地を立て直す。夫妻とフルールは死ぬまで養ってやるよ。
俺は母上と静かに暮らせればそれでいい」
「本当に私と結婚する気なの?」
「形だけの契約結婚だ。さすがに今のフルールと結婚したい馬鹿はいないよ。
見た目も中身も悪い、その上、王家にも嫌われている家。
こんなとこに婿入りしたってつぶれるに決まってる」
「……」
もう悔しいと思う気持ちすらなかった。
あの時、女神の加護が消えた時、感情の一部も消えてしまったような気がする。
何をしても無駄だっていうあきらめの気持ちが強い。
「俺が婿入りして立て直さなかったら、この家は一年たたないでつぶれる。
伯爵は領主の仕事を何一つできないようだからな」
「それは今まではお父様の代わりに執事がしていたから……」
「知ってるよ。領主の仕事を丸投げしているようなものはいらない。
二年不作続きの上に、魔獣の被害も出ている。
蓄えもない、他の貴族たちからも訴えられている。
フルールはここを追い出されたら生きていけないだろう」
「追い出される?この家の娘なのに?」
「金がなかったら、この屋敷も維持できない。
何を当たり前なことを言っているんだ?
税収より被害が大きかったら、金は入って来ないんだぞ?」
領地からお金が入って来ない。
そういえば、ベンがいなくなってからお金がないって言ってた。
だからドレスもつくれなくて、隣国の商会の話を引き受けたんだった。
あの商会も私が醜くなったら来なくなってしまった。
太ったせいで服がはちきれそうなのに、新しい服を買ってもらえない。
これもお金がないせいだったのね。
「形だけ結婚すればいい。
そうすれば不自由なく暮らせるだろう」
「本当に……?」
「父上と話をつけてきた。
フルールさえ承諾すれば、今すぐこの領地は俺のものになる。
夫妻は領地の屋敷に移ってもらう」
「もうお父様とお母様と会わずにすむなら、わかったわ」
「よし。じゃあ、後は好きに過ごしていい。
ケーキだろうが焼き菓子だろうが、気にせずに食べていればいい」
「え?いいの?」
せめて痩せなくてはと言われ、菓子は取り上げられてしまった。
なのに、エミールは好きなだけ食べていいという。
「今さらだ。フルールが太ろうが痩せようがどっちでもいい。
同じ敷地内に住むが、会う気はない」
「……そっか。わかったわ」
もう一人で好きなように過ごしていいらしい。
誰とも会わず、誰にも見られず、ケーキを食べていればいい。
そうしたら、もう二度と化け物なんて言われない。
美しいフルールのままでいられる。
一週間後、形だけの結婚をしたエミールがお父様とお母様を領地に送った。
婚姻の署名をする時、なぜかラポワリー家は伯爵家から侯爵家に戻っていた。
まぁ、社交界に出ないのだからもうどうでもいいけれど。




