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62.すべてを失って(フルール)

『あーあ。つまんないの。思ってたほど楽しくなかったな。

 醜くなっちゃったし、お前、もういらないよ』


頭の中で知らない声が響いた。少年とも少女ともとれるような声。

温かみのないその声がした直後、異変は起こり始めた。


今、治したばかりの顔が痛みだす。何が起きているの?

私の中に残っていた女神の加護が全部消えていく……。


もう一度周りから力を奪おうと思っても、何もできない。

……顔が痛痒い。身体のいたるところがきしむような気がした。

何が起きているのかわからないけれど、令嬢たちの悲鳴が聞こえる。

私に必死に呼びかけてくるミレーの顔がしわだらけになっていく。


どうして、そんなに老けてしまったの?

あまりにも顔が痛痒くて頬に手をあてたら、いつもと感触が違う。

すべすべで潤いがあったはずの頬が、かさついて……

おどろいて手を見たら、まるで自分の手ではないように思えた。


これは本当に起きていることなの?嫌な夢を見ているわけじゃないの?

気がついたら近衛騎士に囲まれ、どこかに連れて行かれる。

抵抗するような気力は残っていなかった。


さっきまであんなに周りに令嬢たちがいて、私を褒めたたえていたのに、

馬車の中にいる騎士は私から目をそむけた。

信じたくないけれど、もう一度さわった頬は同じようにかさついていた。

ひざの上に落ちた手は老婆のようにしわだらけだった。


ラポワリー家に着いたら、誰も私だと気がついてくれなかった。

騎士が事情を説明して、それでようやく屋敷に入ることができた。


私を不気味がって侍女たちは近づいてこない。

誰も手伝ってくれないから、緑色のドレスを破るように脱ぎ捨てた。

鏡の前に立つと、頬に大きなシミがある老婆がいた。

白髪はパサついて、顔も首も手もしわだらけで。

朝この鏡を見た時には今日も変わらず美しいと思っていたはずなのに。


「うぁぁあぁあああああ」


泣き叫ぶその声もしゃがれて……

私はフルールなのに!

誰よりも美しく、王太子妃にふさわしい……はずだったのに。


もう何も受け入れられなくて、寝台へともぐりこむ。

きっと目が覚めたら元に戻っている。

こんなことは嘘だ。信じられるわけがない。



次の日、起きたらもう日は高くなっていた。

変ね。こんな時間まで誰も起こしに来なかったなんて。


「誰か……」


声を出して、ようやく思い出した。

昨日何が起きたのか。

侍女がおそるおそる部屋に入ってきて「御用ですか」と聞いたけれど、

もう何も言う気になれなくて、軽く手をふって追い出した。





「ケーキのおかわりをお持ちしました」


「もうすぐなくなるから、チョコレートも買ってきて」


「……はい」


あれから部屋の外には出ていない。

二週間か三週間か、そのくらい過ぎた。

目の前にはケーキとチョコレート。

これが私の食事だ。


女神の加護がわかってから、私は嫌いなものを食べなくなった。

食事はいつも好きなものだけ食べていた。

肉や魚は臭くて嫌い。野菜は固くて噛みたくない。

パンも甘い蜂蜜がかかっているものだけ。


最初の頃はいろんなものを食べさせようとしていたお母様も、

私が女神の加護のおかげでケーキだけ食べていても太らないことを知って、

それからは好きなものだけ出してくれるようになった。


なのに、どうして身体が重いんだろう。

また頬が痛痒い。おもわずかきむしったら血が出た。

さわると肌がでこぼこしている。


もういいや。こんな状態になってしまったら外になんて出られない。

たまに令嬢たちが文句を言いに来ているらしいけれど、会いたくない。

もうこのまま屋敷の中でケーキを食べて過ごしたい。


「……本当に……フルールなの?」


「あら、……お母様」


誰かがドアを開けたから侍女がチョコレートを持って来たのかと思ったのに、

そこにいたのはお母様だった。

爵位が下がった時に寝込んでしまって、それから会っていなかった。


「侍女に聞いた時には嘘だと思っていたのに……なんてひどい」


「……お母様もシミがすごいことになっているわよ」


「私はもう結婚した後だからいいんです!

 問題はあなたよ!フルール!」


「……もう王太子妃になるのはやめたわ」


王太子妃になれないなら、もう結婚なんてしなくていい。

お母様もそう言うと思っていたのに、そうじゃなかった。


「何を言っているの。あなたが結婚しなかったらラポワリー家は終わるのよ?

 爵位が落ちたとしても、古くからある名家には変わりません。

 あなたがどんな顔をしていても結婚相手は見つかるわ」


……この言葉、どこかで聞いたことがあるような。


「フルール、せめてこれ以上醜くならないでちょうだい。

 ケーキなどは没収します。これからは普通の食事以外は出しません」


「嫌よ!お菓子を食べている間は幸せなのよ!?」


「黙りなさい!せめて痩せなかったら……。

 醜いだけでなく、教養も礼儀作法も身についていないのよ?

 せめて侯爵家のままだったら婿養子になってくれる人もいただろうに。

 どうにかして我慢して婿になってくれる人を探さないと……」


ためいきをついたお母様に、何も言い返せない。

教養に礼儀作法?美しければそれでいいって言ってたじゃない。

あれだけ私を褒めていたお母様が、私を否定していく。

爵位以外取り柄がないと、そう言われてフェリシーを思い出した。


侯爵家という身分があれば結婚相手が見つかるだろう、

そうじゃなかったら誰も結婚してくれない、フェリシーがそう言われていたのに。

赤いドレスに白いショール。高級なのがわかるほど質の良いドレスだった。

あんなに冷たいハルト王子に大事そうに守られて……フェリシーのくせに。


いつのまに立場が逆転してしまったんだろう。




それから本当にケーキやチョコレートは取り上げられてしまった。

お腹が空いて仕方ないから、嫌だけど普通の食事を食べている。

なのに、少しも痩せた感じがしないのはどうしてだろう。


お母様に会うたびにその醜い顔を見たくないと言われ、

食事室に行くのも苦痛になってきた。

だけど、食べること以外に楽しみなんてない。


学園の二学年が始まったけれど、行く気にはなれなかった。

王家から謹慎処分が出ていたらしいけれど、

それがなくても外に出たいだなんて思っていない。


もう結婚相手も見つからないだろうな、なんて思っていたら、

領地にいたお父様が屋敷に戻って来て、私の結婚相手が決まっただなんていう。

久しぶりにお父様に会ったけれど、お父様は私だと気がついてくれなかった。


「こんな化け物がフルールなわけないだろう」


「あなた、この化け物がフルールですわよ」


「……この結婚話はなくなるかもしれんな」


私もそうだと思う。

お父様にも化け物だなんて言われる令嬢が結婚できるわけがない。

だけど、そのお相手は断ることなく婚約話をすすめたらしい。


一度も会ったこともない婚約者が屋敷に来る日。

会ってみてやっぱりやめようと言われるのを覚悟して待っていた。

だけど、その相手は私を見ても顔色一つ変えなかった。


「どうしてあなたが?」


「俺がそれを望んだから」




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