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58.狂気

ため息をつきながらお茶を飲もうとした時だった。

ガシャーンと大きな音がした。


あの、かがり火台が一つ転がっていた。

テラスと休憩室の間のガラス窓にぶつかって、あたりには火のついた薪が散乱している。

転がったかがり火台の近くには一人のふくよかな男性。

休憩室側に向いているのでこちらから顔は見えない。

狩りの途中だったのか皮の鎧をつけたまま、なぜかガラス窓を見つめている。


「え?かがり火台が倒れた?」


「………違う、誰かその男を取り押さえて!」


コレット様の指示に近衛騎士が動くが、その男性の動きのほうが早かった。

倒れていたかがり火台を持ち上げて、そのままガラス窓に叩きつける。


さっきは割れなかったのに、今度はガラスにヒビが入る。そうして、もう一度。

ガラスが粉々になって落ちていく。

その向こうには驚いた顔をしている緑色の集団。


「……っ!逃げなきゃ!火のついた薪が転がったままなのよ!」


「やだ!死にたくない!」


「早く!階段を降りて!急いで!」


その声が聞こえたのか、男性はニヤリと笑って落ちている薪を拾う。

まだ火がついているそれを、振りかぶって令嬢たちに投げようとしている。


「やめろ!」


「何をしている!」


投げる前に近衛騎士が間に合い、後ろから男性を取り押さえた。

抵抗しながらも近衛騎士二人には敵わないようで、床へと倒される。

それでも何かしようと休憩室の方へ手を伸ばしている。


「フルール! 逃がさないよ!

 フルールは俺のものなんだ!いまさら、別の男のものになるなんて……

 絶対……ゆるさない……」


フルール?それにこの声は……ブルーノ!?

ぼさぼさの髪に隠れて目は見えないが、見えている下半分は吹き出物だらけだ。

最後に会った時よりも身体が大きく見えるのは太ったからだろうか。


学園を謹慎させられてから、ずっと見ることはなかった。

ブルーノも貴族令息ではあるから春の狩りに参加することはできるだろうけど、

フルールに危害を加えるために来たのだろうか。

取り押さえられてもずっと目はフルールを追いかけている。


何をされるかわからない恐怖からか、ブルーノが取り押さえられた後も、

フルールたち緑のドレスの集団は休憩室から逃げ出そうとしている。

一斉に階段に向かって行ったと思ったら、誰かが足をとられたらしい。

きゃあという声が聞こえたと思ったら、たくさんの悲鳴が響く。


「え、ちょっと。階段落ちたんじゃない?」


「ええ?あの人数で階段から落ちたら……」


不安そうなローゼリアとシャルロット様の声が聞こえた。

近衛騎士たちも階段の方に気を取られたのか、

ブルーノが振りほどいて階段へと走っていくのが見えた。


「誰か!その男を止めなさい!」


コレット様が叫ぶが、ブルーノは走りながら何か取り出している。

それがキラリと光るのを見て、短剣なのだとわかる。

ブルーノの先には、集団で階段を落ちたために動けなくなっている令嬢たち。

その中心部に足をおさえてうずくまっているフルールがいた。


「フルールぅ!!もう逃がさないよ!」


「おい、お前!やめるんだ!」


このままでは近衛騎士に追いつかれると思ったのか、ブルーノは手にしていた短剣を投げた。


「ははは!俺のものにならないなら死んでしまえ!」


「きゃぁぁぁ」


近衛騎士に捕まる直前、フルールに向かって投げつけられた短刀は、

フルールの頬と髪をかすって床に突き刺さった。

と、同時にブルーノは近衛騎士につかまって押しつぶされる。


「おとなしくしろ!もう放さないからあきらめるんだ!」


「いやだぁぁぁ。フルール!」


捕まってもなおフルールの名を呼んでいたが、もう近衛騎士がブルーノを放すことはなかった。

三人がかりで抑え込まれた後、手足を縄で縛られ床に転がされている。


騎士達はそのままブルーノを連行しようとしていたが、階段を見て動きが止まる。

外に出るためには階段を降りなくてはいけないが、まだたくさんの令嬢が倒れている。

令嬢たちを先に運び出さないと階段を降りられない。


「フルール様!顔に傷が!」


「……え?」


「あぁ、なんてこと!」


フルールのそばにいた令嬢たちが騒いでいる。

フルールの左頬がざっくりと切れて血が流れている。

髪も切られたのか、左の一部だけが短くなっていた。

さすがのフルールも顔を傷つけられたために呆然としている。


「大丈夫ですわ。フルール様なら、顔の傷くらいすぐに治せます!」


「………」


「ね、フルール様。

 聖女の治療が終わった後なら、女神の加護で治せますものね」


「あ、ああ、そうね」


顔の傷痕を治してもらったことがあるミレーが言うと、

フルールもそのことを思い出したらしい。


……よかった。この分なら、階段を落ちた令嬢たちもそれほどひどい怪我ではなさそう。

ブルーノが最初に狙ったとおり、かがり火台がガラス窓を割って中に入ってしまっていたら。

どれだけひどいことになっていたのかと思うとぞっとする。


「早く聖女を休憩室へと呼んできて!」


コレット様が近衛騎士へと指示をすると、一人が階段で倒れている令嬢を避けながら降りていく。

聖女が休憩室にいないということは、狩場の方に待機させているんだろう。


安心したら、ネックレスを握っていたことに気がついた。

暴れているのがブルーノだとわかった時に、怖くて握りしめていたらしい。

一度、ブルーノに腕をつかまれて痛い思いをしたせいで、怖さが残っていたのかもしれない。


どうしよう。ハルト様に伝わってしまっているはず。

今からもう大丈夫ですと……思ったとしても無理よね。

でも、これだけの令嬢が怪我しているのなら、ハルト様に知らせた方がいいのかもしれない。


そう思っていたら、聖女が来るよりも先にハルト様が休憩室に戻って来てしまった。

休憩室の外から叫んでいる声が聞こえた。


「フェリシー!どこだ!」


「ハルト様、ここです!テラスにいます!」

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