57.テラスの観覧席
ローゼリアと休憩室に向かうと、入ったところから混雑していた。
階段を上がって二階に行くと、そこには緑色のドレスの集団がいる。
なるべくそちらのほうは見ないようにと、私たちはテラスへと向かう。
人工絹のドレスを着た者はテラスには出てはいけない。
なので、テラスにいればフルールやフルールの支持者とは関わらずにすむ。
テラスは思っていたよりも広く、丸いテーブルが十以上も置かれていた。
そのそれぞれに六脚の椅子が並べられている。
一番狩場が見やすい奥のテーブルが空けられているのは、
そこに王妃コレット様とシャルロット様が座るからだろう。
「まだ叔母様たちは来ていないのね。先に座りましょうか」
「私たちもこの席でいいのかしら?」
「何を言っているのよ。フェリシーはハルトの婚約者でしょ?
王族の婚約者が座らなくてどうするのよ」
「あ……そうね」
ハルト様の婚約者だということを忘れていたわけではないけれど、
私の身分が高いということに慣れていない。
もともと侯爵令嬢なのだから高かったはずだけど、
それを意識するような場所に行ったことがないからだ。
「叔母様たちと一緒にお母様も来るはずよ」
「そういえばコレット様の相談役なのよね」
「ええ。もともと叔母様とお母様が親友で、そのおかげでお父様と結婚したの。
お母様たちはA教室で一緒だった頃から、ずっと仲良しなのよ」
「それはうらやましい関係ね」
「……なによ、私とフェリシーもそうでしょう」
「ええ、それはもちろん」
ふふふと笑いあっていたら、休憩室のほうがざわついている。
何か起きたのかとそちらの方を向いたら、コレット様たちが到着したところだった。
黒髪をまとめ、薄黄色のドレスを着たコレット様。
そして、落ち着いた緑色のドレスを着たシャルロット様。
もう一人は栗色の髪をゆるく巻いた小柄な女性。
黒いドレスを着ているためコレット様と対照的な色なのだが、
かえってお揃いに見える。
この方はきっとローゼリアの母、カルロッタ様だろう。
母娘で栗色の髪に緑目。小柄で華奢で可愛らしく見える。
出迎えるためにローゼリアと席を立って近づいていくと、
コレット様が私たちに気がついたようだ。
「もう来ていたのね、フェリシー」
「はい。私たちも来たばかりですけれど」
「そう、ローゼリアも久しぶりね」
「叔母様、お久しぶりです」
久しぶりにコレット様に会えてうれしいのか、ローゼリアの目が輝いている。
だが、すぐに隣にいた女性へと視線を動かした。
「お母様、フェリシーよ」
「ふふふ。フェリシー様、ローゼリアの母、カルロッタですわ。
娘と仲良くしてくれてありがとう。困らせていない?」
「いいえ、ローゼリアに仲良くしてもらえて助かっているのは私の方です。
あの……初めてのお友達なので」
「お母様、私は迷惑かけてなんていないわ。もう!」
「そう、それならいいの。これからもよろしくお願いしますね?」
「はい」
コレット様とカルロッタ様はこれから夫人たちに挨拶を受けるらしい。
待ちかねていたように集まってくる夫人たちに場所を譲って、
私とローゼリア、シャルロット様はお二人から離れる。
シャルロット様と一通り挨拶を交わした後、
奥にあるテーブルに戻って待つことにした。
コレット様たちは話がはずんでいるようなので、
立ったまま待っていてもしばらく来なさそうだ。
「シャルロット様は挨拶される側ではないのですか?」
「まだ婚姻前だから。来年にはあちら側にいるはずだけど……」
不安そうにシャルロット様が見たのは休憩室の中だった。
一面がガラス張りになっているので、テラスからも中が見えている。
緑色のドレスを着た令嬢と夫人がフルールを囲んでいるのが見えた。
テラスにいる令嬢と夫人と同じくらいの人数がいそうな気がする。
これはこの国の女性が二分されてしまっていることになる。
本当にアルバン様と結婚できるのか不安になるのもわかる。
「いつか、私もあちら側に行く日が来ます。
その時にはいろいろと教えてくださいね、シャルロット様」
「え……ええ、そうね。
フェリシー様が一緒にいてくれたら心強いわ」
少しは落ち着いたのか、笑顔を見せてくれたシャルロット様にほっとする。
アルバン様の心はシャルロット様と決まっているのに、これほどまで悩むのは、
支持者を増やし続けるフルールのせいだ。
「むかつくわねぇ……」
「え?」
「二人して王族の妃になるからって、もう!」
「あ、ごめんなさ……」
しまった。王太子妃になろうとしてアルバン様に断られ、
ハルト様と婚約しようとして断られたローゼリアがいたんだった。
慌てて謝ろうと思ったら、楽しそうなシャルロット様にさえぎられる。
「あのね、ローゼリア様を相談役にしなかったのは、
カルロッタ様と二代続けてになるからじゃないわよ?
だって、ローゼリア様は結婚したら王都にいなくなるでしょう?」
「は?」
「いくらなんでも私が相談したいという理由だけで、
南の辺境伯から来てもらうわけにはいかないものね」
「ちょっと!誰に聞いたのよ!」
「え?アルバンよ?」
ローゼリアが南の辺境伯令息から求婚されていることを、
シャルロット様もアルバン様から聞いて知っているらしい。
そういえばローゼリアの兄と同学年だと言っていた。
アルバン様も同じ学年のはずだ。三人ともA教室で一緒だったということか。
「お兄様だけじゃなく、どうしてアルバンまで知っているのよ!」
真っ赤になってしまったローゼリアに、シャルロット様がこっそりと打ち明ける。
「学園時代にヨゼフ様から相談されていたそうよ?
ローゼリア様にどうやったら好きになってもらえるのかって」
「はぁぁ?」
「あの、まだ婚約は決まっていないそうなんです!
学園を卒業するまでに決めるって……」
「あら、そうなの。まだ決まっていなかったのね。
先走ってしまってごめんなさい」
「……もう、いいわよ」
これ以上はローゼリアが怒りだしてしまいそうだと思って間に入る。
シャルロット様は少しだけ残念そうだったけれど、
落ち込んでいたのが元気になったのならいいのかもしれない。
代わりにローゼリアは真っ赤なまま黙ってしまった。
この三人で狩りの間もつのかしらと思っていたら、テラスの下が騒がしい。
「あら、もう獲物を狩ってきたものがいるのね」
「まぁ、本当ですね」
テラスから顔を出して下をのぞきこんでみると、
大きな鳥のような獲物を抱えている令息がいた。
「ああやって、休憩室の前に獲物を並べていくの。
大きい獲物は奥に、小さい獲物は手前に。
最終的に一番奥にあるのが一番大きな獲物ということになるわ」
「なるほど……もうすでに狩りは始まっているんですね」
ここから狩場の方を見ても、遠くてよくわからない。
だけど、これから狩りに行くのか、もう戻って来たのか、
休憩室の周りにも男性がうろうろしている。
「ずっと狩りをしているわけじゃないの。
何度か休憩室に戻って来て軽食を取ったりもするから。
そのうちアルバンとハルト様も戻ってくると思うわ。
あぁ、ヨゼフ様も参加されているから、一緒に来られるんじゃないかしら」
「そうなんですね」
「……」
もう完全に固まってしまったローゼリアに、
ふふふと楽しそうに笑うシャルロット様。
ローゼリアが南の辺境伯に嫁がなくても相談役は受けなかった気がする。
そして、シャルロット様を選んだアルバン様は、
おそらくローゼリアのことは妹のようにしか見えなかったんだと思う。
ため息をつきながらお茶を飲もうとした時だった。
すぐ近くでガシャーンと大きな音がした。