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56.フルールとミレー

その時、緑色のドレスの集団がいるのに気がついた。

その中でも目立つのはフルールだ。同じような人工絹のドレスを着ているのに、

やはりフルールの美しさだけが際立っている。


「フルール」


「……フェリシーなの? なによ、そんなショールなんて羽織って。

 どうせ似合わないくせに。それで、私に何か用なの?」


「ねぇ、もう人工絹のドレスを着るのはやめたほうがいいんじゃない?

 さっきのを見たでしょう?危ないのよ?」


「それはできないわ」


「どうして?」


「このドレスを流行らせることで私を支援してもらってるからよ。

 この国だけじゃない。隣国の貴族からも支持されているの。

 私が王太子妃にふさわしいって、みんな言っているわ。ねぇ、ミレー?」


え?こんなところに侍女のミレーを連れて来ているの?

休憩室や観覧席には各家の侍女は入れないはずなのに。

そう思ったら、ミレーもあざやかな緑色のドレスを着ていた。


「フェリシー様、お久しぶりですわね」


「ミレー、どうしてここに?それにドレス?」


「ふふ。先日、ウダール侯爵家に嫁いで侯爵夫人になりましたの。

 これもすべてフルール様のおかげですわ」


「ウダール侯爵家に嫁いだ?」


「ええ」


綺麗になった頬に、自信あふれるようなミレーの笑顔。

そのこと自体は喜ばしいと思うけれど、ウダール侯爵にはもうすでに妻がいたはず。

カーラ様の兄が跡をついで侯爵となっているが、数年前に結婚したと記憶している。


……もしかして、ミレーの元婚約者がウダール侯爵だった?

綺麗になったからよりを戻したということ?


「ミレー、結婚したのね、おめでとう。

 とても喜ばしいけれど、その人工絹のドレスが危険なのはわかるでしょう?

 ミレーもフルールに言ってあげて?着ないほうがいいって。

 聖女でも助けられるかわからないのよ?」


「だからこそ、休憩室の中にも観覧席をもうけたのでしょう?

 フルール様がテラスに出なくても問題ありません。

 令息たちは喜んで獲物を狩って来るでしょう」


「テラスに出ないというのであれば……いいけれど」


そう言われてしまえば、休憩室内にいれば安全だと陛下が判断している。

テラスに出ないというのなら、これ以上文句を言うわけにもいかない。


「まったく。そんなくだらないことを言うために引き留めたの?

 こっちはフェリシーのせいで大変だっていうのに」


「大変って?」


「あなたが騒いだせいで爵位は落とされるし、領地は取り上げられた。

 そのせいでお父様は領地に行ったまま戻らないし、お母様は寝込んでしまったわ。

 全部あなたのせいじゃない」


「そんな……私のせいじゃないわ」


お母様が寝込んでいるなんて知らなかった。

でも侯爵家であることに誇りを持っていたお母様なら寝込んでもおかしくない。

あれだけ伯爵家のことを馬鹿にしていたのだから、もうお茶会には行けないだろう。


だからといって、それは私のせいじゃない。

フルールと同じように私を育てなかったお母様のせいでもあると思う。


それなのに、フルールは私のせいだと譲らなかった。

私を虐げていたのはフルールもなのに、自分の責任は感じていない。


「フェリシーが何も言わなければこうならなかったのに。

 そうだ、お詫びに陛下たちに私を推薦しなさい。

 王太子妃にふさわしいのは私だって」


「嫌よ。それだけは何があっても言わない」


「どうしてよ。姉なんだから、そのくらいは役に立ちなさいよ。

 本当にどうしようもないわね。私に迷惑ばかりかけて」


姉なんだから。私だってそう思って頑張って来たのに。

姉妹として、家族として扱わなかったのはフルールじゃない。

怒りで叫び出しそうになった時、前に出てきたのはローゼリアだった。


「フェリシーには何も問題ないわよ!

 役に立ちそうにないのはあなたじゃない、フルール!」


「なんですって?」


「顔だけのお人形に妃がつとまるとでも思っているの?

 公用語も話せないくせに、どうやって王妃の仕事をするつもりなのよ。

 コレット様と同じことがフルールにできるわけないじゃない!」


私たちの会話を聞いて我慢できなかったのだろうけど。

言い合いを始めるフルールとローゼリアにどうしていいのかわからない。

おろおろしていると、後ろからハルト様にささやかれる。


「俺が助けようと思ってたのにローゼリアに先を越されたな。

 まぁ、いい。ここはまかせてくれ」


「……ハルト様?」


何をするのかと思えば、ハルト様は大きな声でひとりごとを言う。


「春の狩りは開始前から神聖な行事だったと思うが、

 言い争いをするようなものは女神役にはふさわしくないだろうなぁ」


その言葉にはっとしたのか、フルールは周りを見た。

ローゼリアとの言い合いを貴族たちに聞かれていることに気がついたのか、

取り繕うようににっこりと笑う。

そして、何事もなかったかのように私へと挨拶をして去ろうとする。


「じゃあね、フェリシー。

 あぁ、フェリシーも王族の婚約者になったんだっけ。

 祈願祭は一緒に参加することになりそうね」


「……」


もうすでに自分が女神役になれると思っているのか、

フルールはご機嫌な様子で休憩室へと向かう。

そして、その後ろから令嬢たちがぞろぞろとついていく。

集団の中にウダール侯爵家のカーラ様とロチエ侯爵家のアイーダ様も見えた。

皆、同じような緑色のドレスを着ているために、集団でいるととても目立つ。


「なんなの、あれ。あの女が女神役に選ばれるわけないじゃない!」


「ローゼリア、代わりに怒ってくれてありがとう」


「……いいのよ。私が言いたかっただけだから」


お礼を言ったら興奮していたのが恥ずかしかったのか、

ローゼリアは少しだけ頬を赤らめた。

フルールと話している間に、もうすぐ狩りが始まる時間になっていた。

ハルト様は狩場のほうに向かうので、ここで一旦お別れになる。


「……フェリシー、あの緑の集団には近づかないようにして」


「え?」


「そうね、私も近寄らないほうがいいと思う。

 もし何かあって引火したとしたら、こちらまで巻き添えになってしまうわ」


ハルト様とローゼリアが冷めたような目でドレスの集団を見ていた。

もし一度でも引火してしまえば、あの集団全員が犠牲になる。

そのそばにいたら、私たちも危ないかもしれない。

さきほどの燃えたドレスを思い出してぞくりとする。


「わ、わかったわ。狩りが終わるまで近づかないことにする」


「そうしてくれ。ローゼリア、フェリシーを頼んだよ」


「大丈夫よ、言われなくてもフェリシーのそばにいるわ」


「じゃあ、俺は狩場のほうに行くから。

 絶対にローゼリアのそばを離れないで。

 なにかあれば、ネックレスで俺を呼んで」


「わかりました。ハルト様もお気をつけて。

 ……絶対に無理はしないでくださいね?」


「ああ、行ってくる」


私よりも魔獣を狩りにいくハルト様のほうが危ないに決まっている。

それなのに、平気そうな顔で私の頭をなでて狩場へと向かう。

その後ろ姿を見送ってから、ローゼリアと休憩室へと歩き出した。




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