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55.春の狩り

春の狩りはまだ新芽も出ていない時期に行われる。

そのため、狩りを待つ女性たちのために用意される休憩室は暖かく、

休憩室のテラスにつくられる観覧席も寒さを感じないようにできているらしい。


「それでも狩場は寒いし行き帰りも寒いから、

 待っててくれるフェリシーにはこれを用意したんだ」


「ショールですか?」


「ああ。これをかけていたら風邪ひかないかと思って。

 それにすぐにフェリシーを見つけられるだろう?」


「ふふ。そうですね。ありがとうございます」


王家の森へ向かう馬車の中で渡されたのは大き目のショールだった。

真っ白な生地に銀糸で刺繍がされているショールはもこもこで可愛らしい。

厚手の赤いドレスの上に羽織るとショールの白が強調されて、

これならどこから見ても私がいる場所がわかりそうだ。


馬車が王家の森に着くと、もうすでにたくさんの貴族が集まっていた。

休憩室を開放する前に説明があると言われたようで、

狩場の手前にある広場のようになっているところで待機している。

その待っている人たちの中にローゼリアがいるのを見つけ声をかける。


「ローゼリア、先に来ていたのね」


「フェリシー、あぁ、ハルトもいるのね。

 説明があるというから早めに来たのだけど、待たされているの。

 なんでも騎士から説明があるそうなのだけど。

 ねぇ、ハルト。去年までこんなのあった?」


「騎士からの説明?去年はなかったよ。

 だけど、兄上か父上からの指示だろう。

 ほら、説明に出てきたのは近衛騎士だ」


騎士からの説明って何だろうと思っていると、一人の近衛騎士が前に出てくる。

その手にはあざやかな緑色のドレス……あれ?

夜会でフルールが着ていたドレスに見える。

古着屋で回収した一枚なんだと思うけど、どうする気なんだろう。


「今年の観覧席は二か所にわけました。

 このような人工絹のドレスを着ているかたは、テラスには出ないでください」


「なんでだよ。休憩室の中からじゃ見えないだろう」


「そうだ、そうだ。フルール様に見てもらえないとやる気でないだろう」


フルールの支持者なのか、前の方にいた令息たちが騎士に文句を言っている。

狩りをしている自分を見て欲しいから、狩場が見やすいテラスにいてほしいらしい。


たしかに休憩室の中から見るのは大変なようだ。

このために休憩室の二階はガラス張りにして見やすいように改築したらしいが、

ガラス張りの外はテラスになっている。

テラスに出たほうが見やすいに決まっているだろう。


「テラスに出てはいけないのは、それだけ危険だからです。

 テラスと狩場にはかがり火が焚かれています。

 このようなものが観覧席の端に置かれていて、大変危険です」


別の騎士が運んできたのは火がついていないかがり火の台だった。

三本の柱の上に籠がついていて、そこに薪がのせられている。

照明として使うためなのか、私よりも背丈がある。思っていたよりも大きい。


「昼間のうちからこれに火をつけて使います。

 これは照明にもなりますが、魔獣除けの効果もあります。

 狩場で焚いている香木は魔獣をおびき寄せるものですが、

 その影響で休憩室に魔獣が近づいてしまわないように、

 休憩室のかがり火では魔獣除けの木をくべています」


「いや、危険なのはわかるけど、そばに行かなきゃいいだけだろう。

 他のドレスなら大丈夫なのに、なんで人工絹のドレスだけダメなんだよ。

 たんに嫌がらせしたいだけなんじゃないのか?」


「え、まさかフルール様への嫌がらせなのか?」


「そんなひどいわ」


かがり火があるからという説明だけでは納得できなかったのか、

あちこちで騎士への文句が聞こえる。

たが、騎士は予想していたのか、近くにいた令息たちへ離れるように声をかけた。


「実際にどのくらい危険なのかお見せします。

 本当に危ないので、少し後ろに下がってください」


騎士から威圧されるように言われ令息たちが離れると、騎士はかがり火に火をともす。

薪はすぐに燃え始めて、ここからでも火が明るく見える。

どうするのかと思っていたら、あのドレスを木の棒の先にくくりつけた。

そのまま少し離れたところからドレスを火の側に近づける。


ドレスは火にふれていなかった。

かがり火からパチンと火花が飛んだと思ったら、離れているドレスに引火した。

火のついたドレスはぼうっと音を立てて、あっという間に火に包まれる。


危ないとはわかっていた。だけど、これほどまでとは思わなかった。

騎士へ文句を言っていた者たちもこれほど危険だとは知らなかったのだろう。

青ざめて後ろへと下がってくる。

人工絹のドレスを着ている者が何人もいるのだ。

自分のドレスがああなってしまった場合、どんなことになるかようやく想像できたらしい。


「一応は聖女を待機させています。

 ですが、どの程度まで治せるのか確認したところ、

 聖女でも全身をやけどするような状態では助けられないそうです。

 もう一度いいます。テラスにある観覧席には行かないでください。

 テラスはぐるっと囲うようにかがり火が焚かれています。

 魔獣除けのため、消すことはできません。

 人工絹のドレスのかたがかがり火に近づいて燃えてしまったとしても、

 騎士達は助けることが難しいとわかっていてください。以上です」


「「「「…………」」」」


もう何も反論は聞こえなかった。

あれだけ勢いよく燃えるのを見てしまえば、そのくらいとはもう言えない。


休憩室へと移動する令嬢たちの顔色が悪い。

帰りたそうな顔をしているものもちらほらいるようだ。

今、自分がどれほど危険なドレスを着ているか理解したら、

一刻も早く脱ぎたいと思うだろう。


だけど、人工絹のドレスはフルールを支持する証のような扱いになっている。

フルールが着るのをやめないかぎり、令嬢たちも脱ぐことはできない。


その時、緑色のドレスの集団がいるのに気がついた。

その中でも目立つのはフルールだ。同じような人工絹のドレスを着ているのに、

やはりフルールの美しさだけが際立っている。


「フルール」


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