53.誓い
学園から帰って私室で制服から室内着に着替えると、ドアをノックされる。
開けてみたら同じように着替えたハルト様だった。
学園から帰る馬車の中で、後で話をしたいと言ったために来てくれたようだ。
「今、大丈夫?」
「はい」
大丈夫だとわかると、ハルト様はすぐに私を抱き上げる。
そのままソファへと座ると私をひざの上に乗せる。
隣に座るのではダメかと聞いてみたことがあったが、
悲しそうな顔をされてしまったので、それから何も言えなくなってしまった。
「話って、何かあった?」
「何かあったというわけじゃないんですけど、春の狩りが少し心配で」
「心配って?」
「ローゼリアから去年の女神役はシャルロット様だったって聞いて。
もしかしたら、今年はフルールがそれを狙っているんじゃないかと」
「あぁ、女神役か。
そういえば去年と一昨年はシャルロット義姉上だったよ。
王族は十二歳から出席することになっているから俺もいたんだけど、
俺は捧げる相手がいなかったからね。兄上と一緒に狩っていたんだ」
ハルト様は去年のことを思い出すように話している。
王族が十二歳から出席できるのは知らなかった。
貴族令息と令嬢が公式の場に出られるのは学園に入学してから。
そのため、私やフルールが出席するのは初めてになる。
「十二歳から狩りに出るって、危なくないんですか?」
「あまり危険はないんだ。春といっても、まだ暖かくない時期だろう?
魔獣たちも冬ごもりから目覚めたばかりでおとなしいんだ。
この狩りは、初夏の繁殖期を前に魔獣の数を減らす目的でするものだ。
繁殖期になれば魔獣は人を襲うようになるからね」
「そういう目的なんですね」
「ああ。だから王家の森でやるだけじゃなく、
各領地でも似たような行事が行われているはずだよ。
女性に捧げたり、神に一年の安全を祈願するのは王家くらいだろうけど」
知らなかった。おそらくラポワリー領地でも行われていたのだろう。
私が知らなかったのは男性が中心となって行われる行事だからか。
「ローゼリアはアルバン様かハルト様にお願いして、
大きな獲物を狩ってきてもらえばいいって言うんですけど、
そんな簡単な話じゃないですよね……」
「……フェリシーがお願いするなら、頑張ってくるよ?」
「え?」
あまりにも簡単に言うものだから驚いてハルト様を見上げると、
すかさず頬に口づけされる。
ちょっとでも隙を見せると口づけされるけれど、くちびるにはされない。
お義父様に叱られるからかもしれないけれど、
ほっとするのと同時に少しだけ物足りない気もしている。
「冬ごもり後の魔獣は隠れていることが多いんだ。
その中には擬態していたり、認識阻害をかけている魔獣もいる。
俺の目なら、魔獣がどこにいるのかすぐにわかる」
「危なくはないのですか?」
「……俺のことじゃないから話せないけれど、
俺の加護だけじゃなく兄上の加護もある。
二人の力を合わせて狩れば、誰にも負けないと思うよ」
「アルバン様と力を合わせて……」
そういえばローゼリアが言っていた。アルバン様にも神の加護があるって。
だからこそ、神の加護がないエミール王子が陛下の子ではないと噂されていると。
そうだ。エミール王子も春の狩りに出席することになるんだ。
「あの、エミール王子はどうされるのでしょう?」
「エミールが出席するとは思えない。
ほら、言っただろう。王族なら十二歳から出席するんだって。
あいつは一度も出席していないんだ。側妃も出てこない。
出てきても獲物を捧げてもらえないことがわかっているからな。
そういう場には二人とも出てこないんだよ」
少しさみしそうなハルト様に、思わずハルト様の髪を撫でてしまう。
さらさらとした黒髪を撫でると、ハルト様が驚いているのがわかる。
「ダメでした?」
「いや、フェリシーからふれてくれるのはうれしいけど、
どうして俺を撫でてくれたのかわからなくて驚いた」
「なんとなく、ハルト様がさみしそうに見えて」
「あぁ、そうか。気にさせてしまって悪い。
……エミールは、本当は王族でいたいわけじゃないんだ」
「え?王子じゃなくても王族に残りたいと思っているのだと」
「あいつは母親を守るためにそうしているだけなんだ。
本当は優秀なのに、何もできないふりをしている。
そうして邪魔にならないようにして、側妃が表に出なくていいようにしているんだ」
「そうなのですか……あぁ、だからC教室なんですね」
C教室は学力関係なく、勉強する気がないものが集められる。
もしエミール王子が優秀だとしても、出来が悪いように見せたいのなら、
家庭教師の前でやる気を見せることはしないだろう。
「もったいないと思うし、兄弟として交流できないかと思ったこともある。
だけど、あいつにとって大事なのは母親だけなんだ。
俺が何を言っても変わることはなかった。それを思い出したんだろう」
「そうなのですか。
じゃあ、フルールの側にいるのも側妃様のために?」
「おそらくね。だからエミールに関しては春の狩りは心配しなくていいと思う。
わざわざ母親に嫌な思いをさせてまで出席することはないはずだ」
「わかりました。
では、ハルト様がアルバン様と協力して、
シャルロット様に大きな獲物を捧げてもらえれば大丈夫ですね」
女神役の件はなんとかなりそうでほっとしていると、
ハルト様にキュッと抱きしめられる。
「あーもう。本当はフェリシーに捧げようと思ってたのに」
「え?」
「今年は兄上とは別行動にして、フェリシーに狩ってこようと思ってたんだよ。
だけど、そんな風に言われたら、兄上に協力しないわけにはいかないだろう。
いつか……フルールの件が片付いたら、絶対にフェリシーに捧げるから」
「ふふ。その気持ちだけでうれしいです。
でも、そうですね。いつか捧げてもらえるのを楽しみにしていますね」
「ああ。必ず捧げるから、待っていて」
まるで誓いの言葉のようだと思っていたら、くちびるが重なった。
一瞬だけふれて、見つめ合う。
今、頬でも額でもなく、くちびるだった。
そのまま動けずにいたら、もう一度ゆっくりと顔が近づいてくる。
避けようと思ったら避けれたはずだけど、自分から目を閉じた。
ふれているくちびるからハルト様の熱が伝わってくる。
「人のために頑張るフェリシーを応援しているけれど、
俺の一番はフェリシーだってこと、ちゃんとわかっていて」
「……はい」




