52.ローゼリアの気持ち
「そういえば、人工絹のドレスの回収の話はお母様から聞いたわ。
フェリシーが言い出したのですって?」
ローゼリアのジョフレ公爵家にも協力を要請しているので、聞いたのだろう。
本当は私が言い出したわけではないが、シャルロット様の名前は出さなないと、
お義父様とも相談して決めていた。
「ええ。人工絹が燃えやすいと知って危ないと思って。
ジョフレ公爵家にも協力をお願いしたのよ。あとはシャルロット様のところ。
南の辺境伯家はお義父様からはお願いできなくて、陛下にお願いしてもらったみたい」
「ふぅん。南の辺境伯家ね。
ねぇ、それってフェリシーにとって大事なこと?」
私にとって大事なこと?と聞かれ、即答する。
私に任せてほしいと言ったからにはできるかぎりのことはしたい。
もうすでに回収は始まっているようで、何枚か買い取ったと聞いている。
思った以上に人工絹のドレスは流行っているように感じた。
「ええ、もちろん。本当は貴族が着るのも規制してほしいのだけど、
すぐには無理だってことだったから、せめて古着だけでも回収しておきたくて。
火事が起きて犠牲者が出てしまうのは嫌でしょう?」
そう言うとローゼリアは少しだけ考えるように目を閉じた。
どうしたのかと思っていたら、教室の端に連れて行かれて小声で話をする。
「どうしてもって言うなら、私から南の辺境伯家にお願いするわ」
「え?ローゼリアは知り合いなの?」
「………今、婚約話が来ているの」
「え?」
「南の辺境伯家の嫡男がお兄様の友人なのよ。
だから、学園時代は休みになる度にうちに泊まりに来ていたんだけど、
つい先日……嫁に来てほしいって言われて」
「本当に!?」
「声が大きいわ!」
「ごめんなさい……」
真っ赤な顔のローゼリアに叱られて、慌てて声を小さくする。
ハルト様が私と婚約した時にローゼリアも婚約者が決まるだろうとは聞いていたけれど、
この反応は思っていた感じとは違う。
婚約者が決められたらローゼリアは嫌がるような気がしていたのに。
「ねぇ、それは公爵様が決めたの?」
「違うわ。ヨゼフが勝手に。
……お父様が私の婚約者を探しているって聞いて、俺じゃダメかって」
「それで?返事はもうしたの?」
「ゆっくりでいいって。学園を卒業するまでに返事を聞かせてって」
「ふぅん。良い人なのね?」
「どうしてわかるの?会ったことないんでしょ?」
慌てたようなローゼリアに、耳元に近づいてささやく。
「だって、ローゼリアが嫌だったらもうすでに断っているでしょ?」
「!!」
図星だったようで、ローゼリアが耳まで真っ赤になってしまう。
涙目でにらみつけてくるのを見て、これ以上からかったら怒られてしまうなと思う。
「じゃあ、お願いできるならローゼリアからもお願いしてもらえる?
私にとってすごく大事なことなの」
「わ、わかったわ。私からも手紙を書いておくわ」
「ありがとう!」
これで王都内の古着屋からは問題なく回収するできるはず。
それ以外のところから流れてしまえば止めるのは難しいけれど、大量に流れることは防げる。
止めている間に貴族たちへ注意喚起しているのを信じてくれればいいけれど。
リボンやハンカチーフを身につけている学生たちはそんなことはお構いなしのようだ。
陛下から危険だという通達は来ているはずなのに、やめる気配はない。
「このままだと春の狩りも人工絹のドレスを着てくるものが多そうね」
「春の狩りって、どんなことをするの?」
「神にささげるために王家の森で魔獣を狩るのよ。
魔獣が好む香木を焚いて、おびき寄せてから矢で狩るの。
女性たちは観覧席でその狩った獲物を捧げられるのを待っているのよ。
一番大きな獲物を捧げられた女性は、その年の祈願祭に出席することができるの」
「女性に捧げる……」
「昨年はアルバンが婚約者に捧げたのが一番大きかったようね」
「じゃあ、シャルロット様が祈願祭に?」
「ええ、そうだと思う。まぁ、毎年のことだけどね。
その女性のことは女神役って言われているんだけど、
王妃様か王族の婚約者がその役目になることがほとんどよ」
「そう……女神役なんてあるのね」
その年一番の大きな獲物を捧げられ、王族と一緒に祈願祭に出席する栄誉を……
しかも女神役だなんて呼ばれているのなら。
「ねぇ、それってフルールがやりたそうじゃない?」
「あぁ、そういうの好きそうよね。王族と一緒に祈願祭って」
「しかも、昨年はシャルロット様。
シャルロット様の代わりに王太子妃になりたがっているんだし」
「……貴族たちに見せつけるいいチャンスだと思うわよね……。
あの女が女神役になったとしたらまずいわね」
ただでさえフルールの支持者は増えているというのに、
女神役として王族と一緒に祈願祭に出るようなことがあれば。
ますますフルールを王太子妃にという声が出るだろう。
そんなことになればまたシャルロット様が傷ついてしまう。
「どうしたらいいのかしら……」
「アルバンとハルトに言っておくしかないわ。
あの二人が大きな獲物を狩ってしまえば問題ないのだから」
「そう……うまくいくかしら」
「でも、それしかないと思うわよ?」
たしかにアルバン様が一番大きな獲物を狩ることができれば、
捧げられるのはシャルロット様になるし、何も問題はない。
だけど、いくらなんでも狩りがうまくいくとは限らない。
しかも魔獣が相手では危険だ。
ドレスの件はうまくいった気がしていたのに、また問題は増えていく。
結局はフルールが王太子妃になることをあきらめない限り、
どこまでも続いていくような気がした。