50.もう一つのお茶会
「ロチエ侯爵令嬢とウダール侯爵令嬢なのですが、
……側妃様の宮のほうへ案内されていたようです」
「え?」
「本日はラポワリー家の令嬢が主催のお茶会が開かれているそうで……
そちらのほうに参加されているとのことです」
「それは……何かの手違いでそちらのほうへ案内されたということ?」
「おそらくは」
どうやらフルールが同じ時間帯にお茶会を開いていたらしい。
側妃の宮は同じ敷地内にあると聞いているが、本宮の馬車付き場に着いた令嬢を、
わざわざ離れた場所にある側妃の宮まで案内するだろうか。
わざとそうしたとしか思えない。
「令嬢たちに声をかけて、こちらに案内してもらえるかしら」
「かしこまりました」
女官の顔色が悪いのも当然だ。
私が本宮に着いた時、女官と近衛騎士が案内についていた。
同じように令嬢たちにもついていたはずなのに、故意に側妃の宮に案内したとなれば。
それ相当の処分が下されるのは間違いない。
しばらくして、先ほどの女官と一緒に令嬢が二人入ってくる。
その令嬢たちを見て言葉を失う。
一人は水色のドレス。もう一人は黄色のドレス。
どちらも色鮮やかな人工絹のドレスだった。
「ようこそ、と言いたいところだけど、何か手違いがあったようね。
シャルロット・ルキエよ」
「……アイーダ・ロチエですわ、シャルロット様。
遅くなってしまって申し訳ありません
「カーラ・ウダールです。
遅れてしまったこと、お詫びいたしますわ」
二人とも遅れたことを謝ってはいるけれど、不機嫌そうな顔をしている。
間違えて向こうに連れて行かれたことが不満というよりも……。
「さぁ、どうぞ。お座りになって?」
そのことに気がついているだろうけど、シャルロット様はにこやかに席を示した。
だが、二人は席に着こうとせず、顔を見合わせている。
どうしたのかと思って、声をかけようとした時だった。
決したようにカーラ様がシャルロット様へと向いて声を張り上げる。
「あの!申し訳ありませんが、このまま失礼させていただきます!」
「え?」
「兄に出席するように言われてこちらに来ましたが、
私はフルール様を支持しているんです。
ですので、シャルロット様の相談役にはなれません!」
「私もです!父に行きなさいと言われ、仕方なく来ましたが、
やはりフルール様に王太子妃になってもらいたいのです。
相談役は辞退させてください」
人工絹のドレスを見て、そうかなと思ってはいたけれど、
こんなにはっきりと相談役を断って来るとは思わなかった。
相談役へと名乗り出たのは侯爵家のほうなのに。
「そう……わかりました」
怒り出してもいいはずなのに、シャルロット様はいつものように微笑んで、
心配そうにしている女官へと指示を出す。
「お二人を馬車付き場までお見送りして?」
「はい。かしこまりました」
女官と近衛騎士に促されるように令嬢たちは部屋から出て行った。
出て行くと、シャルロット様は大きく息を吐く。
「……大丈夫ですか?」
「ええ。侯爵たちには本人が辞退したからと報告しなくちゃね。
どうしてもとお願いされていたのだけど、それで納得するでしょう。
本人たちが嫌がっているのに、無理に相談役につけても、ねぇ?」
「そうですね。あれだけはっきりとフルールを支持すると言っていましたから。
父や兄に説得されても無理なのではないでしょうか」
「はぁぁ。自信なくなってきちゃうわ。
アルバンと婚約発表したのはもう三年も前なのに、
まさか結婚まで半年の時期にこんなことになるなんて」
さすがに落ち込んでしまったのか、シャルロット様が頬杖をつく。
苦笑いのまま焼き菓子を一枚とって、
食べるのかと思ったらそのまま見つめている。
「あの……フルールが王太子妃に選ばれることはないと思うんです」
「なぐさめてくれるの?」
「いえ、あの、本当にフルールでは無理だと思うんです。
勉強が嫌いで、礼儀作法の家庭教師さえ辞めさせてしまって……」
「それでも、女神の加護の持ち主だわ。
勉強なんて後からでもできるもの」
ため息交じりで言うけれど、本当にそうだろうか。
後からでも頑張れば追いつける?そんなわけはない。
「なぐさめようとして言っているんじゃありません。
この国の貴族の一人として申し上げています。
フルールが王太子妃に、王妃になったとしたらこの国はつぶれてしまいます」
「……」
「それに夜会の時、アルバン様がフルールにはっきり言っていたんです。
見た目だけの空っぽに勤まるわけない、
美しさなんて人それぞれの好みがあって、
自分にはシャルロット様のほうが美しいと思うって!」
「……本当に、アルバンがそんなことを?」
「はい!間違いありません。
私だけじゃなく、ハルト様も聞いていました。
アルバン様にとって、美しいのはシャルロット様なんです!」
「まぁぁ……」
アルバン様から直接言われたことがなかったのか、
シャルロット様の頬が赤くなっていく。
本当ならアルバン様自身から聞いたほうがいいんだろうけど、
このまま落ち込んでいるシャルロット様を放っておけない。
「シャルロット様、人工絹の件は私に任せてもらえませんか?」
「え?」
「……このままでは私が悔しいんです。
アルバン様がシャルロット様を婚約者に選んだのに、
それを無かったことにしようとしている人たちが、
今まで頑張って来たのに、努力を馬鹿にする人たちが許せないんです」
私は知っている。
ずっと頑張ってきたのに一瞬で無かったことにされる悔しさを。
婚約者を奪われる時の無力さを。
フルールが勝ち誇ったように笑うのを見た、あの時の悲しみを。
「私からハルト様やお義父様に相談してみます。
シャルロット様が動くのはダメでも、私なら問題ありません。
だって、私はもうすでにフルールと敵対しているのですもの」
「フェリシー様。……本当に?」
「ええ、どこまでできるかはわかりません。うまくいくかどうも。
でも、できるかぎりのことはしたいんです。私に任せてもらえますか?」
「……ありがとう、フェリシー様」
泣きそうになりながらも笑うシャルロット様に、少しでも力になりたいと思う。
私がハルト様に助けてもらったように、私も誰かの力になりたい。
夕暮れになって、ガラスの向こう側が暗くなっていく。
ハルト様が心配して迎えに来るまで、シャルロット様と対策を考えていた。