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49.危険なドレス

「人工絹は、火に弱いの。近くで火を使っていたら、すぐに引火してしまうのよ」


「そんなに火に弱いのですか?」


「弱いだけでなく、燃え広がりやすいのよ。

 ドレスに火がついてしまったら、着ている人も火に包まれてしまうわ」


「ええ!?」


それほどまで火に弱い布でドレスを作っていたなんて。

隣国の人は危険だということに気づいていないのだろうか。

そう思ってしまったが、シャルロット様の説明で理解する。


「貴族は着ていても安全だと思っているのよ。

 火を使うようなこと、しないでしょう?」


「それはそうですね。

 ドレスを着て火の側に行くことはないでしょう」


「だけど、貴族が流行らせたものは、そのうち裕福な平民も着るようになる。

 そして、その服は古くなったら布として売られて、

 布を買った普通の平民が仕立て直して着るようになる。

 そうしたら、食事の用意をするために火の側に行くことだってある」


布というものは高級だ。

貴族が着たドレスはそのまま古着屋に売られ、裕福な平民が買っていく。

裕福な平民が着た後のドレスは買うものがいないため、いらなくなったら布屋に売られる。

そして解体されて布として売られた後は、いろんな形で利用されていく。

服としてだけじゃなく、レースなどはリボンや鞄のかざりに。

上から下へ、古くなった布はどんどん広がっていく。


滅多に手に入らない絹なら庶民には手が届くことなく消費されて終わる。

だけど、絹よりも安い人工絹が平民にまで手に入るようになってしまったら。

最終的には平民が通常に着る服となって売られるかもしれない。


その時に、人工絹が火に弱いと知らなかったら。

いつも通りに食事を用意しようと火の側に近づいてしまうだろう。

犠牲者が出た後で規制しても遅い。

平民にとって、服はそう簡単に買い換えられるものではないからだ。

危ないとわかっていても着るしかなくなる。


「それほどまでに危険だとわかっているのなら、

 人工絹の使用を制限することはできないのですか?」


「……したいわ。でも、できないの」


「どうしてですか?」


「私が関わる商会が絹を売っているからよ」


「え?」


「うちの侯爵領の名産品は絹よ。

 私が生産者に声をかけ、商会を立ち上げて、

 絹の価値を高めることで領地を守ってきたの。

 そのことは誇りに思っているし、大事なことだったと思うわ」


「ええ、商会の者と話したことがありますが、感謝していると言っていました。

 お義父様もハルト様も、シャルロット様がしたことはすごいことだったと」


「ありがとう……そういってもらえるとうれしいわ。

 でもね、だからこそ私が人工絹を規制しようだなんて言ってしまったら。

 絹の売り上げが悪くなるからだと思われてしまいかねないのよ」


「あ……」


言われてみればその通りだとしかいいようがない。

シャルロット様の商会からしたら、人工絹を扱う商会は商売敵だ。

そんな時に人工絹の危険性を訴えたところで、商売を邪魔しているようにしか思われない。


「商売の邪魔をしようとしていると思われるだけならまだいいわ。

 悪者になったとしても人工絹を規制できるのなら。

 でも、広告塔になっているのがフルール様でしょう。

 一部の令嬢たちがフルール様を王太子妃にと言い出しているのは知っているわ。

 そんな時に人工絹のことを悪く言ってしまったら、逆効果にならないかしら」


「……なりそうな気がします。

 むしろ、フルールを応援する意味で人工絹を着るものが増えるかもしれません」


「そうなのよね……でも、放っておくわけにもいかないし。

 どうしたらいいのかわからなくなってしまって」


たしかに難しい問題だ。

あのフルールがシャルロット様の言うことを素直に聞くわけがない。

また自分が被害者だという顔をして、美しく泣くだろう。

そして、その涙に同情して、人工絹を買うものが出てくる。


多分、言わないで見ているだけのほうが楽なんだ。

シャルロット様が問題提起しなくても、いつかは事件が起きて発覚するかもしれない。

そうなってから規制したほうが簡単だってわかっている。


だけど、その時には犠牲者が出てしまっている。

着ている服が燃えただけでなく、火が回って家が火事になるようなことがあれば。

最悪な場合、街全体が火事になってしまうことだってありえる。

そうなってしまったら、もっと早くに何かできなかったのかと後悔しないだろうか。


いい解決案が思いつかず、シャルロット様と二人でため息をついてしまう。

同じタイミングでため息をついたことで、シャルロット様が少しだけ笑う。


「ごめんなさいね、ゆっくり考えることにするわ。

 それにしても遅いわね。二人とも欠席なのかしら。

 ねぇ、一度確認してきてもらえない?」


招待したはずの令嬢二人が来ないことで、これ以上待つだけはできないと思ったのか、

シャルロット様は後ろを振り向くと、すぐ近くで待機していた女官へと声をかけた。


さすがに遅すぎる。

お茶会に欠席するか遅れるかするなら、もう連絡が来ていてもいいはずだ。

何も連絡もせずに欠席するのはありえない。

事故に巻き込まれているのでなければいいのだが。


話題が和やかなものに変わり、お茶をお代わりしたころ、

さきほど確認に行かせた女官が顔色を変えて戻って来た。


「あの……シャルロット様」


「どうかしたの?」


「ロチエ侯爵令嬢とウダール侯爵令嬢なのですが、

 ……側妃様の宮のほうへ案内されていたようです」


「え?」



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