45.思惑
「兄上、さすが上手なダンスだったね」
「エミール」
「ついでに、この子とも踊ってあげてよ。
今日が夜会デビューなんだけど、父親は出席していなくてね」
「は?」
「よろしくお願いしますね、アルバン様」
エミール王子の後ろに隠れていたフルールがアルバン様の前に出る。
にっこり笑って手を差し出すフルールに、アルバン様は首をかしげた。
「なぜ私が?エミールが踊ってやればいいだろう。
エスコートした者の役目ではないか」
「いやだな、兄上。俺が踊れないの知っているだろう?
俺の代わりに踊ってあげてほしいんだ。
弟のお願いくらい、聞いてくれないのか?」
エミール王子が踊れない?まさか?
あぁ、でも。王子教育を受けていないと言っていた。
ダンスさえも習っていないというの?
さすがにそう言われたら断りにくいのか、王太子様は少し考えた後で、
隣にいるシャルロット様に声をかけた。
「シャルロット、すまないが王族席に戻っていてくれ。
エミールの代わりに令嬢と踊らねばならないようだ。
終わったらすぐに戻るよ。待っていてくれ」
少し大きな声だったのは他の貴族にも聞こえるようにかもしれない。
シャルロット様はくすりと笑うと、「はい」とだけ答えて王族席へと向かって行く。
仕方ないといった顔でアルバン様がフルールの腕を取ると、
エミール王子は後はよろしくねと言って離れていく。
夜会デビューの令嬢が踊る相手は家族か婚約者だ。
この場合、フルールの相手をつとめるというのはどういうことになる?
「どうしよう……ハルト様」
「もう止めるわけにもいかない。
ここで少し様子を見てからにしよう」
すぐに王族席に戻るつもりだったけれど、フルールが何をするのか気になる。
フルールはうれしそうに王太子様に抱き着いて、注意されていた。
「くっつきすぎると踊れない。少し離れるんだ」
「はぁい。初めてのダンスだからわからなくて」
楽しそうなフルールの声が聞こえたが、それは嘘だ。
フルールは家庭教師はやめさせても、ダンス教師だけはやめさせなかった。
いつか夜会で王太子様と踊るのだからと言って、練習していたはず。
念願かなってアルバン様と踊ることになったわけだが、それだけで済むわけがない。
フルールが何を企んでいるのかと思っていると、音楽が流れ始める。
「……こういうことか、しまったな」
「え?」
「他の者たちが踊っていない」
本来ならファーストダンスの後は、夜会デビューの令嬢たちが出てくるはず。
さきほど私たちが踊っている時も周りで待機していた。
フルールも夜会デビューなのだから、他の令嬢たちも出てくるはずなのに。
それなのに踊っているのはアルバン様とフルールだけ。
二人が踊るのを周りが見守っている様子はまるで、ファーストダンスのよう。
それに……フルールのドレスは緑色。アルバン様の目の色だった。
シャルロット様のドレスよりも発色の良い緑色はフルールの金髪にとてもよく映えて、
二人がくるりと回るたびにキラキラと光り輝いて見える。
同じ金髪のアルバン様と踊っていると、
最初から示し合わせていたかのように見えてしまう。
「さすがフルール様。お綺麗ですわ」
「ええ、王太子妃にふさわしいのはフルール様の方よねぇ」
「こういってはなんだけど、赤髪よりも金髪のほうが」
「王太子様もフルール様のほうがよろしいのでは?」
あちこちからフルールを褒めたたえる声が聞こえる。
年若い夫人や令嬢が目を輝かせてアルバン様と踊るフルールを見つめる。
「まだ結婚したわけじゃないのだし、変更することもあるわよね」
「そうよ。フルール様のほうが美しいもの!」
踊っているアルバン様にも聞こえたのか、顔が険しくなっていく。
この異様な状況に気がついて、どうにかしたくても途中で踊りを止めるわけにもいかない。
あんなにもあっけなく終わった一曲だったのに、今は長く長く感じた。
やっと曲が終わると、王太子様はすぐに離れようとする。
それをフルールは甘えるように引き留める。
「すごく楽しかったわ。もう一曲お願い!」
「だめだ。婚約者以外と二曲踊れるわけないだろう。
エミールはどこだ!」
「エミール?王族席に行ったと思うわ」
「なんだって?」
「だから、王族席までエスコートしてね?」
恋人のように王太子様の腕に抱き着いたフルールを、
なんとか引き離そうとしても細い腕を傷つけそうで力を入れられないらしい。
引き離せずに、そのまま引きずるようにして王族席に向かう。
その後ろ姿は二人が婚約しているのかと思うほどに親密に見えた。
「やられたな……これが目的だったか」
「でも、さすがに二曲は踊れませんでしたよ?」
「フルールのほうが王太子妃にふさわしいと騒がせるのが目的だったんだ。
夜会で誰の目にもわかるようにお似合いだと。
そうすれば兄上や父上が考え直すかもしれないとでも思ったんだろう」
「そんなことで考え直したりしませんよね?」
「もちろんだ。
だが、これだけフルールに賛同するものが多いとなると、
シャルロット義姉上が社交界で認められるのが難しくなるな……」
「そんな……」
ただでさえ社交界はフルールが牛耳ってしまっている。
これからどうやってシャルロット様は令嬢や夫人を納得させるのか。
「とにかく、俺たちも王族席に戻ろう」
「はい」