43.夜会が始まる
夜会の当日は早めに王宮内に入り、王族の控室で準備をすることになっていた。
私の着替えのためにお義父様とは別に一部屋用意されたと聞いて驚いたが、
考えてみればお義父様と一緒の部屋で着替えるわけにもいかない。
ハルト様は王子の控室があるそうで、
夜会に入場した後で会うことになっている。
ミランだけでなく王宮から侍女がつけられ、
数人がかりでドレスに着替えさせられる。
正式なドレスを着るのは初めてで、こんなにも大変なのかと思う。
あざやかな紫色のドレスを着た後は、髪をゆるく巻かれる。
軽くおしろいと赤い口紅を塗った後、ハルト様から贈られた首飾りをつける。
首飾りは繊細な細い鎖がいくえにも重なって、シャラリと音を立てた。
その中央につけられた丸い赤い宝石はうっすらと発光しているようだ。
本当にハルト様の目のように見えて、思わず指でなぞってしまう。
「フェリシー様、準備は終わりました。
旦那様をお呼びいたしますね」
「ええ、ありがとう」
隣の部屋にいるお義父様に連絡がいくと、すぐに迎えに来てくれる。
着替えが終わった私を見て、お義父様は大げさな動作で神に祈り始める。
「あぁ、フェリシー!なんて綺麗なんだ!
神よ、こんなにも素敵な娘と出会わせてくれてありがとう!」
「ふふ、ほめ過ぎです。お義父様も素敵ですね」
夜会用の白い王族服を着たお義父様はいつも以上に素敵で、
神に愛されていると言われるのもわかる。
もう四十近いはずなのに、十歳は若く見える。
夜会の会場である大広間までお義父様のエスコートで向かうと、
入場を待っている者たちが扉の前で待機していた。
その姿を見て、立ち止まってしまう。足が張りついたように動かない。
お義父様がそのことに気がついて、私の前に立って背中に隠してくれる。
「あら、ヨハン公爵。
養女というのはそちらのお嬢さんかしら?」
どこか甘えるような声が聞こえたが、知らない女性の声だった。
それにたいして、お義父様はそっけなく答える。
「早く入場したまえ。あなたと話す気はない」
「あいかわらず私には冷たいのねぇ」
お義父様に冷たくされても気にしたようではなく、
どこか笑っているようにも聞こえる。
この方はもしかして側妃様?
さきほど見えたのは、この女性のそばに、
エミール王子とフルールがいた。
どうしてフルールがここに?
この夜会にはラポワリー家は招待されていないはずなのに。
私を虐待した罪で爵位が下げられるのは決定したが、
領地をどうするかが決まっていないために、正式な処罰は先送りされている。
処罰前のため、この夜会の招待はされていない。そう聞いていた。
側妃とエミール王子の入場を知らせる声が響いて、扉が開く音がした。
少しして扉が閉まる音がして、やっとお義父様は私を隠すのをやめた。
「はぁ……まさか側妃と入場するとはな」
「あれはどういうことでしょうか。
フルールは、ラポワリー家は招待されていないのでは?」
「おそらく、エミールの連れということで通したのだろう。
近衛騎士たちもさすがに王子の連れでは止めることは難しい。
いいか、中に入ったら私から離れないように。
ハルトとの婚約発表の後はハルトから離れたらいけないよ?」
「……わかりました」
さすがに夜会の会場内で何かされることはないと思うけれど、
お義父様が真剣な顔で注意するので素直にうなずいた。
本来なら、すぐに入場するはずなのに、お義父様は入場を待たせた。
しばらく待っていると、ハルト様の声がする。
「フェリシー?どうしてまだ入場していないんだ?」
ふりかえると王族服姿のハルト様と陛下とコレット様、
そして金髪の令息と赤髪の令嬢がこちらに向かって歩いてくる。
ハルト様が制服ではなく、白い王族服姿で、
いつも無造作にしている髪を整えている。
そのかっこよさに見惚れてしまいそうになるが、
そんなことをしている場合ではなかった。
同じように私のドレス姿に見惚れたようなハルト様だったが、
褒めようとしてくれる前に私が困った顔をしているのに気がついたようだ。
「何があったんだ?」
「ハルト様、実は……」
さきほどフルールが入場したことを説明すると、眉間にしわがよる。
ハルト様にとっても予想外だったようで、お義父様に問う。
「叔父上、どうしようか?」
「とりあえず、あいつらと近づかないように待っていた。
兄上たちと一緒に入場して、そのまま王族席へと行く。
何かあった時にすぐ退席しても大丈夫なように、
夜会の開始宣言の時に発表してくれ。かまわないだろう?」
「ああ、そういうことなら変更しよう。
ハルト、一緒に入場するが、エスコートはヨハンに任せるんだぞ?」
「わかっているよ。そばにいるくらいはいいだろう?」
どうやら最初の打ち合わせとは違い、一緒に入場して、
開始と共に発表することになったらしい。
「フェリシー、兄上と義姉上だよ」
「やっと会えたね。フェリシー。アルバンだ。兄と呼んでくれるかい?」
「ふふ。フェリシー様、よろしくね。シャルロットよ。
さすがに今すぐに姉と呼んでもらうのは難しいけれど、
姉と呼んでもらうのが楽しみだわ」
「ふぇ、フェリシー・アルヴィエです。
よろしくお願いいたします」
金髪の令息は王太子アルバン様だった。
優しそうな緑色の目は陛下と同じ色をしている。
顔立ちはコレット様に似たようでハルト様とも似ているが、
体格は陛下に似たのかアルバン様のほうが大きい。
シャルロット様は鮮やかな赤髪に茶目で、目のくりっとした可愛らしい人だった。
領主として領地を改革しただけあって、堂々としていて目を合わせて話しかけてくる。
王太子様の色の緑色のドレスと首飾りを身につけているが、よく似合っている。
緊張しながらも挨拶をすると、二人ともうれしそうに笑っている。
何かおかしなことをしてしまっただろうか。
「ハルトの話の通りだな。
すごく可愛い令嬢だ。ハルトにぴったりだよ」
「兄上もやっぱりそう思うか」
「ふふ。お二人はすごくお似合いだわ。
ね、フェリシー様。夜会が終わったらお茶会を開く予定なの。
招待してもいいかしら?」
「え、ええ。はい。ありがとうございます」
うれしそうな王太子様とハルト様の会話に口を挟めないでいると、
シャルロット様からお茶会に誘われる。
勢いに流されるように返事をすると、シャルロット様はにっこり笑う。
もうどうしていいかわからないでいると、後ろから落ち着いた声が聞こえる。
「さ、そろそろうちの娘を返してくれるかな?
初めての夜会で緊張しているんだ。
話は後からにしてくれたまえ」
「あ、お義父様」
「わかったよ、フェリシー。話は後で」
三人から解放され、慌ててお義父様の隣へ戻る。
さすがに急に王太子様とシャルロット様と会うなんて思っていなくて、
心の準備が間に合わなかった。
「さぁ、入場するよ」




