42.贈り物
夜会が来週にせまった休日の午後、
お義父様とハルト様とお茶を飲んでいるとドアがノックされる。
「来たか」
「どなたかお客様がいらしたのですか?」
「客ではないが、フェリシーにね」
「……私にですか?」
お義父様に言われても心当たりがないためハルト様を見たら、
なぜか楽しそうに笑っている。
ハルト様は誰が来るのかわかっているようだ。
立ち上がり、私のところまできて手を取る。
「さぁ、行こうか。行けばわかるよ」
「行けばわかるのですか?」
なんとなく隠されている感じがして聞き出したくなるが、
二人とも楽しそうにしているのを見ると悪いことでは無いのだろう。
ハルト様にエスコートされるままについていくと、
その部屋には紫色のドレスが飾られていた。
「ドレス?」
「あぁ、来週の夜会でフェリシーが着るドレスだよ。
初めての夜会だからね。愛する娘のために用意したんだ。
どうかな。気に入ってくれたかい?」
「……こんな素敵なドレスを私が着てもいいのでしょうか?」
「もちろんだよ!フェリシーのために用意したんだからね!」
近寄ってドレスを見ると、紫の生地に同じ紫の糸で刺繍が施されている。
薔薇が浮かび上がるような繊細な刺繍にうっとりする。
胸元は少し広く開いているけれど、
品が良く見えるのは同じ紫で染めてあるレースが縫い込んであるせいだ。
そでもひじのあたりからレースが重ねてあり、
広がっていくように裾も同じように施されている。
するりとした柔らかな絹はどう見ても一級品で、
この一枚を作るのにどれだけの手間暇がかかっているかわからない。
本当に私が着てもいいのだろうか。
「フェリシー。気に入ったんだろう?目が輝いている。
だったら、素直に受け取ればいいんじゃないかな」
「ハルト様……そうですね。とても素敵で、うれしいです。
お義父様、ありがとうございます。
こんなに素敵なドレスを着られるなんて……本当にうれしい」
「あぁ、よかった。気に入ってくれたんだね。
ハルトと相談して決めたのだけど、喜んでくれるか心配で。
フェリシーは夜会デビューだから、フェリシーの色にしたんだが、
ハルトは赤で作りたかったようでね。最後までもめたんだよ」
「まぁ……」
夜会デビューのドレスは令嬢の髪か目の色にするのが通常だ。
これは昔からそうなっているらしいが、特徴をわかりやすくするためだと思われる。
うちの娘は高貴な色を持っていますと売り出すために。
そのため茶髪茶目のような令嬢は恥ずかしそうに隅にいることもあると聞いた。
私も灰色の髪だし目もぼんやりした紫だから、
この伝統は喜ばしいものではないなと思っていたけれど、
今の私の目ははっきりとした紫色に変化していた。
これもフルールから美しさを奪われていたせいなのだろうか。
「ハルト様、紫ではいけませんでしたか?」
「違うよ。いけなかったわけじゃない。
ただ、赤いドレスを着たフェリシーも見たかっただけなんだ。
まぁ、婚約を発表した後ならいいって許しが出たから、
次のドレスは俺に贈らせてくれる?」
「ふふ。婚約発表の後でなら喜んで」
「良かった。じゃあ、次のドレスも注文しておこうかな」
気が早いハルト様に商人の男性はニコニコしている。
これだけ高級なドレスを何枚も仕立ててくれるのだから、良い客に違いない。
「あぁ、このドレスを作ってくれている商会はシャルロット嬢のところなんだ」
「え?シャルロット様というと、王太子様の婚約者の?」
「ああ、シャルロット嬢のルキエ侯爵領は糸の産地だったんだ。
だが、養蚕はあまり儲からない農家の副業に過ぎなかった。
ルキエ侯爵はこういってはなんだが、頼りなくて領主にも向いていなくてね、
ルキエ侯爵領は貧しくなる一方だったんだが……。
幼いシャルロット嬢が領主の代わりとなって改革したんだ。
細々と蚕を育てていた生産者を一つにまとめあげ、
安く買いたたかれないように保護したんだよ。
今ではルキエ産の絹糸といえば他国にも輸出しているほどの高級品だ」
「ええ、ええ。その通りでございます。
シャルロット様がいらっしゃらなかったら、ルキエ侯爵領は貧しいままでした。
それだけではなく、絹糸で儲かった分は領内の整備に全部まわされて。
ご自分ではドレス一枚お作りにならなかったのです。
王太子様の婚約者に選ばれなかったら社交界に行くこともなかったでしょう」
「まぁぁ。シャルロット様は素晴らしい方なのですね」
通常では王太子様が婚約者候補を選び、その者たちに王太子妃教育をさせ、
成果を見てから一人の婚約者を決めることになる。
それが、王太子様は最初からシャルロット様を婚約者として選ばれた。
幼い頃から領地経営をしてきたことを評価されたのだろうか。
「今は夜会準備のために二人とも忙しいようだが、
夜会が終わった後にゆっくり会わせたいと兄上が言っていた。
シャルロット義姉上は才女といわれているが、裏表のないまっすぐな人だ。
フェリシーとも気が合うと思うよ」
「そうなのですか。お会いできるのが楽しみです」
「夜会の時に挨拶くらいはできるはずだ。
兄上にもまだ紹介できていないからね。フェリシーを会わせるのが楽しみだよ。
あぁ、忘れてはいけないことを忘れるところだった。
ミラン、あれを持ってきてくれ」
「はい、こちらにございます」
ミランが持ってきてくれたのは装飾品が入れられてそうな箱だった。
ハルト様は受け取って蓋を開けると、私へと中身を見せてくれる。
黒い台座に埋め込まれた赤い宝石はつるんと丸く磨かれている。
細かい鎖が何重にもなった首飾りだった。
「この石、まるでハルト様の目だわ……綺麗」
「フェリシーならそう言ってくれると思ったよ。
もっと大きな宝石にすることもできたけど、そうすると重いからね。
夜会の間ずっとつけていたら肌に跡がついてしまうだろう。
このくらいがちょうどいいかと思って。気に入った?」
「ええ、とても!」
「良かった。叔父上、当日が楽しみですね」
「ああ。言っておくが、婚約の発表があるまではエスコートするのは私の役目だからな」
「わかっていますよ。そのくらいは我慢して待ちます」
わかっているといいながらも不満そうなハルト様に思わず笑ってしまう。
今回の夜会は私が公爵家の養女に入ったお披露目でもある。
最初の入場はお義父様とすることになるが、陛下から婚約の発表があった後は、
ハルト様と行動を共にしていいと言われている。
夜会に出るのは初めてだし、ローゼリア以外の友人もいない。
不安はあるけれど、お義父様とハルト様からの贈り物で勇気をもらえた気がした。