40.変わっていく自分
鏡の中ではミランに髪をとかされている少女がいる。
じっとこちらを見ている顔は見慣れなくて、つい鏡の中をのぞきこみたくなる。
その度にミランに動かないでくださいねと優しく注意されて謝る。
「そんなに鏡が気になるのですか?」
「えっとね、鏡っていうか、
私の顔ってこんな顔だったかしらって思って」
まだ完全に銀髪になったわけではないが、灰色でもない。
公爵家に引き取られてから二週間。
ミランが丁寧に手入れをしてくれている髪は艶がでてきている。
かさついていた肌もしっとりして、少しこけていた頬もふっくらしてきた。
そのせいだろうか。鏡の中にいる少女は美しく見えてしまう。
これが本当に自分なのか、あやしんでしまうのも仕方ないと思う。
「フェリシー様の顔立ちはお変わりありませんわ。
ですが、今までフェリシー様は外見にたいして何もしてこなかったのです。
髪や肌のお手入れだけでなく、十分な栄養や睡眠。
身体のためになることができていませんでした。
もちろん、フェリシー様のせいではありませんけれど」
「お手入れや栄養に睡眠……そうね、してこなかったわ」
そう言われてしまえばそのとおりだ。
美しく生まれてこなかっただけではなく、美しくなろうとする努力もしてこなかった。
侍女に命じれば手入れができたかもしれないけれど、自分からは求めていない。
十分な栄養と睡眠というのに関しては、私にはどうにもできなかったけれど。
「フェリシー様はまだまだお綺麗になります。
それは素の顔立ちがいいからということだけではありません。
顔というのは心があらわれるものです。
フェリシー様はあれだけのご苦労をしていながら、
人を貶めたりすることがありませんでした。
旦那様やハルト殿下はそういうフェリシー様の心の在り方を見て、
美しいとおっしゃるのだと思います。
けっして見た目だけの問題ではないのでしょう」
「見た目だけの問題じゃない。
そうね。お義父様とハルト様なら、きっとそう言うと思うわ」
なんとなく美しさから逃げていた私が、こうして綺麗になっていくのは怖かった。
あれだけ見た目じゃない、中身で評価されたらいいのにと思っていたのに、
こうして美しいといわれる容姿になっていくのをうれしいと思ってしまう。
「フェリシー様は美しくなることがいけないことだと思っていませんか?」
「え?」
どきりとした。心の中の迷いを見透かされた気がして、
ミランの問いに答えられない。
黙ってしまったら、その通りだと言っているようなものなのに。
フルールのようにはなりたくないと思っていたのに、
同じようになってしまうのではないかと不安になる。
美しさだけで人を見るような人間にはなりたくない。
「そんな風に悩むことなはいのですよ?
美しくなることは悪いことでは無いのです。
外見が変わったとしても、フェリシー様はフェリシー様です」
「外見が変わったとしても私……そうね。
私自身が変わってしまうわけではないのよね」
ミランがそんなことを言うのは私の不安が顔に出ていたのかもしれない。
この屋敷にいる人たちは、私が美しくなくても美しくても変わらない人たちばかりだ。
変わっていく自分を受け入れてなかったのは、私だけだったのかもしれない。
「それに、好きな人のために自分を磨きたいと思うのは、
誰だって思うことじゃないでしょうか。
美しくなりたい、ではなく、好きな人に好かれたい、という気持ちです」
「好きな人に好かれたい……」
言われて思い浮かんだのはたった一人。
好きなハルト様に好かれたい。だから、少しでも自分をよくしたい。
それは誰だって思うことといわれ、残っていた罪悪感のようなものが消えていく。
「そうね、その通りだわ。ミラン、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
話している間に身支度は終わっていた。
終わったのを見計ったようにドアがノックされて、ハルト様が顔を出す。
「準備できた?」
「はい、終わりました」
「じゃあ、行こうか」
こうしてまた一日が始まる。
A教室の学生たちは私がハルト様と登校するのを見慣れたようで、
手をつないだまま教室に入っても驚かなくなっていた。
ローゼリアだけが必ずハルト様に一言文句を言っている。
「ハルト、しつこいと嫌われるわよ」
「朝からうるさいな」
「ローゼリア、おはよう。今日も元気ね」
「おはよう、フェリシー」
ローゼリアが私にだけにっこり笑って挨拶をする。
可憐なローゼリアが笑うと花が咲いたように雰囲気が柔らかくなる。
いつもそうしていれば求婚者が後を絶たないだろうに、令息には笑いかけない。
なんとなくもったいないとは思うけれど、
好きでもない令息に惚れられても困るだけだろう。
その日も三人並んで授業を受け、何事もなく午前中が終わる。
ハルト様と昼食をとりに食堂へ向かうと、突然ハルト様に抱き寄せられる。
「え?」
「何をするつもりだ!」
ハルト様に抱きしめられたままなので、何が起きているのかわからない。
ただ、ハルト様が誰かを咎めているようだ。
「私はただ、お姉様に声をかけようと」