39.気がつかずに(フルール)
長年、侯爵家の仕事を任されていたベンがいなくなってから二週間。
人手不足はひどくなり、屋敷の中はずっとバタついていた。
「もう!何よ、このお茶!美味しくないわ!
まともにお茶を入れられる侍女はいないの!?」
「フルール様、もうしわけありません!」
侍女が足りないと言い訳するけれど、お茶の味は関係ないじゃない。
私の世話もろくにできない者ばかりでイラついてしまう。
イラついているのが原因なのか、女神の加護も弱くなっているように感じる。
これでは他の者に女神の加護を使ってやるような余裕はない。
夜会に出席する前に、夫人たちの心をつかんでおきたかったというのに、
これではお茶会に出席する回数を減らすしかない。
お茶会に行けない理由は加護が弱まっているだけではない。
お金の管理を任されていたベンがいないから、
領地からのお金が滞ってるとかで、仕立て屋を呼ぶこともできない。
新しいドレスと手土産がなければ、恥ずかしくてお茶会に行くことができない。
「…っ……手違い……いや」
「……?」
何の騒ぎだろう。お父様が大声で何かを否定している?
応接室で誰かと話している?
気になって、応接室のドアをノックする。
「お父様?」
「フルール、どうしてここに!」
「だって、騒いでいるから気になるもの」
応接室にお父様といたのは見知らぬ男性二人だった。
どちらも金髪で王宮文官の制服。文官の中でも上官なのか、近衛騎士を連れている。
まだ三十そこそこといった感じの男性は見目がよく、出世しそうな感じだ。
きっと高位貴族出身に違いない。
それならは少しは相手にしてあげてもいいかもしれない。
そう思って、にっこり笑って挨拶をする。
「フルール・ラポワリーよ」
「ああ、わかっている。用が無いなら立ち去りなさい」
「……は?」
この私が笑顔で挨拶してあげたというのに、
男性たちは私に笑いかけもせずに、すぐにお父様へと顔を向けた。
「ですから、証拠はすべて陛下に提出済みです。
今日は許可を得に来たわけじゃない。報告しに来ただけです」
「だが、これではあまりにも一方的すぎる!」
「一方的?どこがですか?」
なんなの?男性は王宮からの使いらしい。
お父様も興奮しているのか、私のことなど気にせずに叫んでいる。
いったい何を揉めているというのか?
「フェリシーは我が侯爵家の長女で、嫡子です!
それを勝手に養子に出せだなんて、あんまりじゃないですか!?
フェリシーには婚約者だっているんですよ!?」
は?フェリシーを養子に?なぜ、フェリシーなんかを養子に?
しかも、どうしてお父様は嫌がっているんだろう。
フェリシーなんていらない子なんだから、あげてしまえばいいのに。
ほら、ミランみたいに売り飛ばしてしまえばいいのよ。
フェリシーなんかが売れるのならば、だけど。
「嫡子?嫡子なのに、家にいないことにも気がつかないと?」
「は?」
「もうすでにフェリシー様はこの屋敷にいませんよ。
大事な娘だというのなら、いなくなった日に騒ぐべきでは?」
「は?フェリシーがいない?」
「それに、婚約はブルーノ・アレバロとでしたかな。
それはそこにいるお嬢さん、フルール嬢に変更していたのでは?
先日、アレバロ子息が学園での暴力行為による謹慎処分を受けたことで、
こちら側から伯爵家に破棄の通達をしたとか?」
「いや……それは、その……フルールに変えはしましたが、
フェリシーとの婚約に戻す……予定で……」
ブルーノと婚約破棄したことが知られているとは思わなかったのか、
お父様の返答があたふたし始める。
もう、そんなのもうどうでもいいのに。
「お父様、何を困っているの?ちょうどいいじゃない。
フェリシーなんていらないんだし」
「フルール!」
「ほら、双子の妹であるフルール嬢までこう言っているんだ。
ずっと何年も離れに住まわせて、まともに侍女もつけず、
家庭教師さえ途中でやめさせたと報告が来ている。
フルール嬢からの嫌がらせもあったとされているな。
婚約者を変更した後、卒業したら出て行く約束もさせられていると。
これはどう考えても虐待だ。
王家の命令によりフェリシー嬢を保護し、養子に出すことが決定した」
「虐待……?」
何の話なんだとぽかんとしてしまったら、男性は大きくため息をついた。
「フルール嬢は、わかっていたのだろう?
フェリシー嬢だけが虐げられていることに気がついていたな?」
「虐げるって何?お父様は私を大事にしてくれただけよ?」
「フェリシー嬢は大事にしなくてもいいと?」
「だって、フェリシーは醜いんだもの。仕方ないでしょう?」
価値がないものは大事にされないなんて、そんなの当り前でしょう?
綺麗なドレス、希少な宝石、皆が欲しがるものは高価で取引される。
令嬢だって同じことだわ。私は綺麗で、フェリシーは綺麗じゃない。
だから、大事にされるのは私だけ。
「私は女神の加護があるのだもの。フェリシーとは違うのよ?」
「それは君の価値観であって、この国の法はそうなっていない。
高位貴族の屋敷内で虐待があったなど、どこの国からも笑われることになる。
ラポワリー侯爵、もう証拠も提出されている。
この家に勤めていた執事、侍女、家庭教師から報告が出されている。
それに、今、フルール嬢も証言してくれた。
後日、陛下から処罰を受けることになる。以上だ。失礼する」
お父様が待ってくださいと縋るように言っても、男性たちと近衛騎士は出て行った。
どうしてお父様はあんなに焦っているのだろう?
「お父様、フェリシーがいなくなったって問題ないでしょう?」
「フェリシーなんかどうでもいいが、虐待していたのがバレたらまずいんだ!」
「まずいって、どういうこと?」
「……爵位が下げられるかもしれないし、領地を没収されるかもしれない」
「は?なんで?」
「……この国の令嬢令息も陛下の持ち物なんだ。
それを勝手に傷つけたとなれば、処罰を受ける……」
へたりと座り込んでしまったお父様に、それ以上は何を聞いても答えてくれなかった。
仕方ないから、部屋に帰ってからミレーを呼ぶ。
「ミレー、フェリシーを虐待してたのがバレたらまずいって、
お父様が慌ててるんだけど?」
「え?もしかして、王宮からの使いが来たのですか!」
よほどのことなのか、ミレーの顔が青ざめていく。
どうやら本気でまずいことになっているらしい。
このままだと、私が王太子妃に選ばれた後で困ることになる?
正妃ではなく側妃扱いになってしまったら、
あんな感じでみすぼらしい離宮に住むしかないんでしょう?
そんなのはごめんだわ。
「ねぇ、ミレー。どうしたら処罰されないと思う?」