37.力の代償
「いろんなことが理解できました。
では、フルールの力ははぐれ神の力で、
私は産まれてからずっと美しさを吸い取られていたのですか?」
「そう。フェリシーは豊穣の加護を持っている。
だから、この程度で済んでいたのだろう。
いや、違うかな。
フェリシーから力を吸い取っていたから、フルールの力が強くなったんだと思う」
「豊穣の加護の力のほうが上なのですか?」
「もちろん本物の神の加護のほうが上だよ。
アレバロ家の令息も婚約者だった時には豊穣の力の恩恵を受けていただろう。
調べてみたら、昔は太って醜いと言われていたそうだな。
それがいつのまにか鍛えられた身体になって、令嬢に騒がれるようになっていた」
「ええ、そうですね。先日会ったブルーノは昔に戻ったようでした。
昔はもっと太って、顔中に吹き出物があった感じでしたので、
お父様がフルールに会わせないようにと命令してきたくらいでした」
「なるほどね。豊穣の加護の力には、健やかな成長という力もある。
ちなみに身体が弱かった兄上が健やかに成長できたのも、
フェリシーが産まれたからだと言われている。
あのままでは成人するどころか、学園に入る前に亡くなっていただろうから」
「そんな!」
ブルーノだけでなく、王太子様まで。
私の力の影響を受けていたと言われても実感はない。
だけど、たしかにブルーノは幼い頃とは違う姿に成長した。
誰もが驚くほどの変化だった。
あれが私の力の影響で、婚約を解消したことでその影響がなくなったのだとしたら。
「もしかして、ブルーノもフルールから美しさを吸い取られていました?」
「それはないかな。そうだったらもっと早くひどくなっていたはずだ。
フェリシーの影響を受けなくなって醜くなるはずだったところを、
フルールの力を使ってもらうことで美しさを保っていたのだろう。
用なしだと縁を切られたことで、その効果がなくなったんだと思う」
「フルールの力によって美しくなったのは、そのまま保つことはできないのですか?」
「できない。……いつかわかることだから言うけど、はぐれ神の力は永遠ではない。
はぐれ神は気まぐれだ。いつ見放されるかもわからないんだ」
「見放される?そんなことになれば……」
フルールはおそらく自分自身にもその力を使っている。周りの令嬢や夫人にも。
そして側妃やエミール王子にも使っているだろう。
それが急に見放されたとしたら、全員がブルーノのようになってしまう?
そんなことになったら、美しさだけが誇りのようなフルールは生きていけるのだろうか。
「心配しても仕方ないんだ。
はぐれ神の力は、それを持つのにふさわしい人間に与えられるそうだ。
最初からはぐれ神の力だと言われても、喜んで使っていたはずだ。
自分だけは最後まではぐれ神に見放されることはないと」
「フルールにはぐれ神の力だと説明しても無駄だということですか?」
「さっき話しただろう?前回は王女だったと。
神託したものは第二王子だったそうだ。
年の離れた妹を憐れんで、王女に説明する前に父親である国王に話してしまった。
国王が女神の加護だと嘘をついた後、第二王子は神から叱られた。
仕方なく自分で王女にはぐれ神の力だと説明したそうだが、
その時にはもう第二王子の言葉は聞いてもらえなかった。
私は美しいから女神に選ばれたのだわ、と」
「あぁ、フルールも同じことを言っていました……」
なるほど。王女がそうだったのであれば、フルールも同じことを言いかねないと。
今まで誰の言うことも聞かなかったフルール。
私やハルト様が説明したところで聞きやしないだろう。
「一応、叔父上はあとから侯爵夫妻に説明するつもりだったようなんだ。
女神の加護と呼ばれているが、実は違うと。
注意して育てるようにと言うつもりだったそうだが、
説明する前にフェリシーを置いて帰ってしまった。
だからフルールだけじゃなく、夫妻も何を説明しても無駄だろうと判断された」
「あぁ、はい。お父様たちに言っても無理な気がします。
すごく喜んでいましたから」
「前回の女神の加護が王女だったからね。
良いところだけ公表して、悪いところは全部隠したらしい。
最後は老婆のようになって、部屋から一歩も出られずに亡くなったらしい。
亡くなったのは二十八歳だったようだよ」
「二十八なのに老婆のように……」
あぁ、だから、ハルト様は悲しそうな顔をしていたのか。
これ以上私に関わらせることはできないけれど、最後はどうなるか予想できている。
だから、私が泣くかもしれないと思って悲しんでくれている。
「教えてくれてありがとうございました。少しずつ、ゆっくり考えます」
「あぁ、それでいい。ゆっくりでいい。
フェリシーの姿も、これからゆっくり変化していくはずだ。
本来の姿を取り戻した時、答えが見えてくるかもしれない」
銀色になった髪の一部。
こんな風に銀色の髪に変わった時、私の考えもまとまるだろうか。
生まれてから十六年。仲良くはなくても同じ敷地内で生活してきた。
私の豊穣の加護を使って、女神の加護を使っていたのならば、
これからフルールの方にも影響が出てくるはずだ。
ローゼリアも言っていた。
気がついたら、文句を言いに来るだろうと。
戻って来なさいと、もし言われたとしても戻る気はないけれど。
やはりどこかで少しくらいは家族でなくなったことを悲しんでほしいと思ってしまう。
そんなはずはないのに、フルールの姉であることを捨てきれていないのだろうか。