36.王家の隠された秘密
「叔父上が学園長なの知らなかった?」
「それは……知りませんでした。
入学式にも顔を出されていませんでしたよね?」
「うん、叔父上は人前に出るの嫌うからね。
だけど王族が学園長になるのが決まりなんだ。
兄上が今年成人したけれど、それまでは父上と叔父上だけだったから。
叔父上は神託の儀式もあるから、卒業後は俺が学園長になる予定なんだ」
「ええ!」
「だから、この隠し部屋は司書室と学園長室につながっているんだよ。
将来的には学園長として出勤して来て、ここで仕事をすることになるから。
俺の仕事を説明したことなかったよね。見てて?」
抱きしめられていた腕が離れると、少しだけ寒く感じる。
恥ずかしくて私の体温があがってしまっていたからなのか、
ハルト様の体温が感じられなくなるからなのかはわからない。
ほんの少しさみしいと思ってしまったのがわかったのか、ハルト様は笑っている。
「すぐに戻るよ。ただ、こればかりは見せないとわかりにくいと思って。
フェリシーはいつも自分の勉強に集中していたから、
俺がこっちで何をしていたのかは見ていないだろう?」
そういえば同じ部屋にいたけれど、ハルト様が何をしているのかは見ていない。
いつも分厚い本を読んでいるなとは思っていたけれど、何の本だったのかもわからない。
ハルト様は眼鏡を外すと、書き物机に置いてあった本を一冊取る。
題名を見ると、歴史書だろうか。昔のアリシエント王国の歴史が書かれたものらしい。
それを開くとパラパラとめくっていく。
気がつけば、ハルト様の目は真っ赤に変わっていた。
歴史書を真贋の目で見ている?それって……
「あぁ、このページから嘘が書かれている」
「歴史書なのに嘘ですか?」
「歴史書が一番嘘が書かれていることが多いよ。
その当時の王が命じたのか、後から書き直されたのかはわからないけれど。
これを正しい歴史に直すのが俺の仕事」
ハルト様が嘘が書かれていると言ったページに手のひらをかざす。
本から文字が浮き上がったかと思うと、別な文字に変わって、また本に戻っていく。
文字が戻ったページにはさきほどとは違う歴史が書かれていた。
「すごい……こんな風に正しい歴史に書き換えられるなんて!」
「これが俺が神から授かった力と使命」
「使命なのですか?」
「そう。叔父上が神託された時に使命だと言われたようだよ。
神の加護はそこにいるだけで周りに影響が出るものと、
俺のようにそれを使ってやることを定められたものがいる。
つまり、神が怒っているんだよ。この国の歴史書がめちゃくちゃなことに。
それを正していくのが俺の使命ってわけ」
知らなかった。神の加護の説明自体ほとんど聞かなかったこともあるし、
誰にも言わなかったことで教えてもらう機会もなかった。
ハルト様の加護が使命だというのなら、私にも使命はないのだろうか。
ただここでのんびり生きているだけでいいのだろうか。
考え始めたら、ハルト様が隣に戻って来て、また腕の中に引き寄せられる。
……さみしいとは思ったけれど、そんなにうれしそうに抱きしめなくても。
「フェリシーは、まだ何も考えなくていい。
今はゆっくり休むための時間なんだ。
まだ本来のフェリシーの姿を取り戻していないから」
「本来の姿ってなんですか?」
「少しなら、俺の力で戻せるかな……見てて」
ハルト様が私の髪を一房つまんで手のひらにのせる。
ミランが手入れしてくれたから、少しはマシに見えるけれどパサついた髪。
灰色のつやのない髪だが、それをどうするつもりなんだろう。
さきほどのようにハルト様が真贋の力を使うと、灰色の髪がゆっくりと変化していく。
少しずつ艶が出てきて、透き通るように綺麗になって……
「え?灰色じゃない?」
「違うよ。フェリシーの本当の髪色は銀だ。
ずっと美しさを妹に吸い取られていたんだと思う。
だからパサついて栄養が足りてなくて、成長が遅れて灰色の髪になっていたんだ」
「フルールに美しさを吸い取られていた?
女神の加護があるのに?」
フルールには女神の加護があるはずなのに、どうして美しさを吸い取るだなんて。
意味が分からなくて首をかしげたら、ハルト様が一瞬だけ悲しそうな目をした。
「女神の加護は神の加護とは違うんだ。
あれは女神の力なんかじゃない。本当ははぐれ神の力なんだ」
「はぐれ神ってなんですか?」
「神といっても、たくさんの神が存在している。
俺に加護を与えた神とフェリシーに加護を与えた神が別であるように。
そして、その神たちに認められなかった存在がはぐれ神なんだ」
はぐれ神だなんて聞いたことがない。神に認められなかった存在ってあやしいよね?
それならどうしてフルールは女神の加護だと喜んでいたの?
両親だって、数十年ぶりのことだって、喜んでいて……。
「前回の女神の加護を受けたのは王女だった。
とても美しい王女で、国王の末の娘だった。
国王はその王女をとてもかわいがっていて、はぐれ神の加護だとわかった時に、
女神の加護を受けたと国民に公表した。美しさの加護なのだと言って」
「それって……」
「そう。これも歴史の改ざんにあたる。事実と違うのだから。
でも、王女が死ぬまでそれで通した。
だから、誰も真実を知らないし、わざわざ違いましたなんて公表もしない。
王族が嘘をついていたことを認めなくてはいけなくなるからな。
だから、俺の仕事も公表できずにこうして隠し部屋でしているんだ」
ようやくハルト様の仕事が公表されていないわけも、
この部屋が隠し部屋でなくてはいけないことも理解できた。
王家が主導で隠してきたことを正さなくてはいけない。
神の加護でなければ王家も許可しなかっただろう。
だけど、お義父様が神の声を聞いた。歴史を正せ、と。




