35.側妃とエミール王子
「そんなことがあったのですか。でもなぜ、正式ではないのですか?」
力がないとはいえ、伯爵家は伯爵家。身分としては問題ないはず。
妃として嫁ぐ準備などは生家が用立てなくてはならないこともあって、
伯爵家の資産では難しいこともあるだろうが、
そういう事情があれば陛下の個人資産を使うこともできるだろう。
経済的な問題かと思って聞いてみたが、そうではなかった。
「妃として認められるのは、王子妃教育を終えた者だけだからだ」
「王子妃教育?」
「だから、側妃になると決められた時から王子妃教育が始まったそうなのだが、
もともと勉強が苦手だった側妃は王子妃教育から泣いて逃げてしまった」
「泣いて逃げた……」
まるでフルールみたいだわ。
そう思ったのがハルト様に伝わったらしく、ふっと笑われる。
「フルールに似ているだろう?
まぁ、そんな感じで結局側妃になる日までに終わらせることはできなかった。
そのため王宮に部屋を持たせることは許されず、敷地内にある離宮にいるんだ。
数代前に愛人を何人も囲っていた国王が建てたものだ」
愛人たちのために建てられた離宮に側妃が。
正式な妃ではない以上、王宮内に部屋を持てないというのはわかるが、
そんな扱われ方をされて嫌じゃないのだろうか。
「なんども側妃に王子妃教育を受けるように指示したそうだけど、
その度に無理だと泣いて逃げているらしいよ」
「あぁ、そうなのですか。それでは仕方ないですね……」
「そして、それはエミールもなんだ」
「え?」
「エミールは王子教育を終わらせていない。
側妃が愛人の扱いだとしても、エミールは国王の息子だ。
王子教育を終えれば正式に王子として王宮に部屋を持てるはずだったんだが」
正式に王子として?
「あの……もしかして、エミール王子は王子ではないのですか?」
「王族ではあるが、正式な王子ではない。
王位継承権が認められていないんだ」
「そうなのですか」
「だから、この状態で婚約するとしたら、
間違いなくエミールは侯爵家に婿入りすることになる。
それをわかっているのか側妃に確認させたら、婚約させるつもりはないと答えたそうだ。
フルールはエミールの友人としてではなく、側妃の相談役として仕えさせていると」
「……はい?」
ますますわからなくなってきた。
エミール王子とあんなに仲が良さそうなのに、側妃の相談役として仕えている?
あのフルールが人に仕えるなんて想像できないのだけど。
「よくわからないけれど、おそらく女神の加護の力目当てなんだろう。
側妃は自分の容姿が妖精のようだと讃えられるのが好きらしい。
年老いていくのを嘆いていたそうだから、力を欲したんじゃないだろうか」
「あぁ、そういうことですか。
ローゼリアが言っていました。お茶会ではいつもフルールが主役になると。
令嬢や婦人たちはこぞってフルールに気に入られようとするそうです。
一番フルールのためになった人に女神の力を使うそうです」
「なるほどな。
ただ、フルールが側妃に取り入って何かいいことがあるのかわからない。
お金も権力も人望もない。王宮に入ってくることもままならないような人だ。
何を考えているのかわからなくて怖いな」
ため息をついてお茶を飲むハルト様に、巻き込んでしまって申し訳ないと感じる。
私と関わらなければ、フルールと関わることもなかっただろうに。
冷めてしまった紅茶が苦く感じる。気がつかずにうつむいてしまっていたのか、
ハルト様が隣に座ったことに気がつかなかった。
「フェリシー。またそうやって一人で落ち込む」
「すみま」
「謝らない」
「はい……」
言われたそばからため息をついてしまいそうになったら、
両頬をハルト様の手で押さえられる。
「俺はフェリシーが好きだからそばにいる。
それと、フルールの迷惑はフルールのせいだ。
フェリシーのせいじゃない」
「え……あ、はい」
「……聞こえている?」
「聞こえてません……」
両頬をハルト様の手で押さえられて、至近距離で話しかけられている。
その上、好きだからそばにいるなんて言われたら、もうあとは何を言われたのか。
ハルト様の眼鏡の奥の黒目が笑ったような気がした。
鼻の上に口づけされたと思ったら、ハルト様の腕の中に閉じ込められる。
「とりあえずは、フェリシーは悩まなくていいってこと。
エミールと側妃が関わっているなら、フェリシーが姉じゃなくても、
フルールの件は俺が対処しなくちゃいけないことなんだから」
「ハルト様が対処するんですか?」
「父上に対処させると母上が悲しむしね。
あんな厳つい顔しているけれど、気は弱いんだ。
だから媚薬のせいで一夜を共にした令嬢を邪険にできなくて妃にしたんだろうけど、
そのせいで母上を悲しませたって泣いて謝っていたそうだから」
「そう、なんですね?」
あの強面の陛下が泣いて謝る……。
想像できないけれど、それだけコレット様が大事なのだろう。
王妃が側妃を嫌っているため、
陛下が側妃に会いに行かないようにしていると噂があったのを思い出す。
今の話を聞くと、コレット様が邪魔しているわけではなく、
陛下がコレット様を悲しませたくなくて側妃に会いに行かないとか?
「側妃は今の立場に満足しているから、父上のお渡りがなくても平気らしいよ。
むしろないことで好き勝手しているって感じかな」
「それであればいいのですが。
じゃあ、本当にフルールがどうして側妃様に近づいたのかわかりませんね」
「わからないけど、気をつける必要はあるね。
そういえば、アレバロ家の令息は学園から謹慎処分を受けたよ」
「そうなのですか。それはどのくらいの期間でしょうか?」
ブルーノが謹慎処分?ハルト様に言われて思い出した。
私の腕にケガをさせたことで学園から処分があるだろうと言われていた。
自分よりも身分が上の令嬢を傷つけたことを考えれば軽い処分かもしれない。
「叔父上の気が済むまで?」
「え?お義父様の?」
「叔父上が学園長なの知らなかった?」




