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34.秘書官

授業が終わってハルト様と隠し部屋に向かう。

ローゼリアはそのことには何も言わず、手を振って帰っていった。


昼休みと違って図書室には人が少ない。

もともと授業が終われば普通の学生が学園に残る理由はない。

一部の貧しい学生が家庭教師を雇えず、図書室で勉強している場合があるが、

それも少数しかいないため気にするほどではない。


隠し部屋に入ると、一人の男性が待ち構えていた。

どこかで見たことのあるような気もするが、誰だっただろうか。

金髪に紫目、それほど背は高くなく、おだやかそうに見える男性。


「ラディ、どうかしたのか?」


「はい。ヨハン様に挨拶しておくようにと言われまして」


「あぁ、そうか。そうだな」


どうやらハルト様の知り合いらしい。

お義父様に言われて挨拶に来たって、私に会いに来たのかな。


「ラディス・リクールと申します。ハルト様の秘書官をつとめております」


「あ、フェリシー・アルヴィエです。よろしくお願いします……秘書官ですか?」


聞き慣れない役職にハルト様に聞いてみる。秘書官とはどんな仕事なのだろう。

王宮文官にそういう仕事はなかったと思うけど。


リクール家は……有名な家だったと思うが、どこだっただろうか。

リリー先生から貴族家について一通り習って覚えはしたが、

一度も会ったことのない貴族を全員覚えるというのは難しい。

覚えたはずなのに、なかなか思い出せない。


「秘書官というのは王子につく役職だ。

 神託の儀式を終えた王子に、国王が秘書官を一人選んでつける。

 成人した後は側近の一人として公表されるから、秘書官という役職は表にでない。

 王子が十二歳になってから成人するまでの補佐のようなものだな」


「そういう役職があったのですね。

 では、ラディス様はハルト様の側近になるのですか?」


「そうなるな。他の側近候補はまだいないんだが。

 秘書官だけは国王が選ぶが、他の側近は自分で選んでいいことになっている。

 まぁ、ラディはいわば王子の監視役と言うかお目付け役というか?」


「別にハルト様を監視なんてしていませんよ。

 フェリシー様、王子は十二歳になれば仕事を持ちます。

 その仕事の手伝いをするのが秘書官なのです」


「そうなんですね」


私たちよりも一回りは上の年齢だろうか。

落ち着いた感じの話し方で、ハルト様と仲が良さそうだ。

ハルト様も監視役とか言っている割には嫌がっているようには見えない。


「ラディには双子の兄がいて、そっちは兄上の秘書官になっている」


「兄はエディスと申します」


「そう、双子で王子の秘書官をつとめているの……そういえばリクール家って宰相の?」


「はい。父です」


「なるほど」


やっと思い出せた。リクール侯爵家は領地なしの貴族家で現宰相の家だった。

領地に紐づけして覚えることができない王宮貴族は覚えるのが難しい。

王子妃になるのなら関わらないわけにはいかない。

もう一度しっかり覚えなおしておいたほうが良さそうだと反省する。


宰相の息子であれば王子二人の側近につけられるのもわかる。

王太子様についているエディス様は将来の宰相候補でもあるのだろうし。


「それで、挨拶だけにきたのか?」


「あ、いいえ。リリー先生からも頼まれていまして」


「リリー先生から?」


「はい。フェリシー様に書物をお渡しするようにと。

 授業は週末に限られるので、平日はこうした本を読んでおいてほしいそうです」


ラディス様の視線の先には本が何冊か積み上げられていた。

言われてみれば、私は隠し部屋に来て何をする気だったのだろうか。

もう王宮女官の試験勉強をする必要もなくなったのに。


「ありがとうございますと先生にお伝えください」


「はい。何かあったらすぐにお呼びください。そこで働いていますので」


「そこで働いている?」


秘書官としてハルト様についているのに、

そこで働いているとはどういうことなのかと思ったら、ハルト様が説明してくれる。


「ラディは表向きは図書室の司書として働いていることになっているんだ。

 俺の仕事のことは公表していないし、秘書官も公表していない。

 だから、ここに出入りしてもあやしまれないように」


「あぁ、司書の方でしたか。どうりで見たことがあると」


「この隠し部屋は司書室と学園長室ともつながっているんだ。

 食事の後片付けとかお茶菓子の用意とかもしているのはラディだ」


「本来は侍女の仕事なんですけどね~。

 ハルト様が嫌がるので、仕方なくですけど」


今までこの部屋に誰か入っているとは思っていたが、ラディス様だったらしい。

侍女の仕事までさせられてとぼやいているけれど、全然嫌そうに聞こえない。

穏やかな性格がそうさせているのか、周りを和ませてくれる。


「それでは、司書の仕事に戻ります。

 何かあったら呼んでください」


「ああ」


「ありがとうございます」


にっこり笑ってラディス様が司書室へと消えた後、二人でお茶を飲んで休憩する。

いつものように少しだけ休んだら仕事を始めるのかと思っていたら、

思い出したようにハルト様が先日学園にいなかった時のことを話し始めた。



「あの日、ローゼリアが朝から大騒ぎしていただろう。

 エミールがフルールと馬車で登校したって。

 あれで気になって王宮に戻ったんだ。父上も知らなかったようで驚いていたよ」


「え?それで午後の授業いなかったのですか。

 それで、二人は婚約することになりそうなのでしょうか?」


フルールも王子妃になるとしたら交流は避けられない。

私は公爵家にいるので一緒に住むことにはならなそうだけど、

公式の場、夜会などでは王族席で一緒にいなければいけないだろう。

それを考えると憂鬱になってしまいそうで、息を吐いて自分を落ち着かせようとする。


「これは……公表されていないことだが、側妃は正式な妃じゃないんだ」


「え?正式な妃じゃない?」


「兄上は産まれてすぐの頃は身体が弱くてね、母上は心配でよく看病していたそうなんだ。

 ある時、夜会が開かれたんだが、兄上が高熱を出していたことで、

 母上は早くに退席して父上だけが夜会に出席していた。

 その時、誰かに薬を盛られたようで……媚薬系のものを」


「まぁ……」


「今となっては禁止薬物になっているが、その頃はまだ禁止されていなかった。

 流行り始めたばかりで悪用されることもなかったそうだから。

 だけど、父上は知らない間に飲まされ、気がついたら側妃と部屋にこもっていた。

 側妃は当時まだ学生の令嬢だった。妖精のように美しいと有名な令嬢だったが、

 力のない伯爵家だったことで王子妃になるような身分でもなかった。

 だが、父上が一夜を共にしてしまったことで、急に側妃になることが決まった」


「そんなことがあったのですか。でもなぜ、正式ではないのですか?」




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