33.学園での生活
「授業が始まるから行こう。ほら」
「あ、はい」
「行き先は一緒でしょうに。フェリシー、行きましょう」
二人に手を差しだされ、どちらの手を取っていいか迷う。
結果、どちらも選べずに両手をつなぐ形で廊下を歩く。
誰かに会ったらどうしようかと思ったけれど、
馬車付き場からA教室へは専用通路になっていたので、
誰ともすれ違うことなく教室に着くことができた。
それでも教室へ入ったとたん、私たちを見た令息たちがざわめく。
「え?なんでラポワリー侯爵令嬢が二人と手をつないでいるんだ?」
「ハルト王子とジョフレ公爵令嬢と手を??なぜ?」
「何が起きたんだ?」
遠巻きにしてこちらを見て騒いでいる令息たちに、
ハルト様は少し大きな声で説明をする。
「フェリシーは、ヨハン公爵の養女となってフェリシー・アルヴィエになった。
と同時に俺の婚約者にもなっている。
正式なお披露目はまだだから、あまり騒がないように」
その言葉に一瞬静まり返った後、大騒ぎになる。
ハルト様が令息たちに質問責めにあう中、
誰かが私を引っ張って輪の外に出してくれる。
離れたところで息を吐いて、連れ出してくれた人を見たらローゼリア様だった。
「ハルトって、意外と令息たちに慕われているのよね」
「そうなんですか?」
「面倒見がいいというか、困っている時に手を差し伸べるのがうまいのよ」
「あぁ、なるほど」
ハルト様は真贋の目のせいで、令息たちが困っていることがわかってしまう。
知らないふりもできるのに、手を差し伸べるのはハルト様らしい。
王族の仕事もあって忙しいだろうに、これだけの令息たちを助けて来たのか。
「ところで、フェリシー。
ヨハン様の養女にって、あの家から出たの?」
「はい」
「それって、あの女は何も文句を言わなかったの?
自分よりもフェリシーの身分が上になるなんて許さなそうだけど」
「それが……一昨日家に帰らずに、そのまま養女になりましたので、
おそらく気がつかれていないと思います」
「はぁ?帰ってないのに気がつかれないって、どういうことなのよ」
普通ならそう思うのが当然だろう。
令嬢が家に帰ってこないなんて、大騒ぎするのが普通だから。
だけど、ベンは侯爵家の執事をやめてしまっているし、ララもミランもいない。
馬車係が私が帰っていないことに気がついたとしても、
そのことをお父様たちに話せるような立場でもない。
「本邸ではなくて離れに住んでいましたし、ずっと放っておかれていましたから。
私がいなくても誰も気がつかないと思います」
「……完全に虐待じゃないの、それ」
「何人かの使用人が助けてくれていたんですけど、
お義父様がその使用人も引き取ってくださったので。
あの家にはもう私のことを気にする人は残っていないんです」
「そう。じゃあ、気がついた後で文句を言ってくる可能性があるわね。
何かあったらすぐに私にも話すのよ?
ヨハン様とハルトが助けるだろうけど、女性だけの時もあるわ。
油断しないで、必ず私に言って」
「はい、ありがとうございます」
女性しかいない場。たしかに、これから社交界に出て行くとしたら避けられない。
おそらく女性だけの社交界はフルールが力を持っている。
何かあれば、ローゼリアの助けが必要になるだろう。
だけど、友人だと思ってくれているのはうれしいが、どうしても引っかかる。
ローゼリアはハルト様と結婚したがっていたのに、あきらめるのだろうか。
「あの……ローゼリアはハルト様と婚約したかったのではないのですか?」
「もうフェリシーったら。普通に話していいのよ?」
「ええと……そのうち」
「まぁいいわ。そうね、ハルトと婚約したらちょうどいいと思ったのよ。
あの女よりも身分が下になるのは嫌だったし。
お父様にはずっと王太子妃になるんだって言われて育ってきたのに、
急にダメになってしまって苦しかったというのもあるわ。
ハルトなら変人だし相手もいないだろうから、
無理やりでも押し切ってしまえば結婚してくれるかと思ったけれど」
「ハルト様と結婚したかったわけじゃ」
「ないわね。だから安心していいわ。
ハルトのことが好きなわけじゃないし、
婚約しているのに割り込んでいくような恥知らずじゃないわ。
婚約相手は……そのうち見つかるでしょ」
「ローゼリアならすぐに見つかると思うわ」
「でしょう?だから、気にしないで幸せになりなさい」
「……ありがとう」
幸せになりなさいと言った時のローゼリアの笑顔が、
まぶしいほどに綺麗で裏表のない気持ちだとわかる。
コレット様に祝福された時と同じ笑顔で、血のつながりを感じた。
騒ぎがおさまらないうちに先生が教室に入って来て、授業が始まる。
さすがにA教室なだけあって、授業が始まればみんな集中している。
昼休みになる頃には令息たちの気持ちも落ち着いたようだった。
「フェリシー、食事に行こう」
「どこに行くのですか?」
「俺専用の個室」
ハルト様に連れて行かれたのは、食堂の奥にある個室だった。
食堂に入るのも初めてで、キョロキョロしていたら手をひかれる。
ハルト様専用の個室の中はテーブルと椅子がニ脚。
隠し部屋よりも狭い部屋だが、食事用の個室としては広い。
「こんな場所があったのですね」
「いつもは使っていなかったんだ。
隠し部屋のほうに食事を運んでもらっていたからな」
「隠し部屋のほうでも良かったのでは?」
「……昼と帰り、毎日俺とフェリシーで書庫に入って行ってたら目立つだろう?
隠し部屋はバレたくないし、かといってフェリシーと別行動するのも嫌だし」
「あぁ、そうですね。目立ちますよね」
廊下でも私とハルト様が歩いていると目立っていた。
ハルト様の隣にいるのが私だとわかるとにらみつけてくる令嬢もいた。
毎日一緒に行動していたら、隠し部屋が知られてしまうかもしれない。
「だから、昼はここで食べることにしよう。
帰りは図書室にいる学生が少ないし、何とかなるだろう」
「わかりました」
用意された食事は美味しくて、聞いてみたら特別に作らせているものらしい。
これらもすべてお義父様が用意してくれたと聞いて、後でお礼を言わなきゃと思う。
「叔父上はフェリシーを太らせたいんだよ」
「太る?」
「今までちゃんとしたもの食べていなかったんだろうって」
「それなりに食べてはいたんですけど……」
「嘘だろう。焼き菓子をあんなに美味しそうに食べといて」
「うう……」
令嬢としては質素な食事だったかもしれないし、ガリガリに痩せているのも事実だ。
なんとなく悔しいけれど、美味しいものを食べられるのはうれしい。
黙って食べていたら、ハルト様が給仕に甘いものをお願いしていた。
「甘いものが好きなんですか?」
「フェリシーのだよ、ほら」
「え。あ、ありがとうございます?」
目の前に運ばれてきた林檎の砂糖煮と氷菓を口に運ぶ。
沁みるような甘さに頬を押さえたら、またハルト様が笑っている。
「もう、何ですか?」
「ごめん、ごめん。いっぱい食べていいよ」
笑いながらも私を見る目を外さないハルト様に、
怒りたくなるけれど甘いものに騙される。
餌付けされているような気がしたけれど、美味しいから文句は言わないでおいた。