31.新しい家
次の日は何かあるかもしれないから学園を休むようにと言われていた。
起きるまで放っておかれたのか、目が覚めたらもう日は高くなっていた。
「お目覚めですか?」
「え?どうして?」
起きた私に声をかけたのはミランだった。
ラポワリー侯爵家の侍女服ではなく、アルヴィエ公爵家の侍女服を着ている。
「ふふ。旦那様から説明があると思います」
「旦那様って、お義父様?」
「はい」
どういうことだろうと思いながらも着替え、
食事室に向かうとお義父様とハルト様はもうすでに食事を終えてお茶を飲んでいる。
ずいぶんと寝坊してしまったらしい。
「寝坊してしまって……」
「いいんだよ、ゆっくり寝かせるように言ったのは私だ。
それにたいして待っていないよ、なぁ、ハルト」
「ああ、大丈夫だよ。ゆっくり寝れたようだな。
顔色がだいぶ良くなっている」
二人とも気にしていないようで、ほっとする。
席に着くと、すぐに私の分の朝食が運ばれてきた。まだ温かいのか湯気が見える。
もったりとした黄色いスープを飲むと、南瓜のポタージュだった。
甘さと塩味が絶妙で、頬を押さえたくなる。
「ここの食事は口に合うようだな」
「はい。とても美味しいです」
「ここは叔父上が王宮から人を引っ張ってくるから優秀な者がそろっているんだ。
料理人も王宮よりも腕がいい」
どうりで昨日の夕食も美味しかった。
王宮から人を引っ張ってきていいのかという疑問はあるけれど、
陛下が問題にしていないのであればいいのだろう。
「あの、起きたらミランがいたのですけど?」
「あぁ、ミランはフェリシーの専属侍女にする予定だ。
食事中ではあるが、入っておいで」
どうしてミランがと聞こうと思っていたが、それよりも先にお義父様が誰かを部屋に招き入れる。
部屋に入ってきたのは、ベン、リリー先生、ミラン、ララだった。
「ええ?どうして!?」
「昨年から様子がおかしいのに気がついて、調べるために人を侯爵家に送った。
まずはあやしまれないように下働きのララ。
その報告を聞いてから、リリー夫人に教師として入ってもらった。
そして、妹の暴走を止めるためにミランに動いてもらっていた。
何人か他にも侯爵家に送っているが、それはまだ報告のために残している」
「リリー先生とミランとララはお義父様の指示だったのですか……。
だから、あんなにも私のために動いてくれたのですね」
「いいえ、フェリシー様。公爵様にお願いされたのはそうですけど、
フェリシー様の熱心さに心打たれ、つい教えるのに力が入りすぎましたわ」
にっこり笑ったリリー先生はいたずらが成功したように次の言葉を言う。
「王宮女官の所作はすぐに覚えてしまわれたので、
ついうっかり王子妃の教育まで終わってしまいましたもの」
「ええ?王子妃?」
「なんだリリー夫人、今からお願いするつもりだったんだが、
フェリシーの王子妃教育はもう終わっているのか?」
「はい。もうとっくに終わっていますわ。
公爵家の養女にするおつもりだと聞いて、ハルト様の妃にするのだと思いまして」
あれは王宮女官になるための授業ではなかった?
厳しく指導してほしいとお願いしていたから、どれほど厳しくされても当然だと思っていた。
「さすがだな、リリー先生」
「ハルト様もリリー先生をご存じなのですか?」
「リリー先生は、母上の王妃教育を担当した教師だよ。
シャルロット義姉上の王太子妃教育も担当していた。
だから、叔父上にお願いしてフェリシーにつけてもらおうと思ってたんだけど」
「コレット様とシャルロット様の……」
まさか王妃教育の担当教師だったとは。
私たちが驚いているのにも関わらず、リリー先生は楽しそうに笑うだけ。
「学園の卒業まで授業は続けましょうね。
と言っても、後は王子妃の心構えとかそういう座学だけになりますけど」
「え?私、王子妃になるんですか?」
ハルト様と婚約することは承諾したけれど、このアルヴィエ公爵家を継ぐのでは?
「あぁ、一応はそうなるな。
兄上に王子が産まれるまで、俺は王族から外れられないから。
一時的にフェリシーは王子妃になる」
「えええ?」
「大丈夫ですよ。フェリシー様なら問題ありません」
リリー先生がそういうなら大丈夫だと信じたいけれど。
あぁ、そういえば、どうしてベンまでここにいるのだろう。
「お義父様、先生とミランとララがここにいる理由はわかりました。
でも、ベンはどうしてここにいるんですか?」
「ベンは優秀だから引っ張って来ちゃった」
「え?」
「ベンは優秀すぎて侯爵家にはもったいないだろう?
うちの執事が忙しくて、もう一人執事が欲しいって言うから。
ベンはフェリシーのために動いていたみたいだし、ちょうどいいなって」
ベンが優秀なのはわかるけど、引っ張って来ちゃったって。
もしかして、王宮から引っ張ってきたのもこんな感じで連れて来ている?
神妙な顔しているベンに、本当にいいのか確認する。
「ベン、侯爵家をやめてしまって良かったの?」
「……お嬢様。はっきり申し上げまして、あの家はもう駄目になると思います。
心配なのはお嬢様のことだけでした。
お嬢様が公爵家の養女になられるのなら、私も公爵家でお仕えするだけです」
「そう。ありがとう、ベン。これからもよろしくね」
「はい」
ベンがいなくなった後のラポワリー家がどうなるかはわからない。
新しい執事を雇うにしても、すぐにはうまくいかないはずだ。
だが、ラポワリー家の跡継ぎでも令嬢でもない私が心配することでは無いのかもしれない。
「ララは一度分家のほうで修行させる。
将来的にはフェリシーの専属侍女にする予定だ」
「フェリシー様、すぐに修行を終わらせてきます!待っていてください!」
「ええ、待っているわ。頑張ってね、ララ」
「はい!」
いつものようにララが元気よく返事をしてくれる。
まだ幼いララをこのまま侍女にすることは難しい。
修行が終わる頃には、ララも素敵な女性になっていることだろう。
ベンもララもあの家に置いておくのは心配だった。
その心配が無くなって、はっきりとラポワリー家との縁が切れた気がした。
もうあの家に私を心配してくれる人はいない。
なら、私もあの家を心配する義務はないはずだ。
朝食を終え、ミランが入れてくれたお茶を飲む。
昨日から住み始めた家なのに、ここが私の家だと思える。
お義父様とハルト様。ベンにミランにララ。そしてリリー先生。
新しい自分の生活だけど、でも支えてくれる人がこんなにもいる。
「私はいつから学園に通えばいいでしょうか?」
「ゆっくり休んでからでもいいんだよ?」
「いえ、休まなくても大丈夫です。
公爵家のフェリシーとして通えます」
「そうか。なら、明日からは馬車で一緒に行こう」
「ハルト様と一緒に通うのですか?」
「婚約者なら当然だろう?」
「ふふ。そうですね。よろしくお願いします」