30.求婚
気がついてしまった。ハルト様にもらったネックレスが赤い宝石だったことに。
何か緊張したり困った時に握りしめて勇気をもらっていた宝石。
まさかハルト様の目の色だとは思わなかったから、部屋のカギだと思って大事にしていた。
だって……この国で目の色の宝石の首飾りなんて。
「あぁ、気がつかれてしまったか」
「ええ?」
私が焦っているのを見て、ハルト様はにやりと笑う。
少し悪いような微笑みも素敵で見惚れてしまいそうになる。
今は呑気に見惚れているような場合じゃないのに。
「俺の目の色の首飾り。もう受け取っていただろう?」
「受け取ったって、でも、あの!?」
「意味はわかっているよな?」
「わかってって……」
ハルト様の手が伸びてきて、さらりと私の髪をよける。
私の首にかかったままのネックレスを引き出されると、赤い宝石が見える。
やっぱりハルト様の目の色と全く同じだった。
「これを返したい?」
「返したいとかじゃなく、だって、このままだと私に求婚したことに」
「したんだよ。あの時、フェリシーを部屋に受け入れた時に」
「!!」
「王族である、俺の専用の部屋だよ?
入れるように許可をするって、そのままの意味だと思わない?」
王族の私室に入れる許可!
令嬢に出していたとしたら、それはもう婚約者以上の許可を与えたことになる。
どうして気がつかなかったんだろう。王宮の作法の教科書に書いてあったのに!!
「だって、あの時は初めて話した時で」
「ずっと、話しかけたかった。
隣で頑張っているフェリシーに」
「私っ、勉強しかしていなくて」
「勉強中に悩むと小声でんんーって漏れているのが可愛くて」
「か、可愛い?」
「問題が解けたら、少しだけ目が笑うんだ。
フェリシーの気持ちが俺にだけわかるのが本当に可愛いと思った」
私が?可愛いだなんて初めて言われた。
どうしよう。ハルト様が頬を撫でてくるのが嫌じゃない。
ここはハルト様の部屋で、侍女も女官もいない、二人きりの空間で。
「フェリシー・アルヴィエ嬢。俺をフェリシーの騎士にしてほしい」
「ハルト様を私の騎士に?」
「生涯かけてフェリシーを守ると誓う。俺と婚約してくれないか?」
ハルト様と婚約?……私が?
「逃げないで。俺が嫌か?」
「……嫌じゃない、です」
「嫌じゃないなら、いいな?」
「………はい」
真剣な顔のハルト様に断りきれなくなる。
こんな風に近づかれて、ささやくように求婚されてしまったら、
うれしいと思う自分の気持ちを誤魔化せない。
小さな声で受け入れたら、ハルト様が泣きそうな顔で笑う。
そのままゆっくりと顔が近づいてきて、口づけされる?と思った時に、
後ろから低い声が聞こえた。
「ハルト……私の娘に何しようとしているのかな?」
振り返って見たら、眉間にしわをよせているお義父様がいた。
いつの間に部屋に入って来ていたのか、気がつかなかった。
「ちっ。もう迎えに来ちゃったのか。残念」
「え?あの?」
お義父様が来たからもう離してくれるだろうと思ったのに、
ハルト様は私の額にくちづけてから離れた。
「ハルト」
「わかったよ。正式に婚約するまでは何もしない」
「え?」
「なんだ、もう求婚したのか。フェリシー、それでいいのか?」
呆れたようにため息をついたお義父様に、私こそ疑問で聞き返してしまう。
「あの、ハルト様と婚約して、いいのでしょうか?」
「いいって、何が?」
「だって、本当に私でいいのか不思議で」
「あぁ、そういうことか。急すぎて納得できていないのか。
ハルトの気持ちは後からゆっくり聞けばいい。
公爵家としていいのか、ということであれば問題ない。
ハルトがもともとアルヴィエ家を継ぐ予定だからな。
フェリシーを妻にするか妹にするかの違いでしかない。
結婚して継いでくれるのであれば、それが一番いい。
フェリシーをどこかに嫁がせるのは嫌だからな」
「フェリシーはどこにもやらない。俺の妻にする」
「なら、私は問題ない。ハルトもフェリシーも家族でいられる」
そう言われてみたらそうだった。
お義父様の跡を継ぐのはハルト様だった。
これからハルト様が養子になったら、私は妹になって邪魔になってしまう。
お義父様にとっては私たちが結婚したほうが都合がいい。
もしかして、ハルト様にとっても……
「違うからな?」
「ハルト様?」
「都合がいいからじゃないからな。
……まぁ、これからゆっくりわかってもらうつもりだから覚悟してくれ」
「はい?」
覚悟って何だろうと思いつつ、ハルト様は手を離してくれない。
お義父様に助けを求めようとしたけれど、のんびりと首を横に振られる。
婚約するって、こういうことなのかな。
ブルーノとは一度も手をつながなかった。
こんなに近づいて胸が痛くなるような思いもなかった。
「とりあえず、今日は帰ろう。
ハルト、気になるならお前もうちに来ればいいだろう。
お前の部屋もあるんだから」
「わかった。そうするよ。
フェリシー、一緒に公爵家に帰ろう」
「はい」
わからないこともあるけれど、わかっていることもある。
今日からはお義父様と優しい婚約者が一緒にいてくれる。
そのことがうれしくて、温かい気持ちになる。
三人で馬車に乗って公爵家に着いた時はもう夜遅くになっていた。
夕食を三人で食べ、侍女の手を借りて湯あみをし、
私のために用意されていた可愛らしい部屋の寝台で眠る。
次の日は何かあるかもしれないから学園を休むようにと言われていた。
起きるまで放っておかれたのか、目が覚めたらもう日は高くなっていた。
「お目覚めですか?」
「え?どうして?」
起きた私に声をかけたのはミランだった。