25.衝突
「お前が跡継ぎに戻りたいとでも言ったんだろう!
だから、だから……フルールがあんなことを!」
「何を言っているの?跡継ぎって、私はもう関係ないのに」
「はぁ?お前が言い出さなかったら、
フルールがあんなことを言うわけないだろう!」
いったいなぜ私がブルーノに怒られているのかはわからないが、
今朝からエミール王子に送り迎えされているフルールのせいに違いない。
こうなると思ったから関わりたくなかったのに。
「ちょっと落ち着いてくれない?
ちゃんと説明してくれなきゃわからないわ」
「うるさい!俺に指図するな!フェリシーのくせに!」
つかまれたままの左腕を強く握られて痛いのに逃げ出せない。
誰か助けを呼びたくても、二人きりでいることを考えると騒ぎにしたくない。
それでも、あまりの痛さに耐えられなくなる。
「やめて!痛い!離してよ!」
私が痛がっているのがわかったのか、ブルーノはにやりと笑う。
離すどころか、よけいに強く握られて涙がこぼれた。
もう嫌だ。どうして私だけがこんな目に遭い続けなくてはいけないのか。
腹立たしくて悲しくて、それでも抵抗できない自分が情けなくて。
もう騒ぎになってもいいから、
大声で叫んでしまおうかと思ったら、書庫の扉ががらりと開く。
誰かが入ってきたと思ったら、ふわりと身体が浮く。
次の瞬間ガターンと音がして、ブルーノが壁際に倒れていた。
「……大丈夫か?」
「ハルトさま……?」
私を抱き上げていたのはハルト様だった。
私の足を床につけると、ゆっくりと立たせてくれる。
もう帰ってしまったんだと思ったのに、どうしてここに?
「おい、そこの。名乗れ」
「………は?俺に言っているのか?」
痛むのか背中をさすりながら起き上がったブルーノが、
ハルト様をにらみつけている。
「いいから、名乗れ。お前は誰だ」
「お前こそ誰なんだよ!急に蹴とばしやがって!」
え?蹴とばした?ハルト様がブルーノを?
壁際まで飛ばされるほど蹴とばされたから痛がっている?
それはともかく、ブルーノはハルト様を知らないのか。
王族に対してそんな口のきき方をするなんて。
「俺か?俺はハルト。第三王子だといえばわかるか?」
「ハルト……第三王子……様?」
この国の王族は家名を名乗らない。
他国の王族に対しては名乗るが、臣下に対して名乗ることはない。
王族は貴族とは違う。その意味もこめて王族は名前だけを名乗る。
ようやくハルト様のことがわかったのか、ブルーノの顔が青ざめていく。
伯爵家の三男が王族にたてつくなんて、どれだけ重い罪になるかわからない。
「いえ……あのっ……申し訳ございません。
……ブルーノ・アレバロと申します」
「あぁ、ブルーノって。フェリシーの妹の婚約者か。
それがなぜフェリシーに乱暴をしているんだ」
「乱暴だなんて……この女が悪いのです!」
「この女だと?フェリシーは侯爵家のものだぞ。
伯爵家の三男がこの女呼ばわりしていい立場ではないだろう」
「え?」
初めて聞くような顔でブルーノが驚く。
今まで自分よりも私のほうが立場が下だと思っていたためだろう。
慌ててハルト様に言い訳を始めた。
「いえ、ですが、この女、いえ、フェリシーは侯爵家といっても、
誰にも相手にされていないんです。
俺は侯爵家の婿になるので、身分は上になるはずです」
「それは結婚後のことだろう。今は伯爵家の三男でしかない。
公の場で侯爵家の令嬢を見下すような態度は許されるものではない。
そんな簡単なことも理解できていないのか?」
「……いえ、理解しています。
ですが、フェリシーが跡継ぎになりたいとわがままを言ったせいで、
私とフルールの婚約が解消されて……。
フェリシーと婚約させられそうで……つい怒りが」
「は?」
今度はハルト様が驚いて私を見る。
本当か確認するためだったのだろうが、私が首を横に振る前に否定してくれた。
「そんなことフェリシーが言うわけないだろう」
「本当です!」
「フェリシー、ブルーノがこう言っているが、言ったのか?」
「いえ、言うわけありません。私は家を継ぐ気なんてありませんから」
「だよなぁ」
やっとはっきり否定できた。
ハルト様にも同意されて、これでブルーノも話を聞いてくれるかと思ったのに、
ブルーノは信じてくれなかった。
「嘘です!だって、フルールが跡継ぎはフェリシーに譲ったって!
そうしたら婚約者も変更になってしまうのに……」
「婚約者の変更ってなんだ?そんなことできるのか?」
「婚約したのが神託の儀式前だったので、
ラポワリー家の跡継ぎとアレバロ家の令息、としか書かれていないんです。
だから、跡継ぎを変更されると婚約者まで変わってしまうことになって……。
フェリシーがわがまま言ったとしか思えなくて」
「私はそんなこと言いません!
それに、言ったところで聞いてもらえないのはわかっているのでは?
フルールがそう思わない限り、変えてもらえるわけないんだから!」
私と婚約していた時、あんなに簡単に跡継ぎから外されて、
ないがしろにされていたのを忘れたのだろうか。
「それって、フルールがお前から逃げだけなんじゃないのか?」