24.危険を回避
離れの部屋で寝る準備をしていると、ドアをノックされた。
こんな時間に誰だろうと思いながらも返事をする。
「入っていいわ」
「失礼いたします。ミランです」
「あぁ、ミラン。こんな時間にどうしたの?」
入ってきたのはミランだった。まだ侍女の仕事をしていたのだろうか。
まさか、またフルールに何か言われてやってきた?
「フェリシー様、明日の登校時間ですが、
いつもよりも一時間ほど早めたほうがいいと思います」
「一時間も早く?どうして?」
「フルール様が、明日からエミール王子の送り迎えで学園に通うと」
「え?」
「そのため、ブルーノ様はもう来なくていいという手紙をアレバロ家に送りました。
ですが、その手紙でブルーノ様が納得されるとは思えません。
おそらく明日の朝早くにどういうことなのか確認しにくるのではないかと」
今までフルールの婚約者としてブルーノが送り迎えしていたはず。
それがエミール王子に変更になる。
……たしかに、素直にそうですかと納得するわけがない。
ブルーノだけでなく、伯爵も一緒に確認しにくるかもしれない。
一時間早く登校したほうがいいというのは、
その話し合いに巻き込まれないようにということか。
私がいれば関係がなくても何か言われるかもしれない。
「わかった。一時間早く行くことにするわ」
「それでは、使用人には伝えておきます」
「うん、ありがとう」
わざわざ教えに来てくれたのだとわかり、礼を言うとミランは少しだけ笑った。
いつもどうして私によくしてくれるのかわからないけれど、とても助かっている。
ミランが教えてくれなかったら、確実に巻き込まれていただろう。
次の日、起きるとララがバスケットに朝食を入れて用意してくれていた。
一時間早く登校するために、昼食だけでなく朝食も持たせてくれるらしい。
これなら午前中にお腹が空いて困ることも無い。
準備をして急いで馬車を出すと、少し行ったところで伯爵家の馬車とすれ違う。
やはりブルーノが抗議しに来たらしい。危ないところだった。
一時間も早く登校してしまったことで、学生は誰も来ていなかった。
教室に行くのもためらわれて、隠し部屋へと向かう。
さすがにハルト様はいなかったが、お茶を入れて朝食をゆっくりと食べる。
あまりにも居心地が良くて、いつもよりも遅い時間まで隠し部屋にいてしまった。
時間を見て、慌てて教室へと向かう。
教室に入ったとたん、待ち構えていたローゼリア様に捕まる。
慌てているのか、いつものように廊下に連れだされることもなく聞かれる。
「ちょっと!どういうことなのよ!」
「え?どういうことと言われましても?」
「なんでエミールがあの女と一緒に登校しているの!?
離宮に住み始めたわけ?」
どうやらエミール王子と一緒に来たことで、
フルールも離宮に住んでいると思われたらしい。
それは違うので、とりあえず否定しておく。
「いえ、フルールは侯爵家にいますよ。
おそらくエミール王子様が馬車で迎えに来たのだと思いますが」
「……それって、婚約したの?」
「すみません、私もよくわからなくて」
「ああ、そうよね。フェリシーはわからないわよね」
私にこれ以上聞いても無駄だとあきらめたのか、
ローゼリア様は自分の席へと戻っていく。
周りの令息たちも興味津々で私たちの会話を聞いていたようだが、
新しい情報も得られずがっかりしていた。
役に立たない姉だとでも思っているんだろうなぁ。
そんな中、ハルト様だけがずっと渋い顔をして前を向いていた。
会話は聞こえていただろうから、後で何か言われるかもしれない。
昼休みに隠し部屋に向かうと、ハルト様はいなかった。
めずらしいこともあると思いながらも、試験問題を開いて解き始める。
勉強を始めてしまえば何も気にならない。
休み時間が終わるまで問題を解いて、A教室に戻るとハルト様はいなかった。
授業が始まるまでには戻ってくるのだろうと思っていたのに、
午後の授業が始まってもハルト様は戻ってこない。
ローゼリア様もハルト様がいないのが気になるようでそわそわしていた。
私にもローゼリア様にも何も言わずに帰ってしまったのだろうか。
放課後になるまでハルト様は戻ってこなかったけれど、
何か急な仕事でも入ったのだろうと思うことにした。
家に帰ったら、フルールのことに巻き込まれるかもしれないし、
できるかぎり学園に残って勉強していたい。
いつものように隠し部屋へ入ろうと、書庫の扉を開いたら、
後ろからドンっと押される。
その勢いで書庫の中に倒れこんだら、誰かが書庫の扉を閉めた。
「…痛っ」
何が起きたのかと顔をあげたら、男性が私を見下ろしていた。
憎々しいといった顔でにらみつけてくる。
この男性が私を押したのか。
しまった、書庫に二人きりになってしまっている。
この男性が何をしようとしているのかはわからないが、逃げなくては。
そう思って立ち上がって書庫から出ようとしたが、後ろから腕をつかまれる。
「痛いっ。離して!」
「お前のっ。フェリシーのせいだろう!」
「え?」
名前を呼ばれて、ようやく気がついた。
私の腕をつかんでいるのはブルーノだ。
最後に会ったのは一年半以上前になるが、別人のようだ。
鍛えられていた身体はふくよかになり、顔は肌荒れしている。
何よりも金に近かった髪がパサついて栗色に見える。
よく見れば顔立ちはそのままだけど、眉間のしわや乾燥した唇。
疲れ切った雰囲気でブルーノだとは気がつけなかった。
「お前が跡継ぎに戻りたいとでも言ったんだろう!
だから、だから……フルールがあんなことを!」