23.次の一手(フルール)
「鏡を見てみたらいかがですか?」
「ええ、誰か!鏡を持ってきて!」
女官が手鏡を持ってきて側妃に渡す。
側妃が奪うようにして手鏡をのぞくと、まぁぁぁという声がもれる。
美しくなったことを喜んでいるのは、その表情からもわかる。
「母上、良かったね。すごく若返ったように見えるよ」
「ええ!すばらしいわ!ねぇ、もっとできないの!?」
「え、それは母上でも難しいかな。
フルールの力はそう簡単には使ってもらえないんだよ」
「え?そうなの?」
おそらくこれから何度も使ってもらえると思っていたのだろう。
側妃が裏切られたような顔をして私を見る。
そんなことはありませんとでも言ってほしいのだろうけど、
申し訳なさそうな顔をして謝っておく。
「申し訳ありません。
残念ながら、加護の力が貯まるまで使えないのです。
一週間に一度使うのがやっとです」
「そうなの……貴重な力なのね」
本当は二日に一度は使える。だが、駒にしている者たちへの褒美もある。
社交界で私を支持してくれている夫人や令嬢たちもいる。
順番待ちしている者がたくさんいるのだから、
側妃にだけこの力を使うわけにはいかない。
表向きにはそうそう使えない貴重な力だと説明しておいて、
その力を手に入れるために何でもするようになってもらう。
貴重なものになればなるほど、周りは私のために何かしようとするだろう。
「一度使えば五年ほど若返りますわね。
ですが、この力を求めてくる者は多いのです。
順番にお願いを聞いていますが、
なにしろ数が多すぎて……困っていますの」
「じゃあ、私にだけ使えばいいじゃない」
意外にも側妃は強欲なようだ。自分だけの力にしておけばいいと。
そんなことをすればどうなるのか、わからないほど愚からしい。
「そんなことをしてしまえば、社交界中の夫人と令嬢に叱られますわよ?」
「私は陛下の妃なのよ?そのくらいいいじゃない」
「試してみましょうか?」
どれだけ自分は尊重されるべきだと思っているのか、側妃はふくれてしまう。
本当にこの女神の加護を独り占めできるとでも思っているんだろうか。
呆れてしまって、一度そうしてみようかという気になる。
「母上、殺されるよ?」
「え?」
「夜会でも嫌味言われているのに、まだ懲りないの?
あの夫人や令嬢たち、全員を敵にする気なの?」
「え……それは嫌よ……」
「ほら、できないことを言うのはやめておきなよ。
妃って言ったって、母上に力なんてないんだからさ」
意外にもエミールは自分たちの立場をわかっているらしい。
いつもへらへら笑っているだけの王子かと思えば、周りが見えているようだ。
だからこそ見返りを求めてくることなく、
私の言うことを聞いてくれるのかもしれない。
「じゃあ、どうしたら私に力を使ってくれるの?」
「そうですわね、私のお願いを聞いてくれたら、
お礼として次に会う時にも力を使いましょう」
「お願い?」
「お願いは、あんなことで良かったのですか?」
「ええ、かまわないわ」
「エミール王子との婚約をお願いするのだと思っていました」
「まさか。エミールは可愛い友人よ。
婚約したいだなんて思ったことはないわ」
「そうなのですか」
側妃と交わした約束が納得いかなかったのか、帰りの馬車でミレーが聞いてくる。
私が何をするつもりなのかミレーには言っていないから、
あのお願いで納得できないのも無理はない。
エミールと婚約なんてしてしまえば、そこで終わりだ。
私は力のない第二王子の妻になるようなつまらない存在ではない。
あくまでもエミールは次に進むために使う駒でしかない。
さきほど側妃にお願いしたのは、
王宮での夜会でエミールにエスコートしてもらうことだった。
夜会で王族のエスコートとなれば王族席に入ることができる。
そうなれば、ようやく王太子に会うことができる。
王太子に会うことさえできれば、王太子は私を選ぶだろう。
この国で私以上に美しい令嬢はいないのだから。
結婚してしまう前に、婚約者を交代してもらわなくてはいけない。
……唯一の不安はハルト王子が私に冷たかったことだろうか。
私の美しさが武器にならない人間がいるというのはわかっている。
だが、感情の衰えた年老いたものだけだと思っていたのに。
同じ年の男性にあんな風にあしらわれるなんて衝撃だった。
王太子までハルト王子と同じように効かない者だった場合は、
その時は別な対応をしなくてはいけなくなる。
できるかぎり、面倒なことはさけたいけれど。
「王宮の夜会はとても華やかなのでしょう?」
「ええ、王宮での夜会は年に一度ですからね。
令嬢も夫人も一番いいドレスを着て出席します。
婚約している令嬢は婚約者の色の首飾りをつけ、
結婚している夫人は髪を結いあげて夫の色の耳飾りをつけます。
その宝飾品の豪華さも競い合うのですわ」
「ふぅん。首飾りと耳飾りねぇ。私には装飾品なんていらないけど」
「それはもう。フルール様はそのままで美しいのですから。
フルール様の美しさにかなうものなんて、どこにもいませんわ」
ミレーの言葉にもっともだと頷いて、ドレスをどうしようかと考え始める。
エミールは婚約者ではないから、色を気にしなくてはいけないけれど、
私もエミールも金髪青目のために色が重なってしまう。
他の色を選ばなくてはいけないとなると、何色にしようか。
そういえば、ブルーノのこと忘れていたわ。
先日もお茶会用のドレスが届けられていたけれど、一度も袖を通していない。
毎日送り迎えしてくれているけれど、そろそろ顔を合わせるのも嫌になってきた。
そうだ。これからはエミールに送り迎えしてもらおう。
そうすれば側妃に力を使う回数も増えるかもねと言っておけば大丈夫だろう。
「ミレー、帰ったら離宮に手紙を出しておいて。
明日からエミールが私の送り迎えをするようにと」
「かしこまりました」