22.離宮でのお茶会(フルール)
王宮の敷地内にある小さな離宮は側妃宮とも呼ばれ、
側妃であるカルラ様と第二王子エミールが住んでいる。
国王陛下が側妃を娶った時からカルラ様は離宮に入れられたため、
当時からいろんな噂が流れていた。
王妃であるコレット様の力が強いため側妃は王宮に住むことが許されない、
側妃の生家が伯爵家で力がないため王妃に遠慮して離宮に住んでいる、
陛下から寵愛されていないため離宮で十分だと判断された、など。
どれをとっても側妃が下に見られているような内容だった。
そもそも側妃は評判の良くない令嬢だったらしい。
見た目は妖精のように美しいが、礼儀がなっていない。
高位貴族に近づきすぎてはしたない、そういう評判だった。
それがどうして側妃になれたのか、疑問に思うものも多かった。
側妃になって一年もしないうちに第二王子であるエミールを出産したが、
それでも王宮に迎え入れられることはなかった。
今でも他の王子とは違い、エミールは離宮から学園に通っている。
こうして離宮に呼ばれるのは何度目だろうか。
エミールの私室や中庭でお茶をして帰ることはあったのだが、
一度も母親であるカルラ様に会うことはなかった。
その度にエミールにせっかくだからお母様に会いたいわとお願いしていた。
昨日、エミールから「母上が会ってもいいって」と言われ、
ようやくカルラ様と一緒にお茶を飲む機会を得たのだが。
「失敗したかもしれないわ」
「フルール様?どうかしましたか?」
「なんでもないわ」
離宮に来る際のお供の侍女はミレーに決めている。
侯爵家の侍女の中でも元伯爵令嬢だったミレーは便利な存在だ。
顔に傷ができるまでは侯爵家に嫁ぐ予定だっただけあって、
貴族の血縁関係や社交界の噂を良く知っている。
本当なら、私がこんな苦労をする予定ではなかったのに。
王太子の婚約者候補になれなかったことで、使える駒が必要になってしまった。
そのためミレーをフェリシーから奪ったのだが、思った以上に使える。
王太子が婚約者候補を集めずに婚約してしまったことで、
王族に会える機会がなく、将来の計画がうまくいかなくなった。
そのやつあたりでフェリシーからブルーノを奪ったことは反省している。
あれがなければ、他の方法も取れたのにと思うと残念でならない。
まぁ、悔しがるフェリシーの顔は見もので、それは楽しかったのだけど。
こんなに面倒なことになるなら、ブルーノに手を出すんじゃなかった。
自分の女だとでも思っているのか、べたべたしてくるし、口うるさい。
B教室だったことを口実にお父様に言って遠ざけてもらったけれど、
何度もエミールと距離が近いことを責められている。
本当にめんどくさい。
ブルーノと婚約してからうまくいかないことが増えてきたように思う。
加護の力が弱くなったように思うし、力が貯まるまで時間がかかるようになった。
前はいくらでも使えたし、力の加減もできたのに、今はできない。
いったいどういうことなのかと焦る気持ちもあったけれど、
私の美しさに変わりはない。たまたまそういう時期なのだと思うことにした。
だけど、うまくいかないことは学園に入学してからも続いていた。
王太子に会う機会を作ろうと思ってエミールに近づいたのに、
エミールは王太子とは仲が良くないといって会わせてくれない。
じゃあ、王妃が産んだ第三王子に近づこうと思ってフェリシーに命じたのに、
脅したのが聞かれてしまって二度と関わるなと言われてしまう。
仕方なくエミールとの仲を深め、王宮に出入りできるようにと思っても、
エミールは離宮に住んでいて王宮に上がる許可が下りていないという。
思っていた以上にエミールが使えない。
側妃は王宮に上がることもあると聞いて、それなら側妃を使おうと思ったのだが、
離宮のみすぼらしさを見て後悔し始めていた。
「よく来てくれたわね。エミールから聞いて会いたいと思っていたのよ」
「お招きいただいて光栄ですわ」
にっこり笑って返したものの、側妃の微笑みは作り笑顔だとすぐにわかった。
息子に何度もお願いされたから仕方なく私に会ったというところかしら。
まぁ、そうよね。この手の夫人は私のことが嫌いなはずだもの。
三十も後半になると、おしろいでは隠せないシミやしわが目立ってくる。
小柄で可憐で妖精のようだといわれた容姿も、衰えが目立つようになれば悲惨だ。
いつまでも美しくいられるなんて、そんなものは女神の加護をもつ私だけの特権だ。
「……本当に美しいのねぇ」
「ふふ。ありがとうございます」
嫉妬しながらも私の美しさを認めないわけにはいかない。
そんな心の苦しさが隠せない側妃に、エミールが無邪気に笑う。
「そうでしょう、母上。フルールは本当に美しいんだ。
なんたって、女神の加護を持っているんだから!」
「まぁ、女神の加護ですって!本当に?」
「ええ。本当ですわ」
「じゃあ、ずっとこのまま美しさが続くのでしょうね……」
さすがに笑顔でいるのが苦しくなったのか、表情が消えていく。
自分はもう年老いて、これ以上美しくなることはない。
それにくらべて、私はまだ十六歳でこれからも美しくいられる。
いいえ、これ以上に綺麗になる。
隠せずにため息をついてしまった側妃に、優しく語りかける。
「女神の加護というのは、美しくいられるだけではないのですよ?
加護の力を使って、他人を美しくさせることも可能なのです」
「なんですって!?」
「側妃様は、この侍女に見覚えありませんか?
元は伯爵令嬢で、侯爵家に嫁ぐ予定でした。
馬車の事故のせいで顔に大きな傷が残り、婚約は解消になりました」
私が後ろを見てミレーの説明を始めると、
ミレーが少しだけテーブルに近づいて顔が見えるように髪を耳にかけた。
その頬には一年前までは大きなあざが残って、とても醜かった。
私の力で治してあげたから、その頬はつるんとして傷一つない。
「まぁ、あの時の令嬢なの!?
あの事件は有名で、なんてかわいそうなのと思って覚えていたわ。
まさか、本当に美しくすることができるの?」
「ええ、できますわ」
「……それを私にもしてちょうだい!」
「ええ」
今日は最初からそのつもりで来た。側妃に近づいて両頬に手をかざす。
白い光に顔が包まれ、少しずつ肌のしわが消えていく。
さすがに若者のようにというわけにはいかない。だが、数年分は若返ったはずだ。
「鏡を見てみたらいかがですか?」