20.変化
屋敷の離れに戻ったのはいつもの時間だったが、
部屋に入ると中でミランが待っていた。
「おかえりなさいませ」
「え?ミラン?どうしたの?」
「フルール様からの指示です。
フェリシー様がいない間に部屋をめちゃくちゃにしてきてとのご命令でした」
「え?フルールの?」
昼間の報復だろうか。私がいない間にめちゃくちゃにしておけとは。
何か言われても自分のせいじゃないと言い逃れするために侍女に命じた?
だが、部屋はいつも通りだった。
むしろ綺麗に掃除されている。もしかして、ミランが掃除してくれた?
「ミラン、めちゃくちゃにしてこいって言われたんじゃないの?」
「ええ。ですから、いらなくなった服とか本とかありませんか?」
「小さくなって着られなくなった服ならあるけど、これでいい?」
この一年で少し成長したのか、胸のあたりがきつくなってしまって、
フルールからお下がりでもらったドレスが着られなくなっていた。
その中の一枚を取ってミランに渡すと、
どこから出してきたのかハサミでドレスを切り裂いていく。
「何しているの?」
「部屋をめちゃくちゃにした証拠に、このドレスを持ち帰るのです」
「あぁ、そういうこと?でも、そんなことしていいの?」
フルールの指示に従わずに、従ったように見せるというのは、
私としてはとてもありがたいけれど、ミランは大丈夫なのだろうか。
心配して聞いたら、ミランはこれが仕事ですからと微笑んだ。
「明日以降、フルール様に何か聞かれたら、
できるだけ悲しそうな顔をしてください」
「わかったわ。悲しくて悔しい、って顔しておく。
ありがとうね、ミラン」
「いいえ、それでは失礼します」
ボロボロになったドレスを手に、ミランは部屋から出て行った。
どうしてミランがこんなことをしてくれるのかはわからないけれど、
報復がこれで済んだのであれば良かった。
その後はララが食事を運んできてくれた以外は誰も来ず、
何もなく無事に一日が終わった。
三日後くらいに学園の廊下でフルールとすれ違ったので、
悲しそうな顔でフルールを少しだけにらんでみた。
フルールは勝ち誇ったような笑顔で去って行ったので、これで大丈夫だと思う。
少しだけ気になったのは、フルールの隣にはまたエミール王子がいた。
教室が違うとはいえ、ブルーノはどうしたのだろうか。
「あんたの妹とエミール、婚約間近だって言われてるわよ」
「え?フルールがエミール王子とですか?」
あの一件以来、ローゼリア様に話しかけられることが増えた。
と言っても、たいていはフルールに関することだった。
ローゼリア様はフルールがお茶会の主役になることが気にくわないらしく、
休日明けになると私のところへ来て愚痴を言っていく。
そのため、今まで知らなかった情報が入ってくるようになっていた。
「あの……フルールには婚約者がいるのですが」
「え?知らないわよ。誰よ」
「アレバロ伯爵家のブルーノです。同じ学年のB教室にいます。
教室が違うので一緒にいないのだと思います」
「ブルーノ?あぁ、聞いたことがあるけど、あまりぱっとしない男ね」
「え?あ、そうなのですか」
フルールはブルーノのことを素敵だと褒めていたけれど、
ローゼリア様から見るとぱっとしない男らしい。
背が高くて身体も鍛えていて、金髪なのに。
フルールに言わせれば水色の目が惜しいらしいけれど。
「あの女とエミールが並ぶとお似合いだっていうのは私も思うもの。
乗りかえたとしても不思議じゃないわね」
「ブルーノとは婚約解消して、エミール王子と婚約するということですか?」
「まぁ、ありえなくはないわよね。侯爵家に婿入りしてもおかしくないもの」
「婿入りですか?」
フルールが王族入りするのではなく、エミール王子が侯爵家に婿入り?
そう思って聞いたら、ローゼリア様は声をひそめた。
「ここだけの話よ」
「はい」
「陛下が、エミールの父親じゃないかもしれないんですって」
「ええ!?」
「うるさい。静かにして!」
「す、すみません」
エミール王子が国王陛下の子どもじゃないかもしれないって、それって大問題では?
あまりのことに驚いてしまったら、ローゼリア様に叱られる。
ローゼリア様はため息をついて、小声で話を続けた。
「あくまでも、そういう噂があるって話よ。
まぁ、アルバンとハルトには神の加護がついたのに、エミールには何もない。
だから王族の血をひいていないんじゃないかって話がでたのよ。
見た目の美しさは側妃様に似ただけでしょうしね」
「神の加護が……そうなのですか」
知らなかった。ハルト様にも神の加護があるんだ。
私のことを話していないのにもかかわらず、知らなかったことに胸が痛む。
神の加護を公表する人もいるけれど、公表しないこともある。
他国から狙われることもあるから、公表しない理由はよくわかる。
私が知らなくても当然なのに、知らなかったことが少し悲しい。
いつの間にか、私がハルト様の一番近くにいるような気がしていた。
あれだけ避けられているローゼリア様が知っているのに、私は知らなかった。
そのことが悲しくて悔しい。
隠し部屋で一緒に過ごす時間が増えていく間に、思い上がっていたのかもしれない。
ハルト様の特別になれたわけでもないのに。




