19.助言
「ちょっと、いったいどういうことなのよ!」
「どういうことと言われましても?」
授業が終わった瞬間、ハルト様は教室から出て行く。
もう少ししたら私も隠し部屋に行こうと思っていたら、
その前にローゼリア様に捕まってしまう。
微笑んでいれば可愛らしい令嬢なのに、怒っている顔しか見ていない気がする。
「カフェテリアにハルトが行ったそうじゃない!
あなたがハルトに話しかけなかったから安心していたのに、どういうことよ。
いつのまにお願いしたのよ!」
「していません!殿下に話しかけるなんて、しておりません。
お願いだなんて、できるわけがありません!」
「じゃあ、どうしてよ」
「わ、私にもわかりません」
話していないと言ってもローゼリア様は納得してくれなかった。
カフェテリアで何があったのか、事細かく聞き出され、仕方なく話す。
「ふぅん。あなた、妹に脅されたの」
「………はい」
どうせ信じてくれないだろうと思ってうなずくと、
意外にもローゼリア様はあっさりと信じてくれた。
「まぁ、あの女は性格悪いものね。姉妹がいるのも大変なのね」
「え?」
「え?何驚いているの?」
「いえ、あの、いつも周りの者はフルールの方を信じるので、
私の話を信じてもらえたのが驚きで」
正直に話したら、ローゼリア様は大げさにため息をついた。
「あのね、そういうのも貴族令嬢としてのたしなみなのよ。
いかに自分を良く見せるか、相手を貶めるか。
あの女なら姉を貶めるくらい簡単にするでしょうね」
「そうなのですか」
「あなた長女でA教室なのに、婚約者はいないし、社交もしていないじゃない。
家で大事に扱われていないことくらい、誰だってわかるわよ。
それをわかった上で、あなたを悪く言っているのよ。
信じていなくても、そのほうが都合がいいから」
「都合がいいから……」
そうなのか。
お父様もブルーノも、わかっているのに私の味方になってくれないのは、
そのほうが都合がいいからだったのか。
だったら、フルールが間違っていたとしても問題なかったんだ。
「あなたね、もう少しちゃんとしなさいよ。
搾取されるのに慣れ過ぎているわ」
「え?」
「ちゃんと自分がどうしたいのか言わなきゃ、誰も理解してくれないのよ。
もう少し自分の意見をもちなさいよ」
「……はい」
なんだかローゼリア様が私のために言ってくれているように思えて、
素直にうなずいた。それを見て、またローゼリア様はため息をついていたけれど、
気が済んだのか教室から出て行った。
数人の令息たちが私たちの会話を聞いていたようだけど、
それについてどう思うのだろうか。やはり、フルールの方を選ぶのだろうか。
人に会わないように図書室に向かい、隠し部屋に入ると、
ハルト様と目があった瞬間、頭を下げられた。
「え?」
「……悪かった」
「えええ?」
ハルト様に頭を下げられるなんて。
慌ててやめてもらうようにお願いすると、ハルト様は気まずそうにまた謝る。
「あの女が脅しているのが聞こえて、俺が行ったらまずいってわかっていたんだが、
我慢できずに文句を言いに行ってしまった。
これで何かあったら俺のせいだ。悪かった……」
「あれ、本当に聞こえていたんですね。すごく小さな声だったのに」
「唇の動きでだいだい何を言っているかわかる。
貴族は影で本音を言うからな。こそこそ話していると読んでしまうんだ」
「あぁ、そういうことですか。聞こえていたわけじゃないんですね」
あの距離で聞こえるのかと思ったが、見えていただけのようだ。
唇の動きで会話を読むというのは知っていた。
実際にやっている人に会うのは初めてだが、王族としてのたしなみなのだろうか。
「あの女に何かされるよな?大丈夫か?」
「されるかもしれませんが、たいして問題は無いと思います」
「本当か?」
「何かあれば侯爵家に警告すると言いましたよね?
そうなればお父様も下手なことはできないと思います」
「そうか。ならいいが。もし何かあれば言ってくれ」
「はい。あぁ、お茶を入れますね」
ほっとしてソファに座ったハルト様にお茶を入れる準備をする。
何もされないということはないだろうが、お父様に叩かれることはないと思う。
頬が腫れたまま学園に来れば何かあったと知られることになるし、
そうなれば非難されるのはフルールの方だ。
フルールの評判を落とすようなことはしないだろう。
お茶をハルト様の前に置いて、私も向こう側のソファに座る。
テーブルの上には焼き菓子が用意されていた。ハルト様が持って来たらしい。
「あの一件のせいで昼を食べ損なった。フェリシーもそうだろう?
腹が空いたままで仕事する気にはならん。一緒に食べよう」
「あ、ありがとうございます」
王宮で出されるお茶菓子が有名なのは知っているが、食べるのは初めてだ。
さっくりとしたガレットはバターがたっぷりで美味しい。
おもわずうっとりしてしまったら、ハルト様がくくっと笑うのが聞こえた。
「え?」
「悪い。フェリシーもそんな顔するんだな」
「そんな顔ですか?」
「ああ。美味しくてうっとりしていた。そんなに美味しかったのか?」
「………はい。こんなに美味しい焼き菓子は初めてで」
「そうか。こんなに喜んでもらえるのならもっと早く持って来れば良かったな。
この部屋には常備させておくことにしよう。好きなだけ食べたらいい」
「ありがとうございます」
この部屋に焼き菓子を常備?と思ったけれど、茶葉が新しいものになっていたり、
部屋が掃除してあったりしているのを考えると、
私たちが授業でいない間に誰かがこの部屋に来ているのだろう。
私が焼き菓子を食べるたびにハルト様がうれしそうに笑うから、
なんとなく食べにくいと思いながらも、あまりの美味しさに手が伸びてしまう。
この日はあまり勉強する時間も取れず、ただお茶をするだけになってしまった。