18.カフェテリアでの出来事
返事も聞かずにフルールは去っていった。
自分の席に戻ると、ローゼリア様がハルト様に何か言っている。
「ちょっと、ハルト!行かないでしょうね!」
「うるさいな」
「なんなの!あの女!」
「もう授業が始まる。黙れよ」
そんなやり取りが聞こえたけれど、怖くて横は向けなかった。
ハルト様にもローゼリア様とも関わることなく、午前中の授業は終わる。
授業が終わるといつものようにハルト様は教室から出て行く。
ローゼリア様もそれを追いかけて教室から出て行った。
私のことを気にしていた令息たちも、
私がハルト様に話しかけなかったのを見て察したようだ。
いつもならここで昼食を食べて、隠し部屋へと向かう。
だけど、食欲なんてない。昼食を取りだして一口だけ食べて仕舞う。
どうしようか。とりあえずカフェテリアに行って謝るべきか。
連れて行く約束はしていないけれど、言っても聞いてくれないだろう。
仕方なく立ち上がり、カフェテリアへと向かう。
初めて入るカフェテリアは人が多かった。
それでもキラキラ光っているのが見えて、居場所がすぐにわかる。
テラス席に金髪のフルールと、もう一人金髪の令息が座っている。
ブルーノかと思ったけれど、違った。
ブルーノよりも中性的な美しさの令息。しかもはっきりとした青目。
同じ金髪青目のフルールと並んで座っていると、対で作られた陶磁人形のように見える。
その周りには令嬢や令息が集まっていたけれど、二人を囲むように座っている。
私がテラス席に近づくと、フルールが気がついて微笑む。
中身を知らなければ見惚れてしまうような優しい微笑みだった。
「お姉様、待っていたわ」
「フルール、あのね」
「紹介するわね、エミールよ」
「へぇ、本当に似ていないんだな。銀じゃないな、灰色の髪?」
あぁ、この金髪青目の令息がエミール王子なのか。全然ハルト様に似ていない。
令息にしては小柄なのか、背の高いフルールとそれほど変わらない。
顔のつくりは美しいが、私をじろじろ見ると顔をゆがめるようにして笑う。
「お初にお目にかかります、殿下。フェリシー・ラポワリーと申します」
「ふぅん。外見もつまらないけど、中身もつまらなそうだな。
さすが、令嬢のくせにA教室なだけある」
「あら、エミール。こんなのでも私の姉なのよ。
意地悪しないであげて?」
「ははっ。フルールはこんな女にも優しいなぁ。
それで、ハルトを連れて来るんじゃなかったのか?」
そうだった。それを言うために来たんだった。
なんとかフルールに納得してもらわなくてはいけない。
「あの、もうし」
「俺に何の用があって呼び出した」
「え?」
私のすぐ後ろから声がしたと思ったら、ハルト様がいた。
普段見たこともない怒った顔で、ローゼリア様に対するよりも冷たい声だった。
「あら、すごいじゃない。フェリシー。
ちゃんと連れてきてくれたのね」
「何の用で呼び出したと聞いている」
「え?あぁ、連れてくるようにお願いしたのは私よ。
エミールだけじゃなく、あなたとも仲良くしたくて」
「お前は馬鹿なのか?」
「え?」
ハルト様が来てくれたことがうれしかったのか、笑顔で話しかけてきたフルールに、
ハルト様はにらみつけるように馬鹿なのかと言った。
それにはエミール王子も周りのものたちも表情をかたまらせる。
「王妃と側妃の仲の悪さも知らないなんて、世間知らずなのか?
あぁ、王子を呼びつけるくらいだからな。常識もないんだな」
「いえ、あの、呼びつけるなんて。お願いしただけでしょう?」
「姉を脅すようなことを言って、お願いだ?ふざけているのか?」
「脅してなんてっ」
「お前、言ってたじゃないか。連れて来なきゃ、ひどい目にあわせるわよ?って」
あの距離で聞こえていた?あんなに小さい声だったのに。
フルールは一瞬顔を青ざめたが、すぐに悲しそうに微笑む。
「まぁ、またお姉様が意地悪を言ったのね?いつもそうなの。
私はお姉様と仲良くしたいのに、お姉様は私を悪く言って……」
「ハルト、フルールのせいじゃない。どうせそこの不細工が何か言ったんだろう。
フルールはいつも姉にいじめられているんだ。
家庭教師をやめさせられたせいでC教室にいるんだぞ。
かわいそうだと思わないか?」
エミール王子の言葉を聞いた者たちが驚きの声をあげた。
まぁ、なんてひどい。だからC教室に?姉はA教室らしいぞ。
妹には家庭教師をつけずに自分だけ勉強を?
あの美しさを妬んだんだろうか。みっともない。
もうここから逃げ出してしまいたい。
何を言っても、どうせ全部私のせいになる。
それくらいなら逃げ出して……
「なんだ、性格が悪いだけじゃなく、嘘つきなのか」
「は?」
「エミールは知らなかったのか?この学園の基準。
A教室とB教室は学力の差だが、C教室は違う。
C教室は家庭教師から勉強する気がないと判断された者だけだ。
その妹が意地悪されて家庭教師を辞めさせられたというのが本当なら、
学力が足りなくてもB教室に入れられていただろう」
「なんだと。C教室を馬鹿にするつもりなのか?」
「事実だ。学園の教師に聞いてみたらいい。本当だと言うだろう。
勉強する気がなかっただけのくせに、姉のせいにして逃げる。
脅しておいて、姉の悪口だと平気でうそをつく。
俺はフェリシー嬢からは一度も話しかけられていない。
教室で脅しているのが聞こえたから文句を言いに来たんだ」
「……まさか、本当に聞こえていた?」
ハルト様の低い声は大声じゃないのに、カフェテリア中に聞こえていた。
静まり返ったカフェテリアにハルト様の声とフルールのつぶやきが響いた。
私の悪口を楽しそうに言っていた者たちが気まずそうに下を向く。
もしかして、私が何も悪くないとわかってもらえた?
「人を脅して俺を呼び出すような奴と関わる気はない。
二度とこんなことをするな。
あぁ、もし姉のほうに報復するようなことがあれば侯爵家に警告する」
「そんなことしないわよ!」
「それが事実ならいいがな。もう二度と俺に関わるな」
ハルト様はフルールに警告するとカフェテリアから出て行こうとする。
そのついでに腕を引っ張るように連れ出され、驚きながらもハルト様についていく。
「え?え?」
「あのままカフェテリアにいたら何を言われるかわからないだろう。
フェリシーはこのまま教室に戻れ。
何か他の奴に聞かれたら、俺とは話していないとだけ言っておけ」
「あ、はい。わかりました……」
訳がわからないまま腕を離され、ハルト様はどこかに行ってしまう。
もうすぐ授業が始まる時間になっているのに気がついて、A教室へと戻る。
あとから戻って来た令息たちが私に何か聞きたそうにしていたが、話しかけられることはなかった。
授業が始める直前、ハルト様とローゼリア様が教室へ入ってくる。
なぜかローゼリア様ににらまれたが、ハルト様はいつも通りの無表情だ。
いったい、どういうことなんだろう。