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16.心配してくれる人

次の日、私が隠し部屋に行くと、もうすでにハルト王子は部屋にいた。

この部屋で食事をとっていたらしい。

ソファにゆったりと座り、テーブルの上には食べられた後の食器が残っていた。


それを片そうとすると止められる。


「自分でできるからそういうことはしなくていい」


「そうですか……お茶はお入れしましょうか?」


「お茶……入れられるのか?令嬢なのに?」


さすがにハルト王子は自分でお茶を入れることはしないらしい。

驚いているが、お茶を飲みたかったのか目が輝いている。


「入れても問題ないのであれば入れます。

 この辺の茶器などは使ってもかまいませんか?」


「ああ、好きに使ってくれていい。

 お茶が入れられるように準備してあるはずだが、

 俺が侍女をここに入れなかったから一度も使っていないんだ」


「侍女を雇う予定だったんですか」


「あぁ、だが、なかなか信用できる侍女っていなくてな……。

 いつローゼリア側についてしまうか心配しながらだとお茶も楽しめない」


「あぁ、そういうことですか。

 でも、私が入れるお茶は心配しなくていいんですか?」


ローゼリア様側についてしまう心配、私にはしなくていいんだろうか。

そう思って真面目に聞いたのに、面白そうに笑われてしまった。


「そんな心配するくらいなら、部屋の鍵を渡したりしないよ。

 いつローゼリアを連れて来られるかわからないのに」


「それもそうですね……?」


言われてみれば、このネックレスがあればローゼリア様を連れてくることもできる。

いや、そんなことする気はないけれど。信用されている理由がよくわからない。

ハルト王子と自分の分のお茶を用意して、ハルト王子の前にお茶をおく。


私は離れた場所にあるテーブルに行こうと思ったが、

ハルト王子に座りなよと向かい側のソファを指さされた。

お言葉に甘えて向かい側に座り、私もお茶を飲むことにした。


「この部屋で困ったことはない?」


「困ったことですか?無いですね。

 昨日は勉強がはかどって快適でした。使わせていただいて助かります」


「それは良かった。昨日は勉強の邪魔をしてしまったからな。

 ずっと書庫で真面目に勉強していたのはわかっている」


ここで、昨日から引っかかっていたのが何かわかった。

ハルト王子、私が試験問題から目を離さなかったと言っていた。

王宮女官の試験問題を解いていたのに気がつかれている。


「あの……殿下にお願いがあります」


「ん?俺にお願い?」


「私が書庫で勉強していたのを見て、

 女官の試験問題を解いていたのに気がつかれたと思いますが、

 ……誰にも言わないでもらえませんか?」


「あぁ、そのことか。いいよ」


「え?」


あまりにもあっさりと受け入れられて驚く。


「侯爵家の長女であるフェリシーが王宮女官の試験問題を、

 必死に解いているのを見た時点で、何かあるんだろうとは思っていたよ。

 それに、叔父上からもフェリシーのことを頼まれているんだ」


「叔父上?」


「ヨハン公爵だ。教会で会ったのを覚えているか?」


ヨハン公爵様!私に養女にならないかと言ってくれた公爵様。

両親が間違っていると思っていたら、自分のところに来るようにとも言ってくれていた。

あの優しい穏やかな目を忘れたことなんてない。

自分の中で一番の優しい思い出だと思っている。


「もちろん覚えています。とても良くしてくださいました」


「本当に?俺は叔父上からは何もできなかったと聞いていたのだが」


「馬車で家まで送ってもらったのですが、その時に養女にと誘ってもらえたのです。

 そして美しさが正しいとはかぎらない、私の誠実さのほうが好ましいと言ってもらえて。

 そんなことは誰にも言ってもらえなかったので、今でも大事にしている思い出です」


実際に手を差し伸べてもらっても、その手を取ることは難しかった。

両親の顔をつぶしてしまうことになるし、そうなればフルールに何を言われたかわからない。

婚約者のブルーノのことも裏切るようで、そのままでいいと思ってしまった。


「そうか。叔父上のしたことは無意味ではなかったんだな。

 話したらほっとすると思う。ずっと気に病んでいるようだったから」


「そんな。私なんて気にしてもらうような」


「フェリシー。言葉は正しく使うべきだ」


「え?」


「自分を傷つけるような言葉を自分で言うべきではないよ。

 フェリシーを心配している叔父上も傷つけることになる」


ヨハン公爵様を傷つけることになる?

本当に私のことを心配してくれているのだろうか。

あの優しい公爵様なら本当かもしれない。


「申し訳ありません……」


「いや、謝らなくていい……あぁ、すまんな。

 どうしても俺は言い方がきつくなってしまうようだ。

 叱りたいわけじゃないんだ……。

 俺もフェリシーに自分なんてと言ってほしくなかっただけだ」


「え?」


「授業も書庫でも、いつも真面目に勉強している。

 その努力はちゃんと評価されるべきだし、誇っていいと思うんだ。

 フェリシーはちゃんと価値のある人間だ。俺や叔父上はそう思っている。

 だから、もう少しだけ自分を大事にしようと思ってくれないか?」


「あ、ありがとうございます……頑張りますね?」


「あぁ、頑張らなくていいけど、うん」


ちょうどお茶も飲み終わったところで、ハルト王子は仕事を始めるようだった。

机の上に分厚い本を何冊か積み上げている。歴史の本かな。


私も茶器を片付けてから、閲覧用のテーブルに向かう。

ハルト王子が本をめくる音や、私がノートに答えを書く音だけが部屋に響く。

ただそれだけなのに、落ち着くような気がする。


気がついたら部屋の外は暗くなっていて、慌てて帰る準備をする。

ハルト王子はまだ残って仕事をするらしい。


「それでは、帰ります。ありがとうございました」


「あぁ、気をつけて帰ってくれ。また明日な」


「はい」


また明日なんて、初めて言われた。

何か約束をしたわけでもないのに、わくわくするような気持ちだった。




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