11.新しい道
「……お父様。話は理解しました」
「わかればいい。もう部屋に戻っていいぞ」
「待ってください。一つお願いがあります」
「お願いだ?お前が?」
私の発言を生意気だと思ったのか、一気に機嫌が悪くなる。
威嚇するように大きな声を出されると怖くて、もういいですと言ってしまいそうになる。
だけど、ここで言わなければもう二度と聞いてもらえない。
「フルールがこの家を継ぐなら、私は嫁ぐことになると思います」
「ん?あぁ、そうか。そうなるか?」
今さら私の行き先を決めなくてはいけないという当たり前のことに気がついたのか、
お父様は顔をしかめた。どうせ持参金がもったいないとでも思っているんだろう。
持参金を払わずにすむ嫁ぎ先も無くはないが、
年の離れた後妻だとかそういうあからさまな所へ嫁がせるのは、
高位貴族の私では認められない。陛下に許可を求めた時点で咎められる。
それを考えたら、私の嫁ぎ先なんてあるわけない。
「ですが、私のようなものは持参金を多く支払わなければ嫁ぎ先がないと思います」
「お前のために高い金を出す気はないぞ!」
「ええ、ですから。嫁ぎ先を自分で探してもいいでしょうか?
持参金がなくても求められる嫁ぎ先を」
「は?」
「学園の卒業までに嫁ぎ先を見つけられなかった場合は、
この侯爵家から籍を外されてもかまいません。
おとなしく家から出ていくとお約束いたします」
「なんだと?持参金がなくても求められる嫁ぎ先?
そんなものお前に見つかるわけないだろう!」
持参金がなくても求められるのは、フルールのように美しかったり加護があったり、
嫁として来てもらいたいと向こうから熱望される時だけだ。
私のようなものが熱望されるわけがない。そう思われても当然だ。
ダメだったかとあきらめかけた時、フルールが楽しそうに笑った。
「いいんじゃないの?お父様」
「フルール。だが、見つかるわけないだろう」
「だからこそ、面白いわ。
フェリシーが結婚相手を必死になって探すのでしょう?
楽しそうじゃない」
ふふふと笑うフルールの言葉に、お父様も考え直したらしい。
「そうか、フルールがそういうなら許してやろう。
学園の卒業式の日、約束通り出て行くんだぞ?」
「わかりました。ありがとございます。
それでは、私は部屋に戻ります」
ぺこりと頭を下げ、応接室から出て離れに戻る。
アレバロ伯爵とブルーノとは視線も合わなかった。
それでも不思議と涙は出なかった。どこかでわかっていたのかもしれない。
フルールと会った時点で、もうブルーノと結婚することはないのだと。
離れに戻ってぼんやりしていると、ララが食事を運んできてくれた。
一緒にベンも部屋に入ってくる。
「フェリシー様、旦那様から話を聞きました。
どうしてあんなお約束をしたのですか」
「心配してくれたの?ベン」
「もちろんです。今まで領主になるためにあれだけの努力をしてきたというのに。
旦那様はきっと後悔されるでしょう。
ブルーノ様はもう領主になる勉強をしていないようです……」
「そう。やっぱり勉強するのはやめてしまったのね」
毎週フルールとお茶しているだけで勉強していないと聞いた時から、
もしかしたらそうじゃないかと思っていた。
アレバロ伯爵にはそれほど本が置いていない。
領主になるための勉強を伯爵家でしたとしても、それは伯爵家の領主になる勉強だ。
侯爵家の領主とは全く違うと言ってもいい。
「フェリシー様はどうするおつもりなのですか?」
「嫁ぎ先を探す気はないわ。そう言えばお父様たちに気がつかれないと思って。
学園を卒業する時に王宮女官の試験を受けようと思うの」
「王宮女官ですか?たしかにフェリシー様なら合格するかもしれませんが」
「難しいのは承知よ。でも、それしかないと思うの。
嫁ぎ先なんてあるわけない、平民として生きるのも難しい。
家を出て生きていくには、それしかないと思うの。
だけど、正直に話せば邪魔されてしまいそうでしょう?」
普通なら王宮女官の試験に合格するなんて喜ばしいことだと思う。
でも、この家で私が出世することを望んでいる者なんていない。
目指しているとバレてしまったら、どれだけ邪魔されることになるか。
「……フェリシー様」
「だから、ベンにはお願いしたいの。
王宮女官の試験勉強に必要な本を集めてもらえる?
そして、今まで使っていた教科書は処分してもらっていいわ」
「かしこまりました。急いで手配いたします」
「うん、ありがとう。というわけで、ララ。これからもよろしくね?」
「え?」
「本邸の侍女たちに知られるわけにはいかないのよ。
だから、これからも私の世話はララにお願いするわね」
「はい!任せてください!」
「ありがとう」
ララの元気の良さにつられて、少しだけ前向きになれた気がする。
ベンとこれからのことを相談できたのもあるかもしれない。
もうラポワリー侯爵家とはお別れだ。
領主にならないし、家族にもブルーノにも捨てられた。
ここにいられる時間はあと四年とちょっと。
絶対に王宮女官の試験に受からなくてはいけない。
次の日にはベンは私の部屋にある不要な教科書を運び出していった。
三日後には鍵付きの本棚と王宮女官の試験に必要なものがそろえられていた。
あとは自分のやる気次第。
今までの勉強とは違うために読み進めるのに時間はかかるが、
根気よく勉強するしかない。
十四歳の誕生日は、もう晩餐にも呼ばれなかった。
少しだけ豪華な食事が届けられ、食べたらすぐに勉強し始める。
家族と会えないことなんて、もうどうでもいいと思えた。




