10.呼び出し
ブルーノが離れに来なくなって、もう半年以上過ぎた。
あの後もブルーノはフルールに会いに毎週来ているとララから聞いた。
勉強していたのは初回だけで、後はお茶を飲んで話しているだけらしい。
フルールの勉強の邪魔をしたと責められたのはいったい何だったのか。
……わかっている。
ブルーノはフルールの美しさに心を奪われてしまったんだって。
あんなに一生懸命領主になるために頑張っていたのに、すっかり変わってしまった。
それでも私にできることは勉強することだけだった。
今はフルールに心を奪われているかもしれないけれど、
フルールは高貴な方に嫁がせる予定だとお父様は言っていた。
この国の王太子様が三歳上にいる。
その上、第二王子様と第三王子様が同じ歳なため、
侯爵令嬢の私たちは婚約者候補に選ばれるかもしれない。
おそらくお父様はフルールを王太子様に嫁がせるつもりでいるのだろう。
昔、お母様が自分の髪色が茶色ではなく金か銀だったら、
王子妃に選ばれていたはずなのにと愚痴を言っていたのを覚えている。
金髪青目で女神の加護まで持って生まれたフルールなら、
王太子妃に選ばれてもおかしくない。
そうなればブルーノは私と結婚するしか道はない。
アレバロ伯爵家はブルーノの兄が家を継ぐことが決まっているのだから。
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
だが、二人でソファにならんでいた姿を思い出すたびに不安になる。
たまにベンとララが心配そうに様子を見にくるほかは、
誰も用事がなければ私の部屋に来なくなった。
本邸の侍女は仕事を放棄したのか、私の世話に来ることはない。
必要最低限のことを下級使用人に頼んで生活していたが、
こんなことはいつまで続くのだろう。
十四歳の誕生日のちょうど一か月前。
めずらしく本邸の侍女が私の部屋に来た。
いかにも不機嫌そうな顔でノックして入ってくると、
「旦那様がお呼びです」とだけ言う。
お父様が呼んでいるのなら行かなくてはならない。
侍女についていくと、本邸の応接室へと案内された。
ノックするとお父様の声で返事があった。
中に入ると、お父様とフルールの他に、アレバロ伯爵とブルーノもいる。
これはどういう状況なんだろう。
「あぁ、お前は座らなくていい。話はすぐに終わる」
「はい」
座らなくていい?全員がソファに座っている状況で立ったまま話を聞けと?
座る価値もないと言われたことに悔しさを感じるが、どうすることもできない。
「今日アレバロ伯爵とブルーノ君に来てもらったのは、
婚約についての話をはっきりさせるためだ」
婚約について?口を挟むことは許されず、ただお父様が話すのを待つ。
「この家を継ぐのはフルールに決めた。
そのため、ブルーノ君はフルールの婿になってもらう」
「………え?」
どういうこと?どうしてフルールが家を継ぐことに。
呆然としているとアレバロ伯爵がうれしそうな声をあげた。
「それはすばらしい。良かったじゃないか、ブルーノ!」
「ええ、父上。ありがとうございます」
「いやぁ、こういっては何だが、あの時とは状況が違う。
今のブルーノにフェリシー嬢では少々……
釣り合わないのではないかと思っておりましてなぁ」
ちらりと私を見て言った伯爵の言葉に、かぁっと顔が熱くなる。
たしかに今のブルーノは身長も高く金髪で顔立ちも整っていて……。
私にはもったいないかもしれないけど。
でも、この家を継ぐのは私だったはずなのに、どうして。
「お父様……この婚約は私とブルーノではなかったのですか?」
「なんだ、不満か?」
「いえ、不満とかではなく、確認です。
あの時、正式に婚約したと思っていたのですが」
婚約した相手をそんなに簡単に変更できるのだろうか。
婚約した書類は王宮に提出して陛下の許可を得たはず。
そう思って聞いてみたら、お父様とアレバロ伯爵が鼻で笑う。
「あの時の婚約の書類は、ラポワリー侯爵家を継ぐ娘とアレバロ伯爵家の息子。
そう書いてあった。お前の名前で婚約したわけじゃない。
幼い子供を儀式の前に婚約する場合、よくある婚約方法だ。
授かった加護によって相手を変更することもあるからな」
「儀式前の婚約で本当に良かったです。
名前を書いた婚約だったら、こんなに簡単にはいきませんでした。
俺がフルールと結婚できるなんて、なんて幸運なんだ」
興奮気味に喜んで話すブルーノの言葉を聞いて、
どうしてという言葉はもう出なかった。
家を継ぐのが私ではなく、フルールに変わってしまった理由は、
ブルーノがフルールに恋したからだ。
そして、それをフルールが受け入れた。
フルールがそれがいいと言えば、お父様はなんでも叶えようとする。
もうここで私が何を言ってもくつがえることはない。
それなら私はどうなるの?嫁ぎ先なんてあるわけない。
お父様が探してくれるわけもない。
フルールとブルーノが継ぐこの家に一生いることになる?
ううん、いさせてもらえるわけがない。きっと追いだされる。
「……お父様。話は理解しました」
「わかればいい。もう部屋に戻っていいぞ」
「待ってください。一つお願いがあります」