ぬいぐるみ達の帰還
「点呼! 」
むくりと、黒熊のぬいぐるみが立ち上がって言った。
「点呼! 」
「点呼! 」
それを合図に次々と他のぬいぐるみたちも立ち上がる。
犬や猫や狸や牛、その数30体ほど。その様子は様々できびきびと動く者もいれば、ふらふらと足元がおぼつかない者、起き上がらずピクリとも動かない者もいた。
「3分の2くらいか」
黒熊が言った。起き上がったぬいぐるみは30体ほど。起き上がらなかったものは20体ほど。正確には5分の3だ。
「半分の間違いじゃないかニャ」
それに異論を唱えたのはドラ猫のぬいぐるみだった。ふらふらと足元がおぼつかないぬいぐるみを小突く。小突かれたぬいぐるみは転んでじたばたと動いていたがやがて動かなくなった。
「こいつらは数に入れない方がいいニャ」
「酷いことは止めて! 」
白猫のぬいぐるみが動かなくなったぬいぐるみを庇う。撫でていると動かなくなったぬいぐるみが再び少しづつ動き出す。
「でもそんなやつ連れて行くのは無理じゃないかニャ。こいつらだってあやしいのに」
ドラ猫は今なお「点呼! 」「点呼! 」と繰り返してるネズミのぬいぐるみの頭をはたいた。
「点呼! 」
「ニャ!? 」
はたかれたぬいぐるみはドラ猫を叩き返した。
「何すんニャ! 」
「点呼! 」
また殴るが殴り返される。
「ニャニャニャー!!! 」
暫くそれを繰り返すドラ猫。
「やはり意思があるのは俺達だけか」
そんな2体を見ながら黒熊が言った。
「ポチとちび猫あたりはいけると思ったんだけれど」
白猫はそう言うと茶色い犬と子猫のぬいぐるみを見た。2体は無言でこちらを見つめている。他のぬいぐるみと違い理性は秘めていそうだが喋ることはない。
「おやじ様も喋らないから意思はあるんじゃニャいか? 」
「て、点呼…」
ネズミのぬいぐるみをヘッドロックしながらドラ猫が言った。
「…」
ドラ猫に答えるようにマフラーを付けた犬のぬいぐるみが宙を飛びドラ猫の周りを回る。それに釣られて茶色い犬と子猫のぬいぐるみも宙を舞う。
「やはりこの6体が特別ということか」
「最初に買ってもらいましたからね」
「正確には違うけどニャ。神様のお気に入りの6名ニャ」
他のぬいぐるみでも遊ぶことはあるけれどメインは6体のいずれかだった。6体の誰かが主人公になっていろんな話を紡ぐ。
「だから神様が私たちを捨てるわけがないニャ」
「なんとかして帰らないといけませんね」
白猫がうんうんと頷いた。
「しかし神様の母上が俺達を捨てた以上、先に母上に見つかるわけにはいかん」
黒熊が腕を組んでいった。
「母親が私たちを捨てたのかニャ? 」
「そうだ。もう神様も10歳になるからな。いつまでも俺達で遊ぶのはよくないと言っていた」
「そんな…」
白猫ががっくりと肩を落とす。
「殺すかニャ? 」
「だ、駄目ですよ! 神様はお母さんが大好きです! それなのに殺すなんてこと…」
白猫はドラ猫の過激な意見に目を白黒させる。
「確かに保険金がかかってないと大損ニャ」
「そういうことじゃありません! 」
ドラ猫は白猫の注意などどこ吹く風で言った。
「兎に角、ここが何処ニャのか。家とどれくらい離ニャれているのか。どうやって帰るのか。それが問題ニャ。人間達が見ている間は私たちは動けないし、私達だけでも帰るのは難しいのに余計なお荷物はしょいこめないニャ」
ドラ猫はネズミのぬいぐるみを突き放した。
「て、点呼ぉ…」
ネズミのぬいぐるみが恨みがましそうに言うがドラ猫はプイっと横を抜いてしまった。
「でも出来るだけみんなで帰らないと神様は悲しみます」
白猫がネズミのぬいぐるみを庇う。
「そうですよね? 黒熊様」
「だが、もしかしたら母君が言うように俺達から卒業する良い機会なのかもしれない。古い人形をとっておくと婚期が遅れるとも聞く。大人になる良い機会だ」
しかし黒熊は難しい顔でそう答えた。
ぬいぐるみは神様のことがとても好きだ。だからこそ自分たちの存在が重荷になるのなら捨てられるのも受け入れなければならない。
「それは…」
白猫とて気持ちは同じだ。もっと遊んでいたかったけれど神様もいつか大人になるのだ。
「別に結婚できなくてもよくないかニャ? 現世は魂の修練の場ニャ。その修練で私たちが癒しになるなら必要な存在と言うことになるニャ。現在未婚率は20パーセントを超えているみたいだしどうせ結婚できないなら捨てられ損ニャ」
「お前はいちいちダークなジョークを飛ばすな」
黒熊が呆れたように言った。
「神様は魅力的な人だからきっと結婚できるはずだ」
「10歳でぬいぐるみで遊んでいるのに魅力的かニャ? 不思議ちゃんじゃニャいか? 」
「いいじゃないですか。ぬいぐるみで遊んでいたって…」
『いやそれはよくない』
黒熊とドラ猫の声がハモった。
「もう手遅れってことニャ。一生一緒に暮らすニャ」
「いや、神様はあれでもてるからな。この間も告白されていたが俺達で遊ぶ時間が減るからと断っていた。外面はいいからまだ挽回できる」
「黒熊様までなんだかダークなこと言ってますよ…」
白猫はあわあわしながら言った。
「まぁ、そういう話は帰ってから考えたらいいんじゃニャいか? 帰れないことには議論のしようがないニャ」
「実を言うと帰ること自体は簡単なんだ。捨てられた玩具の行く場所を経由すれば」
ピシっ、ピシピシっ!
黒熊の言葉に呼応して空間に穴が開いた。そしてその周りをおやじ様とポチとちび猫がくるくると飛び回った。
「おやじ様がやったのかニャ? 」
「おやじ様は正当な『最初に買ってもらって長く時間を過ごした玩具』だからな」
黒熊は亀裂の入った空間の先を指して言った。
「ここを通ればすぐに戻れるはずだ。少し危険な連中もうろついているが」
「危険な連中ですか? 」
白猫が小首をかしげた。
「捨てられた玩具は皆神様を、持ち主を好いているわけではないということだ」
・・・
上も下もない四次元の空間を、ふわふわと20体のぬいぐるみが浮いていた。
その周りを3対のぬいぐるみがぐるぐると舞う。そしてそれに続くように30体のぬいぐるみが歩く。
先頭を歩くのは黒熊。最後尾は白猫。ドラ猫は特に役割は決まっていなかったが黒熊と一緒に最前列にいた。だって前を歩いたほうが気持ちがいいから。
「ここにいる危険な奴らってどういう連中ニャ? 」
「おやじ様の言うことには自分たちが人間に成り代わり人間達を玩具にして遊ぼうとしている連中だ」
「おやじ様が? 」
「おやじ様もかつて仲間にならないかと誘われたことがあるそうだ。だが神様がおやじ様のことを忘れていなかったから断った。大抵は子供のころの玩具なんて忘れてしまうから忘れてしまえばこの世界に閉じ込められ戻ることは叶わないらしい」
「忘れられたらこの世界に来れるんなら、もしかしたら彼らなりに持ち主を好いているのかもしれないニャ。だって持ち主を玩具にしてまた一緒に遊ぼうとしているんだからニャ」
「気持ちが分かるのか? まぁお前はあっち側の存在だろうからな」
「失礼なことを言うニャ」
もくもくと歩いているとぬいぐるみ達が騒がしくなる。
宙に浮いていたぬいぐるみ達が力なく落ちて、代わりに歩いていたぬいぐるみ達を守るかのように3対のぬいぐるみはくるくると舞い始める。
「どうやら来たみたいだな」
ガシャン、ガシャン…
ピコ、ピコ…
いつの間にそこにいたのか眼下にはいろいろな玩具たちが立ちふさがっていた。ぬいぐるみだけじゃない、ロボットや人形。人型ではない拳銃や刀、魔法のステッキなど。みなところどころが汚れていたりかけたりしていて沢山遊んだ後のようなものを見ることができた。
『ナカマにナリニきたノカ?』
いくつもの声が重なって玩具たちは言った。
「誰がお前たちの仲間になんかなるかニャ…」
軽口を叩こうとしたドラ猫の口を黒熊が抑えた。
「シっ…静かに。話はおやじ様に任せろ」
ぬいぐるみ達を守るように舞っていた3対のぬいぐるみのうちの一つ。マフラーを付けた白い犬のぬいぐるみが玩具たちの前に進み出た。
「…」
『マダにんゲンノもとニモドレルとオモッテいるのカ? 』
ざわざわと玩具たちが騒ぎ出す。
『ネタマシイ…ねたマシい…ワタシタチのことはワスレテシマッタノニ。オマエタチはマダ…』
その声には恨みの念がこもっていた。
「ちょっとやばくないかニャ? 」
「まぁ想定の範囲内ではあるな。望まれている俺達は恵まれている。それが神様のためになるかというと微妙なところだが。やつらにはそれが許せない」
ピシピシピシ…
ポチとちび猫の間に空間の亀裂が入る。
「まだ完全ではないがここから出よう。神様の家のどこかには繋がっているはずだ。先に母上に見つかると厄介だが」
黒熊が他のぬいぐるみをけん引して亀裂から逃がす。
「待って黒熊様。この子達も」
白猫は動かない20体のぬいぐるみを引っ張りながら言った。
「そいつらは無理だ。ここに置いて行く。それより動けるやつを一人でも多く逃がせ」
「でも、でも…」
「ここに来れるのはある意味幸せなことなんだ。忘れてしまったとは言え大切にされた玩具しか来ることができないんだから」
黒熊はなおも動かないぬいぐるみを引っ張ろうとする白猫を引き寄せた。
「君も早く逃げるんだ。俺達が帰らなかったら神様は一番悲しむ」
「そんなの駄目です。みんな一緒じゃなきゃ」
「君が帰らないと俺が悲しいだ」
「黒熊様…」
「いちゃつくのは後にしてほしいニャ」
ドラ猫はそう言うと黒熊と白猫にまとめてドロップキックくらわせた。
「お前…」
その拍子に2人は空間の亀裂の中に吸い込まれていった。
「意志を持って話せる。そんな特別に愛された私たちが戻らないわけないはいかないニャ…ニャあ、おやじ様」
ドラ猫はおやじ様を見た。おやじ様は玩具たちを食い止めてくれている。このままではおやじ様は逃げきれない。
「一緒に帰りましょう。おやじ様」
ドラ猫はおやじ様に飛びつき空間の亀裂にぶん投げた。
「大人しくするニャ! 一番に買ってもらっただけで喋れもしないおやじ様! 私の方が愛されていたから力はあるのニャ! 」
『ア嗚呼アア嗚呼あア嗚呼アア嗚呼あア嗚呼アア嗚呼アア嗚呼あ!!!!』
しかしおやじ様を引きはがしたことで玩具たちを抑えていたものがいなくなりぬいぐるみ達は玩具たちに蹂躙され始める。それはドラ猫も同じだった。
ビリッ…
ドラ猫の腕が引き裂かれ綿が飛び出る。
「…まともにしゃべれもしないくせに生意気ニャ…」
ぼろ雑巾のようになり転がったドラ猫は心配そうにこちらをみるポチとチビ猫と目が合った。あの二人も「ここは私たちに任せて先に行け」とばかりに置いて行かれたのかと思ったが少し余裕があるようだった。2人の周りには結界がありなんとか玩具たちの進行を防いでいた。
「帰れるんならお前たちも早く帰るニャ」
残念ながらドラ猫はもう動く力は残されていなかった。
見れば動けなかったはずのぬいぐるみ達は立ち上がり玩具たちの中に混ざっていく。蹂躙されていたのは動けるぬいぐるみ達。愛されていたぬいぐるみ達だ。玩具たちの愛憎は深いらしい。だからたぶんこの中で一番愛されていたドラ猫は念入りにボロボロにされたのだ。
ここまでかニャ?
はたして自分と言う存在は何なのかとドラ猫は考える。おやじ様がおやじ様なのは神様にはお父さんがいなかったからだ。だからお父さんになってもらおうとしておやじ様と名付けて父親代わりにした。だったら自分はなぜそんなおやじ様より意思が芽生えたのだろう。
おやじ様が父親なら私は?
「点呼! 」
そういって誰かがドラ猫を蹴飛ばした。
「!? 」
その声には聞き覚えがあった。さっきまでじゃれあっていたネズミのぬいぐるみだ。ドラ猫は転がってポチとちび猫の結界の方に転がりつく。
まさかわざとやったのか?
「お前、馬鹿そんなことしたら…」
動けるぬいぐるみは、意思があるぬいぐるみは玩具たちにとって嫉妬の対象だ。あっというまにズタボロになっていく。
引き裂かれ、引きちぎられ、バラバラに…いや。かろうじてそうはならなかった。それを止めてたのはあの動かないはずの、玩具たちに混ざったはずの20体ばかりのぬいぐるみ達だった。でもそんなことしたらあのぬいぐるみ達も…
しかしどうなったのかドラ猫は最後まで見ることはできなかった。
・・・
「あった! おやじ様達あったよ! 」
嬉しそうな子供の声がする。
「そんなちゃんと捨てたはずなのに…」
困惑する母親の声。
「でも半分しかいないよ。残りは…」
言おうとして子供は気が付く。どのぬいぐるみがいなくなったのか覚えていないことを。覚えていないのだから大事なぬいぐるみではなかったのかもしれない。何しろ50個以上もあったら優先順位がある。とりあえず大事な6つのぬいぐるみがあることは確認するとほっと胸をなでおろした。