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 “化学準備室”と掲げられた扉の前に立つ1人の女子生徒。

 その女子生徒、(はる)は胸の前でぐっと手を握りながらその扉を叩いた。


 特に返事はない。もしかしてあの噂は本当にただの噂だったのだろうかと思った瞬間、勢いよくその扉が開かれ、満面の笑みを浮かべた男子生徒が飛び出して来た。


「……っ!」


 突然の出来事に晴は息を呑んで固まる。

 一方その人物は晴の顔を見るなりきらきらした表情を浮かべ、後方に向かって叫んだ。


「ほら見てみろ!

 春休みだから誰も来ないって言ったの誰だ!」

「…嘘だろ、本当に来たのかよ」


 晴は声がした後方をそっと覗いてみると、奥の方にもう一人男子生徒がいた。その人物は漫画を手に眉間に皺を寄せ、非常に面倒くさそうな表情を浮かべている。


 晴はそれを見て一瞬後悔したが、飛び出してきた男子生徒が何も気にせず晴の背中を押すので、その人物とはなるべく目を合わさない様にし、晴は促された席に着いた。

 エスコートし終えた男子生徒は、実に嬉しそうな表情を浮かべたまま対面の席に座る。


「こんにちは。

 ここの事は誰から聞いたのかな?」

「…誰か、とははっきりは言えないですが、何というか、風の噂で…」

「風の噂、か。

 なあ克也、これは徐々に話題になりつつある感じじゃないか?」

「陰口の間違いじゃないか、それ」


 もうこちらに興味がないのか、例の男子生徒は漫画に目を戻してぴしゃりと言い放った。

 一方対面にいる男子生徒は相変わらず気にしない様子で続ける。


「もう知っているかもしれないけど念の為。

 4月から学年もクラスも変わるけど、俺は2年1組だった一条幸成(いちじょうゆきなり)

 あそこに座ってるのは幼馴染の咲村克也(さきむらかつや)。怪我して辞めちゃったけど元空手家なんだ。彼は用心棒的な感じでいてもらってる」


 物凄く物騒な言葉を聞いた気がして、晴は恐る恐る克也の方へ向いた。

 本人は相変わらず無関心の様で、黙々と漫画を読んでいた。


「君は3組の風間 晴(かざま はる)さん、だよね?」

「…え?」


 見事にクラスも名前も言い当てられ、晴の心臓がドキリと脈打つ。何故自分の事を知っているのだろうかと、少し手も震えた。


「家が結構有名な探偵事務所でね。

 父の遺伝からか顔と名前を覚えるのが得意なんだ」

「そ、そうなんですか」


 晴は一条の実家の事も噂で聞いていた。

 でもまるで探偵の様な才を開花し始めている事までは知らなかったので、急に緊張が増す。

 思わずスカートをぎゅっと握り締めると、晴の緊張を知ってか知らずか「同級生なんだから敬語はやめよう」と幸成が提案した。

 晴はゆっくりと頷き、「そうする」と返す。少しだけ緊張が和らぐ。


「俺もいつか家業を継ぎたいんだけど、父さんが何も手伝わせてくれなくてね。

 まあ探偵に依頼する事なんて大人な話ばかりだから、中学生の俺が首を突っ込むわけにはいかない事は分かってるんだけど」

「…だから、学校で探偵事務所を?」


 そう、ここは探偵事務所である。

 この一条幸成のフラストレーションを発散させるためだけに設立した、この学校の生徒のみが依頼出来る学校非公認の秘密の相談所なのだ。


 どんな事でもまず相談をというのがここの売り文句で、クラブ活動でもなくあくまで非公認の探偵事務所なので教師には耳に入らない様、幸成は生徒同士の噂話を使ってこっそり宣伝した。

 それを晴は耳にし、ここにやって来た様だ。


 この事務所を設立(便宜上そう呼ぶ事にする)して早2ヶ月。大方の生徒は馬鹿にして笑い話にしていたけれど、地道に宣伝して良かったとこの時幸成は思っていた。


 ただ暇だったのもあるが、春休みなら人目を避けられるから誰かが依頼しに来るかもしれないと睨んだ甲斐があった。

 今にもワクワクで躍り出してしまいそうな体を抑えながら、ずっと言いたかった台詞を口にした。


「それで、今回のご依頼は?」


 幸成はついつい顔が綻んでしまう。

 この事務所第一号のお客様とも知らずに、何でこんなに嬉しそうなんだろうと思いながら、晴はおずおずと一枚の手紙を幸成の前に置いた。


「これは?」

「…終業式の日に、私の下駄箱に入っていたの」


「読んでも?」と幸成が問うと、晴はこくりと頷いた。

 シンプルな白い便箋の封を開け、手紙を取り出し黙読する。


 “風間 晴さん

 ずっとあなたの事が好きでした。

 始業式の日に、校舎裏の大きな桜の木の前で待っています”


「ラブレターだ」


 読み終わった幸成がはっきりと言うので、晴は思わず頬が熱くなる。

 そしてまたスカートをぎゅっと握りながら、依頼したい事を伝えた。


「実は私、この春休み中に引っ越すの。

 この手紙を送ってくれた人、始業式にはもう私がこの学校にいない事を知らないみたいで」


 晴は心臓をバクバクさせながら、出来る限り言葉が詰まらない様に頑張って言葉を紡いだ。

 晴の話をうんうんと頷きながら聞いていた幸成は、一通り話を聞いて口を開いた。


「それで、このラブレターの差出人を知りたいんだね?」

「…そう!」


 自分の依頼したい意図を理解してもらい、晴はほっと息を吐く。

 どうにでもなれと思いここに来たが、とりあえず第一課題はクリアした様だ。


「ちなみに心当たりは?」

「ま、全くない…。特別仲良くしてた男の子なんていないし」

「じゃあ尚更どうして名前を書かなかったんだろう。

 恐らく考える時間を与える為に始業式に返事が欲しいと書いたんだろうけど、相手が分からないんじゃ考えようもない」


 正にその通りで、察しの良い幸成に晴はまた心臓をバクバクさせた。

 家が探偵事務所だからというだけで、そういった思考力が長けるのだろうかと不思議に思う。


「分かった。引き受けるよ」

「あ、ありがとう」

「いいんだ。暇…じゃなかった、今は他に受けてる依頼もないし、地道に探してみよう」

「今思い切り暇って聞こえたぞ」


 一応聞いてはいるらしい、幸成の幼馴染兼、用心棒の克也はすかさず突っ込みを入れた。

 晴は何となく、この2人の関係性を理解した。


「引っ越しはいつ?」

「それが、今週の土曜日なの」

「今日は月曜…結構時間ないね」

「ごめんね、急かす様で」

「絶対見つけるとは言い切れないけど、なるべく尽力するよ。そうだ、連絡先教えて?」


 そう言いながらスマホを出す幸成に、晴は「…あ」と小さく声を出した。


「どうしたの?」

「私…まだスマホを持っていないの。

 高校生になってからって言われてて」

「そうか。じゃあ明後日また同じ時間に来てくれる?

 それまでに何となく絞っておくから」


 さらりと言いのける幸成に、晴は驚きで固まる。


「こんな何もない状態から絞れるの?」

「何も分からないからここに来たんでしょ?」


 確かにそうだけど、と晴が呟くと、幸成が微笑んだ。

 晴は思わず目を背ける。


「とは言ってもあまりにも範囲が大きすぎるから、少し狭めよう。

 始業式に、と言っているから同学年か下級生だろう。でもどちらも1クラスに30人程いるし、7クラスもある。

 ただ、流石にこの字面は男子っぽいね」

「…そうか、女の子からという事もあるのか」

「今時珍しくないし、わざわざ名前を書かなかったのも言いにくいからだろうかと思ったけれど、その線は薄そうだ。

 これで半分に絞れた。他に何かある?」

「そうだな…」


 晴は考えた。

 いくら暇といえど、何百人もの調査をしてもらうなんて申し訳なさすぎる。


「私、部活には所属していないの。

 学年によって棟も違うし、本当に下級生とは接点がなさすぎて、ちょっと考えにくいかな」

「成程。下駄箱も棟によって違うから、他の学年の生徒がいたらかなり目立つ。この手紙に気付いたのはいつ?」

「えっと…帰る時」

「帰る時か…まあ…いくらでも人目を避ける事は出来るけど、あの日は終業式があるくらいでほとんど教室にいたからな。

 下級生が入り込むにはまず下に降りて俺達の棟の下駄箱まで行って、また自分の棟に戻って階段を上がって…と、色々リスキーだ。

 うん、同学年に絞り込もう」


 何だかどんどん具体的な話になって、晴は少し緊張が増していた。

 かく言う幸成もそうだった。最初はラブレターの差出人探しなんて少々つまらなくも思ったが、こうして色々推察してみると中々に面白い。


 ここで彼らが通っている中学校の事について説明しよう。

 この学校は学年によって棟が違い、真ん中の中庭を中心に円状に建てられている少し特殊な構造をしている。

 1番下に下駄箱があり、4階建で1つの階に2〜3クラス。それぞれの学年棟や特別教室などが集まった棟に行くには、一度下に降りてその棟の中の階段から行くか、中庭側に全棟及び全階を繋げているテラスから行くかの2択だった。

 要は校舎内からは別の棟に行く事は出来ない様になっているのだ。


「どうやって調べるの?」

「ん?まあ、色々。

 君も引っ越しの準備とかあるんじゃない?

 とりあえずこっちの事は任せて」


 企業秘密という事だろうか。

 晴はそれ以上聞けずに、よろしくお願いします、とだけ答えた。

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