夢見る瞳に…
「うおぉぉおおぉ!!」
オレンジ髪の少年、ユウは頭から血を流しながらも武器もなしに獣に立ち向かう。
「おい、待つんだ!さっきも言っただろ!!」
「ユウッ! 逃げないとッ!!」
「危ないよッ!死んじゃうってッ!!」
男と少女二人が口々にユウを制止するように呼び掛けるが聞く耳を持たない。それどころか、自信満々に白い歯を見せながら笑って答える。
「俺にぃッ! 任せろぉぉぉッ!!」
オレンジ髪の少年は両手を広げて少女達と獣の間に割って入り、獣を押さえようと掴みかかる。
しかし、そんなものは何も意味を成さずに丸太以上に太い獣の前足に踏まれてしまう。
「うぬぐぐぐッ! みんな今の内だぁッ!!」
間違いなく死ぬ……このままでは少年の身体はペシャンコにされてしまうのは火を見るよりも明らかだ。
目の前で獣に潰されそうになっている友人に少女達はお互い身を寄せ合いながら青ざめた顔をして、涙を浮かべていた。
「………」
状況は最悪、ユウの身を挺した行動も、マントの少年ブラッドは意識がなく、少女達は怯えて動けないというこのままでは確実に全滅してしまう。その様な状況で男はじっと一点だけを見詰めている。
『俺はさ……お前と友達になれて良かったよ。』
いつか誰かから言われた言葉を思い出す。長く【異世界】を渡りすぎた。そいつは誰だったのか覚えていない。でも、今も尚獣に体重をかけられて、死を直前に迎えた少年の瞳が…諦める気の一切無い少年の瞳が、その誰かと同じに見えた。
敵対するならば獣を狩る、一切の被害を出さずにそれは可能だと考えていた。しかし
――――助けなければならない
そう考えた、結果は一緒だ……獣を倒せば結果的に少年少女は助かるだろう。でも、男は、助けたいから獣を狩ると決めた。
「失礼、ちょっとこれを頂くよ……」
寄り添い合いながら怯える少女二人から、細身の剣と弓を掠め取るように奪う。少女二人は何を言われたのかわからないまま男を見ていた。
「うぅ……クソッ…油断した……!」
マントの少年、ブラッドが起き上がりつつも辺りを見回し状況を確認する。と同時に街道には暖かい風が吹き込む。男の茶色いボロボロのコートが風に揺れ、手に持っていたはずの細身の剣と弓は、一つの歪な剣へと変わっていた。フランベルジュとシミターを混ぜ合わせた様な形状のその剣は特に魔法的な力は持たない。
それは男が【異世界】で学んだ基本的な能力〈武器合成〉で作り出したもの。男の能力は過ごした【異世界】に存在する能力を使える、だがそれは使いこなせる訳ではない。全て中途半端な性能のものばかりだ、使えるが使いこなせない。その証拠に歪な剣はボロボロと光の粒子を撒きながら今にも崩れそうになっていた。
「すまない、武器を台無しにしてしまった」
「あ"ッ!?私の剣がッ! 一本しかない剣がッ!?」
自分の持ち物が粗悪な剣に変わってしまったのを目の当たりにした赤褐色の髪の少女は青ざめて涙を浮かべた顔から、真っ赤な怒りに満ちた涙目に早変わり。
「……巨大な獣に対し、策も無しに正面から突撃するな。」
歪な剣を一振り、ビリビリと分厚い皮を裂く音と共に獣が叫びをあげる。
波打つ様に歪んだ刃は獣の皮を斬るというより引き裂く要領で、その前足に深い傷を負わせる、キラキラと四角い光が飛び散るように輝き、獣はたまらず前足を逃がすように後退る。
「おッ……軽くなっ――おあっ!?」
間抜けな声と共にユウは襟首を掴まれ少女達の前に投げ込まれる。尻を突き出すような間抜けなポーズでズササと滑り込むように少女達の前へ
「ユウ! よかった……死んでない?」
剣を失った赤褐色髪の少女を尻目にピンク髪の少女はユウに近付き顔や頭をペチペチと叩きながら状態を確認する。
「おぉ、ティニー…おっけーおっけー! 問題なし! っていうかあの人誰だ?」
「ん~? 学園に新しい人が来るって言ってたし、その人かも……?エリーしってる?」
「知らないッ!なにッ? じゃあ先生が私の剣壊しちゃったの!? せっかくお小遣い貯めて買った私の〈エレガント・ソード〉を!?」
ピンク髪の少女がティニー、赤褐色の髪の少女がエリーという名前らしい。
エリーが名前を付けてまで大事にしていた―――実際はただの細身の ショートソードを台無しにしてしまった事を申し訳なく思いながら、獣に対峙する。
獣は傷を負い、自分の狩りを邪魔された事で男を標的として認識……大きく突き出た前歯で男を突き刺そうと勢い付けて襲い来る。それに対して男は
「――魔法付与〈幻の大剣〉」
エンチャント……〈幻の大剣〉どんな名前でも良いが、男はその魔法にそう名付けている……効果は単純、実際は小さな武器に対して、大剣や槍の様な重量と見えないリーチを与えるだけ。
しかしそれだけで十分、歪な剣をクルリと回して構え直すと、下から斜め上にかけて振り上げる。
金属と金属がぶつかり、擦り合う高い音が響くと同時に獣の悲鳴。
そして地面に突き刺さる獣の尖った大きな前歯。
「うおぉぉぉぉ!! すっげぇ!!居合い切りか!?」
「違うでしょ! でもあれ……マジックソードに似てる……」
「えぇ~? でもあれってエリーのオリジナルでしょ~?」
ピンチを脱したからなのか、先程の光景が嘘だったかの様に緊張感も無く戦いの様子を眺めている、さすがに現場からは離れているが……
「クソッ…なんだあいつは……俺が手も足も出ない相手に危なげ無く……冒険者なのか? ……なにっ!?」
ブラッドが憎々しげに獣と男の戦いを眺めていると、急に獣がくるりと反転、物凄い速度でブラッドに向けて走っていく。
さすがに敵わないと考え逃げるつもりなのか、土埃を撒き散らしながらドタドタと走る。進行上にはブラッド……このままではあの巨体に巻き込まれただでは済まない……しかし未だに身体は動かず。
「ブラッド君……で良いんだよな?……すまないが君の槍も頂くよ!!」
ブラッドの耳に男の声が響く、ブラッドが男を見ると、傍らには先程の吹き飛ばされた鉄製の槍があった。
歪んだ剣を右手から左へと持ち替える、左手で剣の柄を握った瞬間、その刀身が縦に割れ、中から銀色に輝く弦が姿を現した。
歪んだ剣が弓へと変形したのだ。
「わかった! 好きにしてくれッ!!」
「ありがとう、じゃあ、遠慮無く!!」
ブラッドが槍の使用を許可すると、男は槍を弓の弦に矢のようにあてがう……その瞬間、鉄製の槍は沸騰するように泡立ち赤黒い杭に変化する。
「あれは……ッ!? 俺と同じ……ッ!?」
ブラッドは目を見開き驚愕する、自分の力は……血の力は自分のような吸血鬼にしか使えない……だが、あの男は吸血鬼ではない……普通の人間だ……と
「一度人を襲った獣は、それからは何度も人を襲ってしまう……可哀想だが……逃がす訳にはいかない……ゆっくり休むと良い!!」
男が右手を離す、その瞬間赤黒い光は極細な線となり、音もなく巨大な獣を貫いた。