冒険者見習い
「ここまで来れば大丈夫か……」
木が生い茂る林の街道、恐らく、ほぼ間違いなく人通りを意識して作られたその場所は、舗装はされていないものの整地はしっかりと行われており、人は勿論、馬車や自動車なども無理なく通れるほど広い道だ。
「とにかく、早めにこの世界がどういう世界なのか知る必要がある。 まずは服をどこかで……この格好がもし、この世界で場違いな物だとしたら、怪しまれて情報収集どころじゃないからな。」
自分が出会ったのは制服の様な衣服を纏った獣人のみ。それが彼女の言う冒険者学校の制服なのか、それとも獣人にとっては常用されている衣装なのかはわからない。それに加え、どんな種族…どんな職業があるのかも確認する為に、もっと人を見つけ、観察しなければならなかった。
「どちらにせよ、この見た目だと場合によっては面倒毎に巻き込まれる可能性があるからな……」
男の身に付けている物はボロボロの茶色いロングコート、魔獣と呼ばれる巨大な獣に立ち向かう為に作られた身軽さ重視の格好だ。
前の世界では魔獣と呼ばれる存在によって世界は驚異に晒されていた。魔獣の強大な膂力に対して鎧などで身を守る技術は通用せず、身軽に素早く動き、翻るコートで敵を惑わせ、隙を突いて魔獣の急所を狙い仕留める。とにかく攻撃を受けない様に作られたコート…結局は返り血などから身を守る程度の物でしかなかったがそのような装備が普通だった。
そしてコートの中身…男が身に付けている衣装だが、それは英国紳士風のスーツ…作られたのが【異世界】なのであくまで英国紳士風である。これはその世界に【転移】した【転移者】によってもたらされた知識をもとに作成されている。
いつしかそれが魔獣と戦う戦士の正装となっていた、だから着ている。この様な装いで世界を危機に陥れた団体が存在した世界もあった為、必ずしもこの格好が正解とは限らない、だからすぐにでも着替える必要があった。
「先程の丘から確認出来た大きな樹、世界樹だったか?それに続く道はこっちか……学校の他にも建物が多くあった……恐らくあの樹が国的な役割を担ってる筈だ。国と言う概念があるのかもわからないが……さて、どうするか?」
獣人の少女が言った、世界樹……そこに冒険者の学校が存在するのなら、恐らくそれらの運営や様々な事を支援する機関、または生徒達や教員の生活を潤す商業施設なる物もある筈だ。
冒険者などと言うのだから、ギルド的なものもある筈だろう。
しかし、万が一と言うことがある、昔から考えすぎるのが男の悪い癖だった。そんな時……
「クソッ!駄目だッ!!追い付かれるぞッ!!」
「うわうわうわ!どうしようどうしようッ!!」
「迎え撃つしかないんじゃないッ?出来そう……ッ?」
「いいや待て待て!!ここは俺に任せて……先にいけぇッ!!」
遠くから声が聞こえた……どうやら緊急事態らしい、声の様子からするに、何かに追われ、こちらに向かって逃げている最中らしい。
最初に見えたのは黒い衣服に身を包んだ少年、襟の高い蝙蝠のようなマントを翻しつつ、走る度にさらさらと風に流れる灰色の髪は木漏れ日に照らされまるで銀細工で出来ているように見えた。
細くスラッとした印象は、大人びていたが、身長や顔付きを見るとまだ少年と一目でわかるほどで。
次に見えたのは涙目で灰髪の少年を追いかける少女、立ち止まった少年の回りで足踏みを繰り返しながら、ピンク色のツインテールと短い3段フリルのスカートをバタバタとはためかせて慌てふためいている。スカートから伸びる足は長いとは言えないが、子供らしい健康な肉付きで、片足にはおそらくお洒落な柄の施されたニーハイ。
同時に見えるのは茶褐色の髪をサイドテールでまとめた少女、土埃を発生させながら立ち止まる振り返ると髪はふわりと宙に舞ってから一ヶ所に落ち着く。
そして服装は、青い鎧……昔のファンタジーゲームに出てくるようなマントと鎧を組み合わせたもの、勿論胸元にはオーブの様な球体が埋め込まれ、光を輝き放っていた。
青に金色の装飾が施されたガントレットに太股まで守るグリーブ、前方に大きなスリットの入ったフレアスカート状のアーマー。
そして一番目立つ少年、オレンジ色の短くも逆立ったふわふわの髪、皮の鎧を身に付け、少年少女を追いかける何かに向かって木製の剣を突き付け仁王立ち、先に行けとは言うものの少年の視界の向こうに見える土埃から察するに、相手は相当巨大な存在だ、間違いなく受け止める事は出来ないだろう。何よりも、男の視線を釘付けにしたのは、少年の服が、赤いジャージという事だった。