幾度目かの転移
月明かりが照らす庭園に、男が一人佇んでいた…
息を肩を上下させて呼吸を繰り返すと、体温と気温の差から口から白い息が発生している。
呼吸を整えぬまま、男は両手に握っていたノコギリ状の武器をぶっきらぼうに投げ捨て…どこへ行くでもなく…庭園の中心に向かって歩いていく。
「もういい……任せておけ……ッ!私が……私がやるよ……」
空を見上げ、誰かに対して優しく声をかける男の顔が月明かりに照らされると、20代~30代に見える無精髭を生やした男の表情は不思議なほど落ち着きに満ちていて……男を包み込むように、涼しく爽やかな夜風が巻き起こり、頬を撫で花弁を踊らせた。
振り返ると、男が足や武器を汚しながらも歩んできた世界からはゆっくりと……しかし確実に霧は消えていく……
【獣の王】がもたらした世界を血と狂気に染めた呪いも……今はもう存在しない……
永遠に続くと思われた夜も近くに明けるだろう。
血と狂気に怯えた人々は…最初は恐れ、警戒するだろうが……いつかきっと理解する……
自分達のいる世界に……遂に朝が訪れる……怯えず暮らす事が出来ると……
自分が目にする事の無い未来を確信しながら、再び男が月を見上げると……
ーーー月が落ちて来る……ッ
正しくは、月と男の視界に丁度重なるような形で丸く明るい光が広がっていく…!
男はそれを目の当たりにしても焦る様子もなく、慣れたようなもので
それもその筈、これは男が【異世界転移】をした際に与えられた能力で……この世界自身の目標とそして男本人の目標が達成された時にのみ自動で発動される能力だからだ。
ゲームで言うエンディング…それを迎えたら発動すると男本人は認識していた。
【異世界転移】の際に男が授けられた能力の名は【異世界転移】……男と男が訪れた世界の目的…【エンディング】が達成された時にのみ自動で発動し……男を新たな【異世界】に移動させる力だ。
男はそれを何度も繰り返し、幾つもの異世界を練り歩いて来た…歴戦の転移者である。
そして今回も……男は【エンディング】を迎え…新たな【異世界】へと旅立つ!
光が拡がり辺りを包み……光が収まった頃にはそこに男の姿は存在せず……
ただ、涼しく爽やかに吹く夜風とそれに乗って踊る花弁……そして…揺り椅子に立て掛けられた綺麗な杖だけが庭園に佇んでいた…
プロローグの終わりです。プロローグだけでもお付き合いいただき有難うございます。
是非とも本編でもお付き合いください。