初めての本の世界
一瞬だけ放たれた暖かな光は先生にとって馴染みのあるものだった。自分が【異世界】で【エンディング】に辿り着いた時に必ず訪れる【異世界転移】の光……その感覚にそっくりだった。
「……3人はもしかして本の中へ?」
「そうですね、ブラッドさんが利用中の本の中の飛び込んで言ったようです。それでは、私はまだまだ図書委員の仕事がありますので。ゆっくりと本の中の冒険をお楽しみください。」
先生にとっては初めての出来事だが、生徒達にとっては日常茶飯事の出来事、リコは何事も無かったかの様に一例をすると、その場から立ち去ってしまう。
残された先生はチラリと個室の中で宙に浮かぶ本を見る。
「まぁいいさ、安全な本しかないと言っていたからな……どれどれ……」
ゆっくりと個室に入り後ろ手で扉を閉めると、防音の仕掛けでも施されているのか、図書館内の生徒達の声がピタリと止んだ。
室内には先生と本があるだけ、先程感じた光が自分の【異世界転移】と同じ物なのか……恐る恐る本に触れてみる。
すると本は輝き出し、先生の全身を暖かな光が包み、個室から先生の姿は消えて、宙に浮かぶ本だけが残った。
「……ここは? 外か……どうやら無事に本の中とやらに入る事が出来たらしいな、ここも同じ仕組みらしいな」
【カインディア】に住む人々は、皆必ず本の中に入る事が出来る能力を有している。冒険者として魔物と戦ったり、トレジャーハントをこなせるかは別として、誰もが例外無く本の中に入る事ができるのだ。
先生はその世界で当たり前の能力であれば、例え部外者である者でもその能力を行使する事ができる事を改めて確認する。それは他の【異世界】でもそうだったからだ。
「さて、じゃあみんなはどこに行ったかな?」
ワンテンポ送れて本の中に入った先生は先行した生徒達が近くにいないか周辺を見渡す。
辺りには自然豊かな緑が広がっていて、鳥が羽ばたき樹の枝を鳴らし、足元を小動物が駆け抜けていく。
耳を澄ませば川のせせらぎと、何かを引き摺る様な音……
「いきなりか……」
先生が振り向けばそこには青いゼリー状の魔物が一匹、大きさは30センチほどでつぶらな黒い瞳に大きく開いた口、口内に歯の様なものはなく、おそらく口っぽい形をしているだけだろう。
そんな魔物が突如として飛び上がり先生に襲い掛かる!
「スライム系か? 酸で出来ているならまだしも本当にただのゼリーみたいだな……」
飛び上がったスライムは先生に向かい急降下攻撃を仕掛けるが、それより早く先生にむんずと鷲掴みにされ、遠くに投げ飛ばされてしまった!
遠くでボチャンッと水の中に落ちた音がする、そして先生は気を取り直し、川のせせらぎが聞こえる方へと歩き出した。