商家の蔵 【月夜譚No.34】
立派な蔵だが、中は大したものは入っていない。この家がまだ商家だった江戸の時分には、それこそ値の張るものが仕舞われていたのだろうが。時を経た今では、形ばかりで中身のない存在になってしまった。
つっと木箱の上に指を滑らせると、端に埃が山を作る。掃除をするなら、マスクをしないと喉がやられそうだ。
顔を仰向けると、高い天井が両端から斜めに中央に向かって走っている。天井近くに設けられた明り取りの窓から陽が差し込み、空気中に舞う埃を照らして視覚化する。木箱が鎮座した五段ほどの棚が土壁沿いに設置され、乗れば踏み抜きそうな古い梯子が立てかけられていた。
薄暗く、ひんやりとした蔵の中はとても静かだ。ずっとここにいたら、江戸時代にタイムスリップしたかのような気分になるだろうか。外も内も立派だった頃の蔵を見られるだろうか――。




