『赤き稲妻』第3章:滅亡への秒読み(タイムズ・ランズ・アウト)(4)
「で、あの夜にチャユに助けてもらった、と」
「それから、行くあても無いまま、彼女と行動を共にする事になった」
「ええ、私も」
鎧の除装が終った後、私達は、テルマが運んで来た、牛肉とジャガ芋と人参と玉葱を煮込んだ料理と、三角形に握った米の飯を食べながら、これまでの事情を聞いた。
「ところで、博士、チャユの実父や養父とは……」
「『鎧』に関わる技術を調べている内に……偶然、彼女の親達が行なった論文の事を知った。それから、連絡を取り、共同で論文を執筆し、個人的な交流も有った。彼女が、禁軍の事務官として私の前に現われた時は、流石に驚いたが……」
「では、あの『継ぎ接ぎの鎧』の戦士が率いている『亡命者』は信用出来るんですか?」
「出来ないわ。彼らは隠してる事が多過ぎる。そして、大きな目的の為に多少の犠牲者が出る事を何とも思っていない」
「世界政府軍の香港基地を壊滅させた貴方が、それを言うの?」
「まぁ、言われてみればね……」
「そもそも、彼等は、いつから、この世界に入り込んでいたんですか?」
「4〜5年前ね。まず、彼等は、この世界で、最も科学技術が発達している2つの国、中国と中央アフリカ連邦を手を組んだ」
「つまり、その2つの国を、世界政府に代る新しい『世界の管理者』にするつもりなの?」
「多分ね……。そして、もし彼等の言う通り、この世界そのものが先が長くなくて、この世界の人間が他の平行世界に移住する必要が有るなら……まず、切り捨てられるのは『世界政府』に従っている国々の人達ね……」
「……世界の支配者から、一転して切り捨てられる側って事?」
「そう云う事」
「奴らは、何か、『世界政府』に恨みでも有るの? そもそも、他の世界の人間でしょ。この世界にお節介を焼くなら焼くで、公平に扱うモノじゃないの?」
「『亡命者』を名乗る者達は、複数の平行世界の出身者で構成されているみたいだけど……ほぼ全員の出身世界では、世界政府の前身であるドイツ第3帝国は悪の象徴らしいの。つまり、彼らにとっては、この世界そのものが『邪悪な者達に支配された悪夢の世界』って訳」
「じゃあ……まさか……他の平行世界では……世界統一戦争で負けたのは……?」
「大概の平行世界では、枢軸国側が負けてるみたい。しかも、日本には原爆が少なくとも2発落とされたみたい」
「じゃあ、世界首都にも……?」
「そこまでは詳しく聞いてない。けど、世界首都の前身であるベルリンは、第2次世界大戦……私達の世界で言う世界統一戦争の後、ややこしい事になったみたい」
「ややこしい事?」
「どうも、第2次世界大戦の後、ドイツが2つに分裂した平行世界がほとんどみたいなの……。そして、ベルリンは、2つに分裂したドイツで二分割された」
「じゃあ、ベルリン自体は、戦後も存在したの?」
「ええ、一応」
「じゃあ、ベルリンに原爆は落ちなかったのね」
「そこがややこしい所で、原爆が落された日本の都市は、戦後、復興してるらしいんで、ベルリンに原爆が落とされなかったとは言い難いのよ」
「訳が判んないわ……」
ふと、私達の世界の歴史も、他の平行世界の人間にとっては「訳が判んない」モノかも知れない、と云う馬鹿な想像が浮かんだ。
「まぁ、貴方が、1人で世界政府軍の香港基地を潰した以上、今更、世界政府軍と手を組む訳にはいかないでしょうしね」
「あと、世界政府軍と手を組めない2つ理由が有るわ」
「えっ?」
「1つ。禁軍の中に『亡命者』との内通者が居る可能性が高い」
「どう云う事?」
「『亡命者』は、世界統一戦争中に、日本軍の特務機関『高木機関』が作った、平行世界と行き来する機械を使って、世界の間を渡ってるらしいの……。そして、今、その機械を所有・管理しているのは……」
まさか……あれか……私が、一度死んで蘇えった時に見た……。
「まさか、それの在処は……世界政府の研究所の1つ……テルマ達が生まれ育った……」
「知ってたのね。そう云う事。『亡命者』が、この世界に現われた時、禁軍の誰かがそれを知り……そして、すぐに手を組んだ。それも、貴方の所属する枢密院直属対特異獣人旅団の誰かが……。そうでないと辻褄が合わない」
「そして、もう1つ」
今度はテルマだ。
「私の姉妹を殺したのは、君の兄だ」
テルマのその言葉を理解するまで、どれ位の時間が必要だっただろう……。
「え……?」
ようやく理解した時、私の口から漏れたのは、世にもマヌケな声だった。
「……ど……どうして?」
「ここまで馬鹿な理由ではないと信じたいが……一番有り得るのは……自分の失態を隠す為だ」
そうだ……。あの時、兄は、チャユの双子の姉妹であるコ・ミンジュを殺し……その結果、コ・ミンジュに宿っていた「上霊」は世界政府軍・香港基地内に居たチャユに受け継がれ……よりにもよって対上霊要員が出払っている時に、世界政府軍基地内に、上霊が出現する、と云う事態が発生したのだ。
そして、あの時、グルリット大佐と神の秩序達との無線通話で、はっきりとこう言っていた。
1つは、兄がコ・ミンジュを殺したせいで、香港基地が危機に陥った事。
そして、もう1つは……その無線通話の内容は、香港基地と、その時、現場付近に居た5人の神の秩序達が乗った5台の車で録音されている事。
「あの後、私は、私が『力』を使った気配を察知した『亡命者』の者達に助けられ、そして、コ事務官に預けられた」
「もう、禁軍の事務官じゃないですけどね」
「じゃあ……その……私達にとって信用出来る者が居るとすれば……」
「居るとすれば、意図せず、この騒動に巻き込まれた……あの青い『鎧』の戦士ぐらいだろう。……強いて上げれば……だが」