『赤き稲妻』第3章:滅亡への秒読み(タイムズ・ランズ・アウト)(2)
「どうやら……他の世界から来た戦士は……」
「更に別の世界から来た『もう1人の彼女』と戦って……負けて、捕虜になった……」
恐竜型の機械人形の背後から聞こえるチャユの問いに、私は、そう答えた。
「鋼の愛国者」5人が苦戦した者達。それを一人で鎮圧した、青い「鎧」の戦士。更に、その青い「鎧」の戦士より、数段上の腕前の「継ぎ接ぎ」の「鎧」の戦士。まるで、オリンピックのメダルを賭けた試合に紛れ込んでしまった二流選手のような気分だ……。
「彼女が……貴方経由で……自分の世界の仲間に伝えて欲しい事が有ると言ってた」
私は、別の世界から来た2人の戦士から聞いた話を、チャユ達に伝える。
「だが……我々に、何が出来る? 最早、今、起きているのは……人間が何をしても帰趨を変える事など出来ない……言わば『神々の戦い』だ」
エメリッヒ博士がそう言った。
「でも……もし、私とテルマが、この世界が滅びの原因だと云うのが本当なら……逆に……」
「すいまない……不可能だ……」
「待って……どう云う事……」
「かつて、私に宿っていたのは『他の神が、この世界にもたらす歪みを是正する』役目の『神』だった。しかし……私は……その『神』の力を、その『神』の存在意義に反する目的で使ってしまった。君が死んだ……と云う事象を消す為にな……」
「ま……まさか……」
私の膝は震え出した。
「そうだ……その結果、私に宿っていた『神』は……この世界そのものを見捨てたか……さもなくば、消滅した。もう、私は……何の力も無い1人の人間だ……。全ての原因は私に有るが、同時に、最早、私には事態を好転させる手段は無い」
私の両足は完全に力を失なった。「鎧」の機能をもってしても、立ち続ける事は出来ず……私は……地面に膝を落した。
『昔日、大地と天をも動かした、あの力は、もう我々には無い』
一九世紀のブリテンの詩人が書いた詩の一節が……脳裏に浮かんだ。
「ところで……今、お暇かしら?」
チャユが、私の肩に手を置いてそう言った。
「えっ?」
世界各地で起きつつある異変によって、日に日に戦争の危機が高まっていった。そのせいで、逆に、建前上は「平和を維持する為の者」である「鋼の愛国者」に出来る事は無くなり……結果的に自由に行動出来る余地が増えてしまった。
そして、例え、戦争が起きたとしても、それは常人同士の大規模戦。規格外の力を持っているとは言え、あくまで「一人または少数の人間」との戦いを想定した訓練を受けてきた我々「鋼の愛国者」に出来る事は少ない。
加えて、中国の深圳における徹底的な敗北の結果、禁軍上層部は、我々の能力について、ある疑念を抱くようになった。「対『上霊』要員である事に過剰適応してしまった『鋼の愛国者』達は、逆に『上霊』以外の特異能力者に対しては、極めて脆弱な存在と化してしまった」と。
早い話が、彼女の問いに対する答は「当分の間は、自分の判断で好きに行動する余地は有る」だ。
「判っている筈だ……。もう……私達『鋼の愛国者』の役目は終った。私達が居ても居なくても……大した違いなど無い時代が始まったんだ。もう、『禁軍』の中にも、私達の事を気にしている者は、ほとんど居ない」
「昔日、大地と天をも動かした、あの力は、もう我々には無い。けれど、我々は、まだ、我々のままだ」
「えっ?」
「昔のイギリスの詩人の詩よ……。もし良ければ……ある事を手伝ってもらえない?」
「何を?」
「あの青い『鎧』の戦士を捕えた者は……私と同じ力を持つ者……。つまり、私には……あの戦士を捕えた者の居場所が判る」
「待って……何を……する気?」
「あの青い『鎧』の戦士を、私達の手で救出する。この世界の運命を……少しだけ変えるかも知れない嵐を……私達の手で解き放つ。そして、ほんのわずかな希望を未来に繋ぐ」
「無茶だ……そんな……そんな事……殺される……。それに……私は、あくまで『禁軍』の一員。今は、自分の判断で行動する余地は有るけど……」
「貴方は……これまで……自分の決断で何かを決めた事は有るの?」
無い……。そうだ……無いと云うよりも、わざと自分で「決断」を避け続けて来た。階級こそ士官だが……基本的に上からの命令を果たすだけで……その結果が、三〇の齢を超える事が絶望的と云う状況。
マトモな人間なら、「自分の決断で何かを決め」ようとしたが最後、「そんな状態から逃げ出す」を選択するだろう。
「貴方が私達と共に戦うか……逃げ出すか……それとも私達と敵対するか……どの選択をしても、私は貴方を怨まない。けど……一度ぐらいは……自分の意志で何かを選びなさい」
「幸い、君の『鎧』の整備チームは生き残っている。我々と共に行動するとしても……余程大きい故障が無い限り『鎧』を動かし続ける事は可能だ」
「悪い冗談ね……。誰かを操ろうとする者ほど……『自分で考えて決めろ』と言いたがる」
「交渉は決裂かしら?」
「いや……あの青い『鎧』の戦士は……私を助けてくれた。私は……貴方達に説得されからではなく……あの戦士に借りを返す為に……貴方達に協力する」