037 『乾杯と完敗』 春の一月 二十三の日
■帝国歴308年 春の一月 二十二の日■
一夜明けて次の日。
勝利の美酒を味わうのを後回しにして始まりの街に向かっています。
ヒロキさんは奥さんの元へと向かいました。
落ち着いたら始まりの街に来られるそうです。
フォルマッジさんは早速政務に追われています。
しっかりとした内政官が居たようなので丸投げです。
■帝国歴308年 春の一月 二十三の日■
更に一夜明けて次の日。
始まりの街に帰りついたあたしたちは歓迎を受けます。
街を取り囲む魔物たちの歓迎を……。
街の前には大中小の魔物たちが待ち伏せをしていました。
数にして数百以上だと思われます。
両手足の指の数を超えたらソレらは全てたくさんです!
めずらしく苦い物を食べたような顔になっている姫さまが居ます。
心の声をあげたとした『あっちゃ~』でしょうか?
一同が慌てふためいていますので落ち着かせましょう。
「カズコ、ま、まっま、もの。魔物……」
「サイカ姐。真物ですよ? 本物」
「何落ち着いてるんだ! 数がやべぇ~」
「なんだかあたしがヤバいみたいに言わないでください」
今すぐ阿呆像呼んで来いと言われましたが帰ってきていますかね?
泳いで戻っておくようには言いましたけど阿呆像のすることですからね~。
来るときも川を上ってきたそうですよ……たぶん歩いて。
「まぁまぁ~みなさま落ち着いて」
「落ち着いていられるか!」「アレは無理死ぬ死ぬ」「弱そうなのからいけば!」「なのよー!」
威勢のいい言葉を発しているのはジンバルさんですね。
そうしてこちらがワイワイやっているうちに魔物の中から3人の人影がこちらに向かってやってきました。
真ん中に気怠そうな男。
その後方を従う様に左右に浅黒い肌をした美人がふたり。
みるからに気怠そうな男は見かけ通りの台詞を吐きます。
「息抜きで来てみたんけど~」
「暇だったから村人連中と一勝負……いや順々に勝負させといたわ」
「ほんまなんなん?」
「退屈すぎて殺されるかとおもったわ」
男はよく見ると角が生えていました。
黒髪・黒目で姫さまとお揃いですね。
しかし思った以上によくしゃべる人です。
「呼んだのはオタクかい?」
男があたしを指さしてきますので、あたしもその指に合わせて指さします。
指先が触れましたが静電気が走るような事はありませんでした。
「ヲタクではありませんけどあたしですね」
「もうええよな? まだ夜伽きばらんとやし帰らしてもらうわ~」
男は肩から脱力させると両手をぷらぷらと下に振ります。
「ええ、おかげさまで助かりました。街の防衛ありがとうございました」
「ところでよとぎって何?」
あたしは男に頭を下げお礼を言うと姫さまに振り返りました。
「世継ぎの親戚よ?」
何か煙に巻かれた気がします。
男は下向きに手を振り声を掛けてきました。
「ほな、姫さんもまたな~おチビちゃんにもよろしゅうに~」
「はいはい、みんな~ひきあげんで~」
男の気怠そうな指示で魔物たちが蜘蛛の巣を散らすよう荒々しく去っていきます。
一通りの魔物たちが居なくなるのを見届けると男はくるりと方向を変え森のある奥地へと向かいました。
気が付くと横に控えていたはずのふたりの美人も居なくなっています。
「何だったんだ?」
驚きから回復した一同が脱力し地面に崩れ落ちます。
腰を抜かして座り込む者もいるようでした。
「アレはナニ?」
サイカ姐だけが立ち尽くし、男の消えた方を恐る恐る指をさして呟くので答えます。
「魔王さんだと思いますよ?」
驚きの声が一斉に上がります。
鼓膜が破けるかとと思いました。
「念のために街の守備をお願いしておいたのです。姫さまの知り合いで4人目のお仲間らしいですよ?
ホントに来るとは思ってませんでしたけどね。
まぁそんなことはいいじゃないですか~?」
さらりと言ってのけたのですが批判が返ってきました……おかしいです。
「「「よくねえよ」」」
「そんなことよりも早く街に入りましょう~きっとみんな待ってますよ」
*
街に入ると子供たちに出迎えられます。
「おかえり~」「おかえりなさ~い」
ご老人たちも館から出て来て歓迎してくれます。
街の中はスペイン先生が説明してくれていたのでしょう。
みんな笑顔いっぱい平穏そのものです。
さて朝っぱらからですがお祝いしますか?
「「「異議なし!」」」
「なしよー!」
全員で勝利祝いの準備を行いました。
調達しておいた銀製のカップで乾杯をします。
金属同士がとぶつかり合い〝シャーン〟と勝利の音がしました。
『6日分は飲むぞー!』と声があがりましたので『あたしは6日分食べます!』と切り返します。
食えや飲めやの騒ぎになる中色々と質問攻めにあうあたしです。
まずは『隠れてこそこそやっていた事実を話せ』と掴みくるサイカねぇですが……話しますので離しましょう。
酔いが回るの早くないです?
説明ぐらいしますけど明日になって覚えている人が何人いる事やら――繰り返し説明はしませんよ?
そもそも特に隠していた訳じゃないですよ?
不確定要素を黙っていただけですし――言っても信じないでしょう?
たとえば守備は魔王軍にお願いしますと言って誰が信じます?
「それでカズコ。魔王は味方なんだよな?」
「味方かどうか知りませんけど~そもそも魔王が敵だとこんなところに街をおったてられないでしょう!
馬鹿でもわかると思いますけど?」
あたしは管理責任を問い質しただけですよ。
「考えたことも無かった」
意外にもみんなは考えたことも無かったようです。
そもそもあの阿呆像にしてもこの街の元守護神ですよね?
要はアレが最終の敵ですよ?
誰が勝てるというのですかね?
自滅ぐらいには持ち込めそうですけど……。
自滅と言えば!
魔王さんが自滅戦を行い村人を戦えるように指導したそうです。
自滅戦とは魔物が一方的に敗北する模擬戦の事です。
これにより街に残っていた住民の全員が10以上レベルを上げています。
なぜだろう? 新規の住民を除けばこの街で一番レベルが低いのはあたしですね。
思い出して落ち込むあたしを見かねたのか盗賊たちが『まぁまぁ~飲め飲め~』とやって来てきました。
あたしにお酒をつぎ始める盗賊たちですが、未成年にお酒を渡さないようにお願いします。
ところで、こっちの世界はお酒はいつから飲んでいいのですかね?
「そうだ! ベっおぇっヒモスはなんなんだ!?」
飲み過ぎなのかその時の吐き気を思い出してなのか嘔吐きながらサイカ姐が聞いてきます。
「前にもいったじゃないですか指まで指しましたよ? アレはベヒモスなので近づかないようにって言いましたよね?」
酔っているのか『そんなことはしらん!』とサイカ姐は言いますが、他の方々はそういえば言っていたような~といた感じの顔になっていますよ。
要するに一度接触して所在が分かっていたのでアシュリーと共に連絡を取っただけです。
近くでドンドンやバンバンと合戦やらかして横やり入れられたらたまったもんじゃなりませんからね。
ついでにベヒモスのお願いを受けたので解決しただけです。
成功報酬をちょっと利用して時間短縮とついでに今後の防衛策にしたまでですよ?
今や都市からこの村にくる道中の半分はでかでかと山がそびえたっています。
あたしたちはトンネル状になった今までの道を通路として使えますけどね。
まあベヒモス型した山が都市に向いて睨んでいますので誰もこちらに来ようとはしないと思いますけどね。
『アレはまた動いたりしないのか』と聞かれました。
ベヒモスですか? そこで眠っていますよとアルキマワロを指さしておきます。
あきれ返る一同ですが、毎回毎回統一感のあるその反応こそに驚きと呆れを抱いていますよ?
ベヒモスさんには眠る〝依り代〟が欲しいと言っていたので案内してみました。
ヒロキさんの攻撃をはじき返すほどに硬いので安心してぐっすりと眠れると思います。
あとはベヒモスさんのお願い事が住んでいたドワーフさんたちの事でしたので、この街に誘致しておきました。
一同が振り返りドワーフの方々を見て『なるほど~』や〝うんうん〟と頷いています。
そういえば説明していませんでしたね。
この街の住人になったドワーフさんたちは〝うまい酒が飲める街に来てよかった〟と次々に飲み干していますがそれらは取って置きのお酒なので明日以降は保証しません。
でもまあ、賑やかにされていますので良かったです。
ドワーフさんとは土の妖精族で人に比べると背丈が低く体が横にがっしりしており毛深いのが特徴です。
更に特徴的なのは人族と違い子供を産まない事です。
この事柄は妖精族全般に言える事らしく厳密には子供は授かる物だというのです。
そう聞くと何が違うのと思うのですが……ドワーフさんたちは岩から産まれ出て来るらしいです。
ちなみにエルフさんは大樹から生まれ出て来るらしいです。
それらをドワーフさんに教わった時には〝ほんまかいなー!〟と驚きました。
アシュリーはどこから産まれて来るのでしょうと思い探すと姫さまの胸から生えていました。
そしてドワーフさん自体の特色としては建てたり・掘ったり・飲んだりが得意な種族なのだそうです。
見ると本当に飲みまくっていますね――お酒足りますかね?
建てたりに関しては先に仕事を振っておきましたので既に一仕事終えています。
簡易的に作り済ませていた温泉の建付けを完全に一掃して男女別々に独立。脱衣所も完備です。
ただ男女の仕切りがアイスさんの家の岩なので本人は凄く迷惑そうでした。
露天風呂に大きな岩がドドンとあるのは風流であたしは好きですけどね。
混浴に関しては姫さまの裸体をさらしたくないので今後とも禁止です。
家族風呂はあってもいいかなと思っていますので作ってもらう予定ですけどね。
あとは何かありましたっけ?
都市攻略の件については申し訳なく思っています。
うまく防衛に成功しないと出来ない作戦でしたので内緒にしていました。
ごめんなさい。
その帰り道にバルドルスさんがこの街に来ています。
元上司の飲み相手をするジンバルさんは嫌そうな顔をしていました。
〝人生リセット〟を済ませた彼はめでたく金色のくすんだロングヘアーとお鬚を生やしています。
髪が生えていなかった年月分が一度に戻ってきたような長さになっています。
具体的にはアックスボンバーが得意だったプロレスラー見たいな感じです。
彼はご機嫌すぎていろんな人と話すたびに髪を自慢し相手の身体をバシバシと叩いています。
巨人族なんですから手加減してあげてくださいね。とても痛そうですみんな。
あたしは決して近寄りません……吹っ飛びそうですので。
都市の敗戦処理はフォルマッジさんにお任せです。
良いように都市が改革されることを祈っています。
姫さまに任せても良かったのですけど〝他力本願〟特性が力を発揮したのでしょう。
あたしも都市の管理なんって真っ平ごめんです。
「あたしには姫さまの管理という重大な役目がありますからね!」
そう言って姫さまの様子を伺いました。
「あら~カズコの暴走を見守るのが私の役目よ~?」
逆に監視されているのはあたしのようでした――嬉しいです。
ご機嫌なバルドルスさんが近づいてきたのでキンピラ三兄弟を縦にして守ります。
『ガハッハ』と笑いながら一人ずつバンバン叩きのめしています。
もう少し身代わりがいりそうなので盗賊団5人コチラに呼び込み控えさせます。
「お嬢ちゃんの強みはあれやそれらだったんだな~」
「あ~ら。それだけじゃないのよ?」
姫さまは要らないことを言わないでください。
最終手段が切り札でなくなってしまいます。
「あら、そう~?」
仕方がないですねぇ~少しだけ説明をしました。
この街というか特異点で管理されている都市には色々な恩恵が使えるのです。
それを利用して街の移籍も可能だったって話です。
もっとも戦争状態になると封印される機能なので、価値が確定するまで戦争など吹っかけられませんでした。
なので、それもこれもみなさんの頑張りのおかげですよ。
その恩恵にしてみても皆さんが職業レベルを上げた結果で到達できたのですから。
あたしは策を練っただけです。
「策と言えば大姐・小姐。あっしは思うんですけど。最初から魔王だのベヒモスだのけしかけとけばよかったんじゃねぇんですかい?」
キンピラ三兄弟の内、真っ先に吹き飛ばされたニジンが起き上がりながら問いかけてきました。
「あら、貴方たちは戦争がしたいの?」
姫さまが最大の真実を述べてくださいました。
要はなるべく穏便に事を図ることでリスクを減らしたかったのです。
その点はあたしの起こした行動に乗ってくださったヒロキさんに感謝ですね。
あの人、あの戦いの中であたし達が不殺を目的としている事を察してくださったのですから。
影の功労者はヒロキさんだと思います。
ヒロキさんが戻って合流したら、もう一度みんなで祝杯を挙げたいですね。
さてお話はそのあたりでいいですか?
あたしはお肉が食べたいです。
そんなに食べるとお肉になっちゃうよと姫さまが言います。
「食べても食べてもお肉にならないお胸を思うとそんな姫さまが肉肉しいです」
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■後書き■
現在の人口:73名(+1バルドルス+ドワーフ20名+黒猫)
やりたいことリスト(今日の達成した出来事)
・どんちゃん騒ぎ(宴会の成功)




